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夏日記特別編『ゴムゴムの女』第五話 まだいる

ホラーコメディである『彼女はジャンヌ・クーロン、伯爵家の降霊術師』の執筆にあたり、自身が体験した怖い話を整理していたので、この夏供養することにする。夏日記特別編として、全五話連載予定。今回は最終話の更新である。
第一話
第二話
第三話
第四話

※記事に使用しているコミカライズ版ジャンヌ・クーロンの画像ですが、担当さんより使用許可をいただいております。


今回で最終回!とうとうゴムゴムの女がしゃべりました。


***


ゴムゴムの女は、私の耳元でささやいたのである。





「殺してやる」





ぞっとした。
女は笑っている。背中の方で、げひげひと笑っているのだ。くすくすというよりも、げひげひに近かったと思う。


ゴムゴムの女は背中に張りついている。私は天敵に出くわした動物のように緊張したままだった。



なんとかしなくちゃと思った。このままじゃよくない。
冷静になれ、と自分に言い聞かせたが、この女が「殺してやる」の続きをしゃべったら怖いな、とも思った。
この女についてこれ以上知りたいとも思わなかったし、一刻も早く消え失せてほしかった。





それでも女は消える気配がない。
私のアンサーを、彼女は背中に張り付いたまま待っている。

命乞いをするか、それとも果敢にいくか。

お助けください、許してください、と言うのは、とても癪に障った。
なんでそんなこと言わなくちゃいけないんだよとも思った。

これが強盗とか、通り魔だったら、もしかしたら言ったほうがいいのかもしれない。ちょっとは情けをかけてくれるのかもしれない。
(情けをかけてくれない可能性は高いが、言ってみる価値はある)

でも、ゴムゴムの女にそういったものは通じるのだろうか。こいつに情とかあるのだろうか。
初対面で足首をつかみ、私を連れ去ろうとした女なのである。


そもそも突然現れて「殺してやる」とは何なのだろうか。


私は、頭にきていた。
そもそもここは私の家なのである。
私の部屋なのである。
ゴムゴムの女は、毎度寝ているときにやってくる。
私は寝るのがなにより好きだというのに――不愉快に邪魔をしてくるのは、そちらではないか。
私がなにをしたというのだ。自宅で寝ているだけじゃないか。









何が殺してやるだ、バカ女が。






私は怒ることにした。怒って追い出すことにした。
とにかく、ビビって小さくなっているような人間だと思われたくなかった。


女の態度には、ぞんぶんに揶揄が含まれているように思えた。
私をからかい、おびえるところを見て、この女は楽しんでいるのだ。
悪趣味な女である。
しかし、ゴムゴムの女が本当に私を殺せるなら、とっくにできたはずだ。
十歳のあのときに。もっと私が小さいときに殺せたに違いない。



気を強く持たなくては。
なんだかんだといって、この女は人殺しなどできないのだ。
何度も寝首をかけたのに、やらなかったんだから。
弱さを見せたら呑み込まれる。


なんかこう……言ってやるんだ。
何でもいい。
相手がびっくりするような台詞を!





「上等だよ、こっちこそ殺してやるよ!!」




と、私は叫んだのである。
実際は、うめき声だった。
私が口にしたのは、「あうあ〜」といった、こちらの方がバケモノになったかのような……言葉というより鳴き声であった。


もうここからは女同士の戦いである



でも、ゴムゴムの女にはしっかり届いていたようだ。背中の方で、彼女は身じろぎをした。
もしかしたら私の命乞いを聞けるかもしれないと思ったのに、受けて立ったので、あちらも出方をうかがっているのかもしれない。


いっぽう、私は「こっちこそ殺してやる」と言ったものの、いや、たぶんこの人はとっくに死んでいるだろうから、脅しになるかは微妙なところだなと思っていた。


でも、こう、はずみで言ってしまった。
お経か何かを唱えられたらよかったのかもしれないが、あいにくとそんな知識はない。
失笑されてもっとひどい目にあったらどうしようと内心はドキドキであった。

しかし、ここまできたらもう戦うしかない。十歳の時から、もう六年、しつこくまとわりつきやがって――。私はしゃにむに暴れた。
背中にいるんだったら潰してやろうと、ひっくり返ろうとしたが、体が動かない。ゴムゴムの女はなにも言わなかった。

何かしゃべりやがれ。いや、やっぱ黙ってくれていた方がいいかな……。
なんて考えているうちに、いつの間にかゴムゴムの女は消えており、体も動くようになっていた。

誰もいない部屋で、私は叫んだ。

「いい加減にしろよ。寝たいんだよこっちは!」

返事はない。悪態をついた。

私は布団をかぶってさっさと寝てしまった。
ゴムゴムの女は、もう現れなかった。

もし首が動いて、振り返ることができたら。
ゴムゴムの女はどんな顔をしていたのだろう。
やはり私に似ているのだろうか。 


***


その後、ゴムゴムの女は私の部屋にやってくることはなかった。
たびたびリビングの扉の前で若い女が目撃されることはあったが、たいていが見間違いであった。
そもそも今までだってきっと見間違いであったのだ。
そうしょっちゅうドロドロと出てこられても、生きている人間は忙しいのだから、相手にしてもいられない。

そのうち私は社会人になった。小説家としてデビューし、兼業作家になった。
よく知らん心霊現象にかまけている暇などない。

しばらくして、一人暮らしをしていた祖父が体調を崩し、同居することになった。

この時期、私も一人暮らしを考えていたのだが、母と祖父は折り合いが悪く、母のストレスが限界点を突破していたため、家族全体の雰囲気がかなり悪くなっていた。

私まで出て行ったら、たぶん一家離散はまぬがれないところまできており、とりあえず落ち着くまではと、私も家事を手伝いながら母を支えることにした。

祖父はよくリビングでお茶を飲んでいた。
その日、私は祖父の好物のチョコレートのパンを買ってきて、冷蔵庫におさめていた。
本人はこれを夕食代わりにするのを望んでいるのだが、健康的な食事からはほど遠いと思うし、なにか追加で野菜でも食べてもらわなくてはならない。

手持ちのキュウリとツナ缶をあわせてサラダにすることもできるが、祖父はキュウリが食べられない。別の品を作る必要がある――。
野菜室を確認していると、祖父はずっとなにかを言いたそうに、口をぱくぱくさせている。

「どうしたん、おじいちゃん」
「あのなぁ」

祖父は、私に話しかけることはあまりない。もとより無口なのだ。
いつもぼうっとテレビを見ているか、庭をながめているかである。

「たまに、この家に入ってくる、若い女」
「若い女?」
「そう。親戚なのか」

祖父はだしぬけにそう言った。


いくら親類でかたまって住んでいるとはいえ、よその家にあがるときは、玄関のチャイムは必ず押す。黙ってあがりこむことなどない。
そして、このあたりに若い女は少ないのだ。私の従姉妹はすでに東京に嫁いでおり、私の次に若いのは父の従姉妹の孫で、小学生の女の子だった。

「その人、あそこに立ってた?」

私はリビングの前の扉を指さした。祖父はうなずいた。


ああ、あいつまだいるんだ。







ゴムゴムの女。



親戚なのかと祖父が聞いたということは、たぶん聞くまでもなく、私に似ているんだろう。



消えたと思ったのに、まだいる。

「ずっとここに住み着いている、変な女かも。はは」

私は冗談まじりにそう言った。乾いた声が出た。
祖父は「はあ」と言うだけだった。それ以外言いようもないだろう。
孫がへらへらして、よくわからない冗談を言った。彼にしたらそれだけだ。
ただ、祖父の質問は私にとって大きな意味を持っていた。

ゴムゴムの女は、いまだにこの家に居座り続けているということである。






時折怖くなる。
ゴムゴムの女とは何者なのか。



最初に現れたのは、私が十歳の頃、夏の盛りだった。
しかし、送り盆をしても帰って行くことはなかった。たぶん、墓から連れてきたものではないのだろう。
遺影を確認するかぎり、過去に土葬された一族の人間でもない――うんと昔の人だったらわからないけれど――。

私とそっくりの手を持ち、おそらく私と血のつながりがあり、そして私に似ているであろう女。

ゴムゴムの女が、過去に存在していた我が家系の誰かならまだいい。

成長した私は、考えるようになった。

ゴムゴムの女と私の共通点。
私だって、ずっとここに住み着いている、変な女なのだ。

幼い頃の私は父にも母にも似ていなかった。大人になった今は「どちらかというと、顔はお父さんに似ているかな」と言われることが多くなったが、それは父と一緒にいるとき限定で、じっくり顔を見比べて、ようやくといった感じだった。

たたずまいは近所の誰にも似ていない。
一族の血は、私の代でうんと薄くなったのだ。

でも、ゴムゴムの女と私はよく似ている。家族も度々私と間違える。


ゴムゴムの女とは……。
そう考えるようになったのは、このときからだった。



私が死んだとき、盆の儀式をあげてくれる人はおそらくいないだろう。
高齢化が進み、盆の送り迎えは廃れてきている。山中の墓から家まで歩くのは、足腰の弱ったお年寄りにとっては厳しいものだ。

すでに儀式は簡略化され、我が家は近所にお線香をそっと置くだけになっている。
土葬が火葬になったように、こういったしきたりは少しずつ変化していくものなのだろう。

行くことも帰ることもできず、将来の私は死んだ場所でうめいているかもしれない。
私はどこで死ぬのか。
ゴムゴムの女は、どこにいるのか。

わからなくなる、幼い私が怖かったのは、この土地だったのか、古い家だったのか、大きな仏壇だったのか、白い手だったのか。それらの正体はいったいなんだったのか。

私はリビングから庭をながめた。父は家を建ててからガーデニングを趣味にした。荒れた庭はすでになく、今は敷石をつめており、白い手が伸びそうな地面は見えない。


それでも――。







もし私がある日突然音信不通になることになったら、我が家の庭を掘り返してほしい。



誰にそう頼めばいいのか、いまだにわからないでいる。