VUCA時代の医療機関と臨床検査技師02「人口構造の変化②供給を考える」
前回の第1回は「人口構造の変化①需要を考える」と題して、臨床検査のニーズが2045年にどのように変わるかをご説明しました。第2回の今回は「需要」と合わせて押さえたい「供給」について取り上げ、想定される人材不足と病院の臨床検査技師の働き方について考えてみたいと思います。
なお、第1回を見逃した方はこちらもどうぞ。
※本内容は2023.5.28に臨床検査技師向けに講演した内容をベースに文章にしております。
人口構造の変化
1.15-64歳人口の減少で約73万人の医療従事者の確保が困難?
2045年になると15-64歳の人口は、2020年と比較して75.4%になります。これは約1,800万人近くの減少に相当します。言い換えれば非常に大きな働き手の減少になるわけで、医療機関においてもその影響はとても大きいと考えています。
図表1に日本地図がありますが、これは色が濃いところほど減少が大きいことを指します。実際にデータで見てみると明らかですが、秋田、青森、福島では50%代ということで働き世代が半分近くになると予想されます。また、60%代の地域も山梨、岩手、山形、高知、奈良、北海道、徳島、長崎、宮城、和歌山、鹿児島、新潟、愛媛、茨城、長野、宮崎、岐阜と多くが該当します。全国どこをみても減少する社会を迎え、全産業的に大きな変化が起きると予想されます。
医療の話に戻すと、このような働き世代の人口減少は、医療従事者の数にも影響を及ぼすと考えられます。もし単純計算するのであれば、2020年の医療従事者数は約286.9万人(※1)ですが、これが75.4%となると約213.7万人となり、約73万人近くが減少、つまりは足りなくなる計算です。これはニーズが変化しない(高齢者人口が100%のままで変化しない)ことを前提に置いたものですが、もしこれに高齢者人口が増加し、医療ニーズも増えるのであれば更に医療従事者の確保が難しくなる可能性が示唆されます。
なお、上記はあくまで単純計算ですので、医療系国家資格特有の養成メカニズム(毎年一定数を養成する定員制と資格保持による就職インセンティブ)を考慮していませんので、一般企業などにおける労働者確保の困難さほど影響はないと考えられます。ただそうは言っても、それぞれの医療職種が未来でも魅力あるものでなければ、養成メカニズムも働かず定員割れを起こし、一方で養成されたとしても企業に流れ、一般企業の労働者同様に人材確保が非常に困難な状況になる可能性があります。
<出所>
※1 厚生労働省「医療施設(静態・動態)調査_2020」
なお、「医療従事者数」には、病院および診療所で勤める、医師、薬剤師、看護師、看護業務補助者、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学士、管理栄養士、精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士、事務職員を含んでいます。
2.65歳以上人口の増加で約23万人の医療従事者が必要?
次に、前回しっかりと触れましたが、65歳以上人口について、医療従事者の数という視点であらためて考えてみたいと思います。
2045年には65歳以上人口は、2020年比で108.3%となります。これは約300万人の高齢者人口の増加に相当し、医療ニーズも増えることが予想されています。
前述の15-64歳人口の試算と同様に、65歳以上人口の変化から単純計算を試みると、2020年の医療従事者数は約286.9万人で、これが108.3%となると約310.4万人となります。つまりは、約23万人の変化となり、約23万人の医療従事者が新たに必要となる計算です。
当然ながら、人口の変化は地域によって大きく異なるため、地域に応じて医療従事者の必要度も大きく変わることが想定されます。特に、高齢者人口の増加が大きい沖縄、東京、神川、愛知、埼玉、滋賀、千葉、福岡などでは、より多くの医療従事者の雇用が生まれる可能性が示唆されます。一方で、減少度合いが大きい秋田、高知、山口、島根などでは雇用の減少が予想されます。
3.厚生労働白書によれば医療福祉人材96万人不足する
このように15-64歳人口と65歳以上人口の変化を基に、単純計算で医療従事者数の変化を試算しました。15-64歳人口の変化は約73万人の医療従事者に匹敵し、65歳以上人口の変化は約23万人の医療従事者数に匹敵するため、合計すると約96万人となります。
つまりは、2045年の世界というのは、医療従事者96万人をどうする?という課題があるのかもしれない、ということです。
ちなみに、96万人のうちの臨床検査技師の数は約2.3万人ほどになります。
このような課題意識のもと、公的な報告書である2022年度(令和4年版)の厚生労働白書(※2)を確認してみると、「医療福祉人材が96万人不足する」と推計が載っていました。
この報告書での試算は厚生労働省としてのオフィシャルなものでありますが、約96万人の医療・福祉の従事者が不足するというのは非常に大きな問題だと感じます。私が行った試算はいわゆるエイヤーなとても単純なものでしたので、こちらのオフィシャルの試算の中身を確認しました。そうすると、計算式としては、高齢者人口の増加をベースとして試算がされており、働き世代の人口減少は組み込まれていないものでした。
データの目的と見方の問題で、どこを基準にするか、前提をどうするかなど、色々と考える点はあります。しかしながら1つ言えることは、少なくとも「高齢者人口の増加・医療ニーズの増加で約96万人の医療・福祉人材が追加で必要」ということに加えて、更に追い打ちをかけるように「働き世代人口や年少人口(これから大学等に行く未来の働き手)の減少でもっと医療従事者確保が大変になるおそれがある」という事かと思います。
神戸のエイヤー試算と厚労省のオフィシャル試算では、単純比較はできません。しかしながら「2045年の人材確保は全産業的にも医療業界に特化しても、とーっても厳しい世界だ」と想像できるように思います。
<出所>
※2 厚生労働省「令和4年版厚生労働白書」
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/index.html
4.2次医療圏ベースでみると、医療人材不足の深刻さが分かる
先ほどまでは、日本全体での人材の話をしましたが、当然ながら地域によってその状況は大きく異なります。
上の地図を見ていただくと、都道府県レベルでは変化がそこまででもなかった場所が、二次医療圏という全国を335地域に分けて見てみると、その深刻さがよくわかります。黒色の地域では人口が40%代に落ち込み、赤色やピンク色も全国の地方部で散見されます。正直、都市部でも状況が分かれます。
医療に関していえば、大都市を持つ地域では「医療ニーズが増加して人材確保が困難」になり、それ以外の地方部の地域では「人材がいなくて人材確保が困難」になると予想されます。そして、地域間の格差がますます広がっていくのではと懸念されます。
このような予想される未来に向けて、どんな準備をしていくべきなのか、みんなで考えていく必要がありそうです。
臨床検査技師の数と働き方への影響
5.地方部では、病院技師数の減少も懸念される
そんなわけで、ようやく病院の臨床検査技師の話をしてみたいと思います。
上の図表は、北日本地域(北海道・青森・岩手・宮城・秋田・山形・新潟)の病院の検査室人員体制を示したものです。このようなデータは病床機能報告制度のオープンデータから誰でも拾ってくることができます。見方としては、北海道では、臨床検査技師1-3人体制の病院が207施設あり全体の44.9%である、臨床検査技師30人以上体制の病院が14施設あり全体の3.0%であると見ます。なお、病床機能報告制度にてしっかり報告していない施設もあるためその点はご了承ください。
さて、2020年の実態としては、どの県においても1-3人体制の施設が多く、ボリュームゾーンはここであることが分かります。約3割から5割近くが1-3人体制で検査室を運営しています。一方で、30人以上の技師が配置する施設はどの県でも1割を満たない状況となっています。おそらく大学病院や地方の公立・公的病院などと考えられます。
そのような状況の中、もし15-64歳人口または働き手が大きく減少してしまったらどうなるのか。実際に北日本地域の15-64歳人口は、北海道で65.3%、青森54.0%、岩手62.1%、宮城66.6%、秋田51.0%、山形62.1%、新潟67.3%となりますが、これに医療系国家資格者の養成メカニズムが機能せず養成学校の定員割れが起こり、他の産業同様の労働市場で進むと仮定したらどうなるのか。それが図表の右側の2045年となります。
もともとボリュームゾーンであった1-3人体制の施設がさらに増え、全体の半数近くとなり、0人体制の施設も増えます。加えて、30人以上を抱えていた大学病院や地域の公立・公的病院ですら人数が減る可能性がでてきます。一方で、数値としては単純計算なので見えてきませんが、逆に大病院に技師が集約するという未来もありえるかもしれません。
どちらにしても、地域としての臨床検査体制は、人口変化とそれに基づく労働市場の影響で大きく変化する可能性があります。
6.予想される地域の検査体制の変化
最後に、地域として臨床検査に携わる人数が減ることで予想される現場の変化について、考えてみたいと思います。
例えば、技師3人以下の施設が地域で半分以上になる未来、このような少数精鋭の検査室の働き方はどうなるのか。
業務内容については、人数が少ないためジェネラルな対応とマネジメント力が求められる可能性が高いです。臨床教育では、新人教育が難しくなり経験者採用が一般化、技師会の役割が問われ、大学病院での教育が鍵となります。臨地実習などの学生受け入れは以前に増して難しくなります。研究活動では、実施が難しい技師が増える可能性があります。検査室マネジメントという視点では、配置人数が少なく募集しても集まらない地域環境も想定され、非常勤化と外部委託、その際の人件費の検討が重要になると考えられます。なお、このような体制の病院および検査室は全国的にみれば既に多くありますが、各地域にてボリュームが増えることにより、その課題がより顕在化し、技師会と企業等の検査サービスの役割が重要となると考えられます。
一方で、技師30人以上が働く大学病院などの役割も変わる可能性があります。
業務内容としては、スペシャリストをベースとする検査提供はもちろん継続するでしょうが、より教育色が強くなる可能性があり、ジェネラリストの活躍の場がこれまで以上に求められると予想しています。それは臨床教育という意味で、地域の中小規模病院で現場での教育ができないため、大学病院が連携してその役割を担う可能性があります。スペシャリストを育てることに並行して、如何にジェネラリストを育てられるかも、大学病院の臨床検査部門が地域と協働する今後の道筋ではないかと思います。研究活動では、これまで通りのスペシャリティに基づいた研究に加え、ジェネラルな領域やマネジメント、地域を見据えた研究分野が今後求められると予想しています。検査室マネジメントでは、人材のハブ機能を発揮し、地域における教育・研究・実務を調整できる能力が、検査部門としてこれまで以上に重要になるのではと感じています。
そのようなわけで、臨床検査の現場も、人口変化によって色々と様変わりする時代を迎えるのではと予想をしています。
おわりに
今回は、「VUCA時代の医療機関と臨床検査技師」の第2弾として「人口構造の変化②供給を考える」をテーマにまとめてみました。いかがでしたでしょうか。
今後は働き世代がどんどん減っていく社会を迎えます。全産業的に人材が不足することが既に予測されており、それは地域ごとにみるとより顕著にあらわれてきます。医療業界においてもその波は既に地方部から訪れており、医療は大丈夫と安心していると、いつのまにか外部環境が変わって、自分や自施設を変えられないという事態に陥るかもしれません。その意味でも自分事としてとらえ、あらかじめ準備しておくとよいのではないでしょうか。
次回は、「人口構造の変化③需給バランスを考える」と題して、つらつらと書いてみようと思います。
それでは今後もよろしくお願いいたします。