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【まちで仕事をつくる】vol.14 Day & Coffeeのはじまり、学生起業のリアル
すずらん通りリノベーションプロジェクト
「すずらん通りリノベーションプロジェクトやるから、企画を手伝ってくれない?」
大学院進学を控えた頃、リトルデザインの佐藤あさみさんからそんな声をかけられたのが、このプロジェクトの始まりでした。
山形駅から徒歩5分ほどの場所に位置するすずらん通り。この通りは、山形の玄関口としての可能性を秘めながらも、かつての賑わいを失い、夜の飲食街へと変貌していました。その一角にあるビルを、昼夜問わず人が行き交う場へと蘇らせるのが今回の計画です。
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この建物は、耐火建築法制定後に生まれた「防火建築帯」というユニークな建築様式で、区画ごとに地権者が異なるにもかかわらず、一棟として機能しています。老朽化の課題はあるものの、再開発が決定するまでの間、まだまだ活用の余地があると考えました。
リノベーションの核となるのは、「商業に依存しない商店街の模索」というコンセプトです。かつて商業と住居が共存していた建物を再び多様な人々が出入りする場へと変えたい。そのために、1階にはコーヒースタンドを設け、地域の人が立ち寄れる交流の場をつくります。さらに、オフィススペースやメゾネット住居を加え、住む人と働く人が行き交う空間を目指しました。
朝、昼、夜を通じて人々が行き交う通り。その一角に新たな営みが生まれることを想像しながら、このプロジェクトに取り組みました。
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Day & Coffeeのはじまり
プロジェクト成功の鍵は、着工前にテナントリーシングを終わらせることでした。建築は人が集まり、営みが生まれることで初めて物語を紡ぎます。しかし、コーヒー店のテナントリーシングは難航していました。夜の飲食街というイメージがなかなか払拭できず、プロジェクトの最後のピースがどうしてもはまらなかったのです。
「追沼、お店を始めてみるのはどう?」
そんな提案を受けたとき、即答はできませんでした。場を持つことで自由に動けなくなる懸念や金銭的なリスクが頭をよぎったからです。それでも同時に、街に参画する手段としての可能性を感じてもいました。
「商店街には建築家の仕事はない。」その言葉が頭にこびりついて離れませんでした。ならば、自分自身が商店街の一員になることで、課題に向き合えばいい。そう思い立つと、自然と覚悟が決まりました。
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そんなとき、大学に迷い込むようにして現れたのが北嶋くんでした。彼は高校時代からスペシャルティコーヒーの専門店でアルバイトをし、高校卒業後の浪人期間にはバリスタトレーニングを受けるほどのコーヒーフリークでした。いつか自分のコーヒースタンドをオープンしたいという夢を語っていた彼の姿勢と情熱が、僕の迷いを後押ししてくれたのです。
こうして、北嶋くんとともにDay and inc.を創業し、コーヒースタンド「Day & Coffee」を始めることになりました。
お客様の先付けとリアルビジネスの現実
「お客さんが来なかったらどうしよう。」開業前の不安は尽きませんでした。店舗を持つということは、日々の固定費が発生するということ。僕たちにとって、開業前からある程度の売上を見込める仕組みを作ることが必須でした。
そこで考えたのが、クラウドファンディングの活用です。単なる資金調達ではなく、「お客様の先付け」を目的にしました。支援してくれた方には、店舗で利用できるコーヒーチケットやフードチケットをリターンとすることで、開業前から確実な来店を促す仕組みを作りました。その結果、159人の支援者から1,036,280円の支援を集め、開業前から52名の来店が確定しました。
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ただ、資金を確保したからといって、すべてが順調に進むわけではありませんでした。
2019年頃、同世代の若者たちがリアルビジネスの世界で次々に活躍し始めていました。ランジェリーブランド「feast」のハヤカワ五味さん、「HOTEL SHE」の龍崎翔子さん、クリエイティブディレクターである「arca」の辻愛沙子さん、そして「EVERY DENIM」の山脇さん・島田さんなど。SNSで華やかに輝く彼らの姿に、どこか憧れを抱いていたのだと思います。
一方で、僕には社会的信用が不足していたため、満足のいく融資を受けることができませんでした。家具もなければエスプレッソマシンもない。必要なものが何も揃わない中で、家賃だけは着実に発生していく状況でした。それまで原価のかからないデザインワークを中心に活動してきた僕にとって、次々に出ていく出費は未知の恐怖そのものでした。
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「準備を整えて、万全な状態でスタートしたい。」そう思っていましたが、現実はそれを許してくれませんでした。周囲からの多くの助言を受けて、ひとまずプレオープンを決行することにしました。その日の売り上げで、備品を少しずつ揃えていく方法を取りました。最初の週は家具、次の週にはエスプレッソマシン。そのようにして一歩ずつ必要なものを揃えていきました。気がつけば、プレオープンは約1か月も続いていました。こんなに長いプレオープンは見たことがありません。
万全な準備ではありませんでしたが、その過程でお店に来てくれる方がかけてくれる温かい言葉や、お店が少しずつ形になっていく手応えに励まされました。
「奨学金がなければ」「職歴があれば」「もっと社会的信用があれば」そんな思いが頭をよぎるたびに、学生起業のリアルに直面していることを実感しました。人間にかかる信用は、過去の実績で決まる。その生々しい現実を、僕は身をもって体験したのです。
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こうしてDay & Coffeeは、街の一角に根を下ろしました。この街に昼営業のコーヒースタンドを始めることは、私にとっても、商店街にとっても、新しい可能性を模索する時間だったと思います。今では、朝には通勤前にコーヒーを買いに来る人がいて、昼には近くのオフィスや街の人が立ち寄り、夕方にはふらっと訪れる学生もいます。
まちと関わるからこそ、生まれる問いがたくさんあります。それは、自ら経営を行うからこそ見えてくる痛みであり、可能性でもあります。
なによりも、この店を開いたことで僕ら自身の視点も少しずつ変わってきました。欲しい暮らしは、ただ与えられるものではなく、まちの中で見つけ、育てていくものなのかもしれません。
僕らの目の前には、一杯のコーヒーを手にした誰かの暮らしが今ここにある。そんな何気ない日常の積み重ねが、まちの風景を少しずつ変えていくのかもしれません。
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