あなたとわたしで、みんなを語ろう
はじめまして。海石榴(つばき)と申します。
某財団の女性エンパワメントプログラムで「ふつうのサラリーマン家庭出身/士業/2人の男児を育てるワーキングマザー代表」として政治の勉強をしています。この財団と一番近い政党は自民党ですが、わたし自身はどの政党にも宗教団体にも属していません。
今、政治の世界で起きていることはどういうことなのでしょうか。これからどういう社会を作っていけばよいでしょうか。これを読んでくださっているあなたはどう思いますか?
これから、わたしとあなたの”対話”をはじめたいと思います。
政治とは、日々のくらしを生きること。だれかのくらしを想像すること。
政治の残念なところは、「政治家の失言や選挙政局ばかりが注目されてしまいがちだということ」です。ほんとうは「きのう、なにたべた?」なのに。あなたはきのう、台所でお米を炊きましたか?それともコンビニのサラダチキン?あなたはなぜそれを選びましたか?子どもの食べのこし一択です!という声も聞こえてきそうです。なにげない日常の一つ一つに、政治が隠れています。
おまつりに歓声をあげること。この世で生きることの痛みに気づくこと。あなたの痛みと分かち合うこと。
政治の楽しいところは、「スポーツやゲームやアイドルと本質的に同じであること」です。神様に生贄を捧げるまつりごとの熱狂は、みんなと同じ時代を生きる記憶であると同時に、悲しみや怒りを通して自分の痛みに気づくことでもあります。でも、だいじょうぶ。あなたは、だれかの痛みに寄り添って、分かち合う準備が整いました。
おなじもののようななにかを語ること。ちがいに絶望すること。ちがいをたのしむこと。
政治の難しいところは、「”ふだんのくらしでは目には見えないけれど、たしかに存在するなにか”について語らなくてはならないこと」です。わたしとあなたは、生まれも育ちも何もかもがちがいます。わたしが「差別」という言葉を使うとき、あなたが頭の中でイメージする「差別」はきっとちがうものになるでしょう。わたしとあなたはちがうけれど、同じ価値がある。中身のない言葉や傷つけあう言葉が飛び交うことのないようにしましょう。
みんなでみんなの痛みの乗り越えかたを考えること。
さて、はじめの「きのう、なにたべた?」に戻りましょう。
例えば、国内で消費されるお米は、97%が日本で作られていることはご存知のことと思います。農業自由化を妨げると長年批判されてきた減反政策は、2018年に終止符が打たれました。また、政府買取米は5年間備蓄されたのち飼料用等として売却されてきましたが、 つい先日、直近生産米を子ども宅食に交付できるようになりました。みんなのおいしいごはんのために、政治ができることはもっとあると思います。
みんなとのちがいに、ちょっとびくびくしながら声をあげること。
わたしのnoteを読んだら、あなたの気持ちや考えをぜひ声にしてみてください。
わたしとあなたの、みんなの中のじぶんを生きるきっかけになりますように。