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11【連載小説】パンと林檎とミルクティー~作家・小川鞠子のフツーな生活日記~
11)愛は手綱こんにゃく
煮物は夜中に作るに限る。
昨今の時短の流行は、それはそれで便利だなあと思う。切り干し大根や乾燥しいたけを戻さないでそのまま使っていいなら、かなり便利。かなり時短。
が、それはそれ。
煮物は日付が変わる前に作っておいて、食べるのは翌日の昼に。
奮発して買った紅はるかは、出汁で煮るだけでもうおいしいに決まってるから、コツもへったくりもない。
さつまいもだけじゃ寂しいから、もうひとつ何か食材を足して煮物を作ろう。
さて、何があるか。
こんにゃく。
煮物には、定番だ、こんにゃく。
最近わたしは、健康に気を使うようになって、こんにゃくは欠かせない。
徳用サイズといういちばん大きなこんにゃくを買ってきて、4分の1ずつ使っている。
このこんにゃくを使い切ったら、明日は買い物に行かなきゃ、という最後のこんにゃくは紅はるかと煮物になります。
こんにゃくは、表も裏にも格子の隠し包丁をいれて、サイコロに切る。って昨日までやってたけど、それじゃなんかつまらない。もっとこう、好きな形があったはず。
手綱こんにゃくだ。
父より先に亡くなった母に、十代の頃教えてもらった切り方。
こんにゃくを細長く切って、真ん中に切れ目を入れて、端を切れ目に通す。一見、どうやったんだろうって思える美しいこんにゃくができあがる。
母がこんにゃくを切って手綱の形にしているのを、わたしは隣でずっと見つめていた。
「やってみる?」と言われて、素直に「うん」とうなづく。
まずは、こんにゃくを長方形に切る。
わたしは欲張って分厚く切ってしまう。
母は、こんにゃくの分厚さに笑う。
確かに、そのあと真ん中に切れ目をいれたものの、うまく通すことができない。
無理やり通したら、美しくなかった。
母が作った手綱こんにゃくは、美しいのに。
あれから何年経ったのか。
母は逝き父も逝き、わたしは歳を重ねて当時の母よりも年上になっていた。
何度も手綱こんにゃくを作って食べた。
手間がかかる手綱こんにゃくは、お節料理の煮物でしか作らない時もあった。
ひさしぶりに、自分のためだけに手綱こんにゃくを作っている。
こんにゃくを切る。
切れ目を入れる。
切れ目に通す。
この手間は、愛がなければできない。
こんにゃくを愛するきもちがなければ。
食べてくれる人への愛がなければ。
一人暮らしのわたしには、自分が食べる煮物に手間をかけるということは、最高の「愛」なのだ。
鍋に水を入れたら、紅はるかと出汁の袋を入れる。
やがて沸騰することことという音を、鍋の前に立って、待っている。
つづく
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