もっともスタンダードなコーヒードリッパーとはなにか?
いよいよ「もっともスタンダードなコーヒードリッパーとはなにか?」のひとつの回答として発売される「ワイスケドリッパー」が工場の祭典初日である10月26日(木)に発売されます。
「ワイスケドリッパー」は、ツバメコーヒー店主がとことん考えるなかで辿り着いた「デザイン性・使い勝手・長く使える」という3つの要素に加え、経年変化を劣化ではなく味わいであるとする感性を「フォーク(民俗性)」と捉える価値観に基づき、開発したコーヒードリッパーです。
以下にその3つの要素をあらためて整理してみます。
1.デザイン性
シンプルな形状で、サーバーの雰囲気を選ばずコーディネートできて、使っていないときにも空間を邪魔することがない佇まいを持っている。たとえば、コーディネートという点で言えば、定番としてのガラスはもちろんのこと、民藝としての陶磁器や、ブロカント(古道具)、アウトドアのチタンマグなどとも相性がよく、全方位的に組み合わせることができる。つまり、新品であっても今使っているサーバーとすぐに仲良くできることも特徴のひとつ。
2.使い勝手
9本*¹のワイヤーがしっかりペーパーを保持するので日常のなかでストレスなく安心して使うことができる。ワイヤー構造そのものがリブの役割を果たし、フィルターとドリッパーの間に空間をつくることでお湯の抜けがよくなり、すっきりしたおいしいコーヒーを抽出することができる。軽量で扱いやすく、洗いやすい。
*1 「ワイスケドリッパー S」の場合は7本となる
3.長く使える
陶磁器製や樹脂製のようにヒビが入ったり割れたりすることがなく、すべてのワイヤー接合部は、スポット溶接ではなく、TIG溶接*²による製造のため高い強度を持ち、長く使うことができる。飽きることなく使えることもまた長く使える理由のひとつ。
*2 TIG(ティグ)溶接とは、溶接部分に不活性ガスを充満させた状態で、タングステン電極から電気を放電することで、溶接する方法。溶接スピードが遅く、不活性ガスは高価であるためコスト高となるいっぽう、空気が金属内に溶解してしまうことなく、気密性とともに強度も高く、ひじょうに美しい表面で仕上げることが可能。
今回「ワイスケドリッパー」の特徴を吟味、整理するなかで、既存の言葉では説明し尽くせないことがあり、新しい言葉をつくりだす必要を感じ、「ニューフォークプロダクト」という言葉が生まれた。
「ニューフォークプロダクト」とは、様式・形状が簡素であるいっぽう、質感・触感が豊かであるもののことを言う。
通常「プロダクト」であるためには、個体差がなく、経年変化しないことが前提となるが、——ステンレス(stainless)が「錆びない」ことを意味することが象徴的だが——工業化からこぼれおちた手作業をあらためてすくい上げ、経年変化を劣化ではなく、味わいと捉えていく感性を「フォーク(民俗性)」と呼んでみたい。
使用することが、作り手のあとを引き継いで、またべつの製作につながるという捉え方と言い換えることもできる。
コーティングによってあらゆる経年変化を止めることができる「進化」をあえてしない、という後退にも思える「回帰」は、「ニュー」という言葉に込めた現代性を表現している。
今回は、黒染め加工を表面処理の基本に据えている。
黒染めは、塗装とは異なり、完璧にまんべんなく黒く発色しているものとは言えない。やや染まり具合にばらつきがあるので、個体差がなく、経年変化しないことを旨とする「プロダクト」を前提にすると、未完成品、あるいは不良品とさえ言われてしまうかもしれない。ここに今回のプロジェクトにとってのあたらしい挑戦があるし、買い手は「個体差がなく、経年変化しないこと」だけを必要としているわけではないのではないか、というあわい期待がある。
黒染めは、使い込まれたデニムが退色するように、少しずつ変化し、素地に戻っていく。それによって、コーティングした塗装が剥がれて汚く見えることもないし(それは長く使うことを大きく阻害しうる)その破片が食べものに入り込むこともないので安心して使うことができる。
あらためて整理すると、工業製品の特性は「個体差がなく、均一で、変化しないこと」だが、「ワイスケドリッパー」は工業と工芸にあわいにあると認識しており、錆びにくいステンレスを使いながらも、変化しうる加工をほどこすことで、経年変化を「劣化」ではなく、「味わい」と捉えていくという二律背反にも思える感性には、「ニューフォークプロダクト」というあたらしい言葉を与えざるを得なかった。
今回は「黒染め」を中心としながら、「素地」「溶接痕」「銅メッキ」と総計4種のラインナップを予定している。
一般的な(ワイヤー以外の面を持つ)ステンレス製品は、研磨をして仕上げていくことが多いが、今回は、酸洗処理*³をほどこすことで、溶接痕を除去し、一皮むいて均一な表面を出すだけにとどめた「素地」も用意した。ステンレスらしいシルバーこそが定番中の定番であるというのは工業製品としての当たり前かもしれないが、「ニューフォークプロダクト」としては、あえて「黒染め」に準じる定番のひとつとして捉えている。
*3 ステンレス(SUS)などの金属製品を硫酸や塩酸などの酸性溶液に漬けることで、表面に付着している酸化被膜や錆などを洗浄・除去する化学洗浄処理方法のこと
鎚起銅器に鎚目があるように、木工にノミ跡があるように、多くの工芸は製作工程において手跡(てあと)が残ってしまうことをそのままに活かしている。そして、それが絵画におけるマチエールのような効果をもたらす。今回採用したTIG溶接は、一カ所ずつ手作業であるばかりではなく、ガスを充満させた状態で電極から電気を放電することで溶接する手法で、溶接スピードが遅くコスト高となるいっぽう、強度はひじょうに高く、美しい表面で仕上げることができる。この製作工程における痕跡をそのままに残した「溶接痕」も用意した。痕跡は景色になりうる、ということもまた「ニューフォークプロダクト」のあり方のひとつ。
銅でつくられた、あるいは銅メッキをかけているコーヒー抽出器具は少なくないし、コーヒー器具の定番の一角をなしていると言えるのではないか。とはいえ、直火にかける薬缶であればまだしも、沸かした湯をドリップポットに移し替えるのであれば、素材として熱伝導率が高いことの優位性はそこまでないだろうし、ましてや抗菌作用とか、銅イオンが水をやわらかくするということが——それらしい売り文句として優秀であることを認めなくもないが——コーヒーを美味しくすることもたぶんないだろう。銅メッキであっても、——たとえばあたらしい10円玉が変化していくことを想像してもらえたらいいと思うが——だんだん変化していく。多くのプロダクトはそれをネガティブの捉えて、クリア塗装をほどこすことによって変色を防ごうとするが、今回はそれをすることなしに、経年変化をポジティブに捉えていくことを提案すべく「銅メッキ」も用意した。これは、銅製品がかつてよりコーヒー器具と分かちがたく結びついてきたこれまでの歴史を踏まえてのことだし、サーバーとしての陶磁器*⁴や、ブロカントとの相性を考えてのことでもある。銅メッキのみ桐箱に入れた贈答向けの仕様も用意しているので、コーヒー好きのあの人へのプレゼント候補にぜひ入れていただきたい。
*4 近年コーヒー人気の高まりによって、陶磁器製のコーヒードリッパーとサーバーのセットをよく見かける。セットアップスーツとしてのかっこよさはあるものの、それなりに重量があり、割れうるものであり、ドリッパーから湯が落ちている様子を見ることも、サーバーのなかにコーヒーが溜まっている様子を見ることもできない。ワイスケドリッパーの「銅メッキ」あるいは「黒染め」は陶磁器のサーバーとの相性がよく、軽量で壊れにくいので、毎日スーツを着なくても、日常はカジュアルなドリッパーを取り合わせてもいいのではないか、という提案も含んでいる。
本来4種の表面加工をほどこした2種のサイズ展開をもつコーヒードリッパーであれば、総計8種の製品を用意すべきところではあるものの、10月26日(木)という発売日に各サイズ、各仕様が、すべて揃っているわけではないことをここでお詫びしなければならない。弊社のような零細企業は、ぜったいに売り切れないように大量に在庫する力を持つわけではなく、今回の売れ行きを見ながら、標準的な在庫がどのくらいあるべきなのかを知りたいというのが正直なところだ。
けっして完璧とは言えない告白ついでにさらに言えば、ワイスケドリッパーはプロトタイプであるという捉え方もできる。だから買ったお客さんが「#ワイスケドリッパー」としてSNSにて感想や要望を寄せていただくことで——メールなどで直接伝えていただいてももちろんかまわない——よりよく改善できるようにしたい。
さらに「永久保証」とまで大々的に書いてはいないものの、【お取り扱い上の注意】の最後は以下のような文章で結ばれている。
今回の開発は、他社のワイヤー製のドリッパーを使っていて、溶接がはずれてドリッパーが崩壊した経験に基づいている。それを踏まえて、ワイスケドリッパーは故意に力づくで壊そうとしても(よい子はぜったいマネをしないでください!)壊れることのない耐久性を持ったものになったと自負している。確率的にはごくごくわずかなことだとしても、万が一あった場合は遠慮することなくご連絡いただきたいと思う。
さらに言えば、有償とはなるものの、もう一度黒染めしなおしてほしいという要望にも応えられるのではないか、と思っている。デニムであれば染め直しを希望するひともいるかもしれないが、ずっと使い続けている金属製品への愛着——使用者にとっての「それそのもの」である必要性——はどのくらいのものなのだろうか。とはいえ、近年の修理は大半が「交換」としてなされていることが多い。使用品を送ってもらわなくても済むし、そっちのほうが総合的なコストが安いからだ。
あらためて「ニューフォークプロダクト」は、すべてが均一ではなく、個体差があること(唯一無二性)にこそ意味を見いだし、経年変化を「劣化」ではなく、「味わい」と捉えていくわけだから、「そのもの性」をかんたんに無視する(手放す)ことはできない。
まずは黒染めに関しては染め直し費用1,100円(送料別途)にて承ることをここで伝えておきたい。
さいごにパッケージの仕様と価格をご案内して「ワイスケドリッパー」についての説明を終えたいと思う。
まずメインのビジュアルはイラストレーターの田渕正敏さんに依頼した。
そのきっかけとなったのが、『&Premium特別編集 暮らしの道具と日用品カタログ。』の表紙を見て、以下のようなメールを送っている。
依頼するメールの返信に田渕さんはこんなメールを送ってくれた。
ぼくはびっくりしてしまって、というのも自分ならそういうことを言い出しかねないけど(行きたいと思ったら損得考えずに実行してしまう悪癖がある)そんなことを言われたら、行くと言ったことを後悔することがないように、できるかぎりのことをするしかない、と思ったのだった。
そんなことを経て、数日後にイラストが無事に届いた。
後日、「ワイスケドリッパーのイラストレーションに寄せて」という言葉もいただいたので、ここにご紹介しておきたい。
このイラストを活かすべく、パッケージデザインを行った。
パッケージにおける構造は、ミッションステートメントで「ハコはプロダクトである」と謳う株式会社ほしゆうさんに、グラフィックデザインは、K・ART inc.の関川一郎さんにお願いし、構造もデザインも簡素でありながら、インパクトのあるものになった。
なぜパッケージがこのようになったのか?についてもうすこしだけ補足説明をさせてほしい。
田渕正敏さんのイラストができあがってきて、どう考えても白の余白感のあるなかに(上面に)配置してあげたい、とまず考えた。
前面はその文脈を踏襲し、属性情報だけをたんたんと表記し、丸みのあるフォントを選定しつつも、全体としてはソリッドな印象を引き継いでいる。
ただ簡素でミニマムでかっこいい(だけの)デザインにはしたくなかった。
センスよくダサくする(よごす)ために、裏面を文字で埋め尽くすことにした。改行もひかえめにして、文字(青)を充満させることは、無地(白)で充満させることと等価である、と考えた。
文字の塊としての(書き手としては渾身の)文章を読んでほしいと思ういっぽうで、細かい文字を最後まで読み通してくれることまでは期待してはいない。そういう寛容さを取り込みつつ、ただのミニマムデザインで終わらない(かっこよさでひとを遠ざけることのない)ものをつくりたかった。
2023年10月26日(木)現在で買えるものは以下5種となった。
申し訳ないことに「ワイスケドリッパー S/dyeing black【黒染め】」を用意することができなかったので、年内のどこかで販売予定。
あらためていま買える5種のワイスケドリッパーはこちら
ワイスケドリッパー L/dyeing black【黒染め】¥3,960
ワイスケドリッパー L/as it is【素地】¥3,960
ワイスケドリッパー L/copper plating【銅メッキ】¥5,940
ワイスケドリッパー S/as it is【素地】¥3,630
ワイスケドリッパー S/welding marks【溶接痕】¥3,630
さいごにあらためて「ワイスケドリッパー」というプロダクトをデザインしてくれたFD.inc.の萩野光宣氏に感謝したい。まだスタートラインに立っただけとはいえ、このように販売するまでにこぎ着けたのはひとえに彼のおかげだし、年上なのにタメ口を許してくれる数少ないおじさんなので、なんとかこのプロジェクトがうまく離陸して、長い旅をごいっしょできることを心からねがってやまない。