エッセイ*ドーナツと漁師像
「ねえ。デザートにバスクチーズケーキ頼みたい。」
ダメと言われても注文するつもりだけど、一応聞く。
「俺はプリンにする。」
絶対に頼むと思った。プリンは彼の大好物だ。
思えば好きな人の前で好物を食べられるようになったとは、
私も随分大人になったものだ。
こんなことでと思われるでしょうが、好きな人の前では食べ物がのどを通らないような面倒くさい性分の女の子でした。
象徴するような思い出がある。
まだ高校に上がったばかりの夏休み明けごろの話です。
中学まで恋人なんていたことのなかった私ですが、
そのころにクラスメイトの男の子に初デートに誘われた。
デートなんてしたことのなかった私は舞い上がった。
友人にも内緒で放課後エキナカのドーナツチェーンのイートインへ行った。
そこで2時間ほどおしゃべりしたと思う。
彼はチョコレートドーナツとシェイクを頼んでいた。
私はアイスコーヒーだけ注文した。
「食べないの?」と聞かれたと思う。
本当は食べたかったが、なにか自分が食物を摂取しているところを見られたくないという心理があるのだ。
どうせ味もしなかっただろうと思うので頼まなくてよかったと思う。
後日その男の子に告白された。
私は付き合わなかった。
理由がまたくだらないのだが。
彼は私の友人たちの間で、校外学習で訪れた箱根にあるオープンエアミュージアムの漁師像に似ていると噂されていたのだ。
確かにあまり顔も体型もかっこいいとは言えない子だった。
なんとなく「やっぱり漁師像とは付き合えないな」と思ってしまったのだ。
私の初恋はくだらない漁師像のせいで静かに終わった。
思えば今の恋人との初デートでも、私はラテだけを頼んだ。
彼は抹茶フラペチーノを頼んだのに。
案外最近まで私は首にレジメン柄のリボンを付けた女の子だったのかもしれない。
*あとがき
箱根にあるオープンエアミュージアムの漁師像の画像を調べてみましたが、見つからず。
ただ見事な中年体型だったと記憶しています。(笑)
告白を断ったらとたんに彼の態度が急変して、その後の高校生活中バチバチでした。