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夏日記特別編『ゴムゴムの女』第一話 古い家

ホラーコメディである『彼女はジャンヌ・クーロン、伯爵家の降霊術師』の執筆にあたり、自身が体験した怖い話を整理していたので、この夏供養することにする。夏日記特別編として、全五話連載予定。今回は第一話の更新である。

※記事に使用しているコミカライズ版ジャンヌ・クーロンの画像ですが、担当さんより使用許可をいただいております。

生き霊と人間の葛藤を描いたジャンヌ・クーロン、今回書く私の体験からヒントを得たシーンも。


今回の特別編は、いつもの夏日記とは違います。
ちょっと怖い話になるので、ホラーが苦手な方は回れ右してください。


ジャンヌのように怖い話にわくわくできる人のみ次に進んでください






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これは、何度目かの引っ越をしたきたときの話である。

父が商売をたたみ、店舗兼住宅から引越をすることに決めた。小学生だった私は、長らく祖父の持ち物であった古びた家に住まいをうつした。
だっだっぴろくて、廊下は薄暗く、階段は急で、かがんでのぼるような家だった。

梅雨になると玄関になめくじが張りついて、柱にはキノコが生えた。畳はかびていて、たばこの焦げあとがあった。
全体的に、湿り気がのしかかるように広がっている家だった。
おまけに、伯母が張り切って買い込んだやたらと大きな仏壇を、結局本人は持て余し、この家に運び込んでいた。

人はなぜ墓や仏壇といった、のちの子孫がうんざりするようなものを買うことに情熱を燃やすのか。我が家も例に漏れずにそれがあった。
姉がけして譲らなかったという立派な仏壇を、父はなかば押しつけられる形で引き取った。
ずしりと仏壇がのさばるしめっぽい和室で、私たちは布団を敷いて寝なければならなかった。
天井はしみだらけで、よく家鳴りもした。

いい家を見つけたら別の場所に引っ越すし、そうじゃなくてもこの家を建て直すのは確実で、それまでの辛抱だからーーという父の説得のもと、母はしぶしぶ了承した。横浜で育った母にしたら、とんでもない都落ちに感じただろう。

よく同級生たちが「田舎のおばあちゃんの家に行く」と言っていたが、私にしてみたら、母の実家は都会のど真ん中にあったのである。きらきらした観覧車も、なんでも揃うデパートも、おいしい中華料理も、ほんの少し電車に乗ればなんでもあった。
母の昔からの友人たちも洗練されていた。

しかし、父の田舎は、よくいえばあたたかく、悪く言えばまったく垢抜けない土地であった。
住んでいる人間はみんな顔見知りで、あまり人の入れ替わりがない。
どこの家も親族が固まって住んでいるので、みんな似たような顔をしているし、名前も似たり寄ったりだ。郵便配達員泣かせである。

たぶん、この頃の母は結婚を後悔していたと思う。
どこへいっても父方の親類縁者に囲まれる。誰それの長男の嫁、と呼ばれる場所へ行くというのは、息がつまるであろう。しかも母はもとより自由人の気質があり、およそ良き主婦になれるタイプの人間ではなかった。

かくいう私は、幼かったこともあり、とても能天気だった。ずっとほしかった犬を飼ってもらえると言い含められていたので、特段この引越に不満を抱いてはいなかったのである。

しかし、当の家を見たときは、さすがに絶句した。
暗くて重苦しくて、かびくさい家だった。トイレは廊下を歩いた行き止まりに小さくおさまっており、移動するときからすでに怖かった。
タイル張りの床を踏むとひやりとして、さむざむしかった。
風呂桶は真四角で小さく、膝を折らなければ全身で浸かることができない。髪を洗うときは、なにかがいるんじゃないかと思い、シャワーの横にとりつけられた細くて頼りない鏡を、何度も確認した。

ある夏の日だった。
かんかん照りの、うんざりするような夏である。

友達は家に呼ばなかった。あらゆる友達の家に遊びにいったことはあるが、柱にキノコが生えていて、電気をつけているのにどこか薄暗く、大きな仏壇に押しつぶされそうになっている部屋に住んでいる同級生なんて、誰もいなかった。

同級生は当然のごとく自分の部屋があった。おしゃれな学習机やかわいい花柄の壁紙、少女漫画が差し込まれた大きな本棚も持っていた。かわいい布をかけたソファも。クローゼットをあければナルミヤブランドの服がぎっしりおさまっている子もいた。

男の子の兄弟がいる家には、プレイステーションがあった。フローリング張りのリビングには最新のテレビとゲーム機。最新のジャンプが転がっていた。

そういったものを目の当たりにすると、我が家に人を呼ぶ気にはなれず、「次はつばきちゃんの家に行ってもいい?」という友人の声掛けにも、あいまいな返事をするにとどめた。

夏休みに入ると、私はひとり、学校の図書館から借りた本を読んでいた。そのときの愛読書は「十歳シリーズ」というもので、たぶん私もそのくらいの年頃だった。
十歳シリーズの主人公は、ママの職業がフルーツパーラーの店主で、おやつにフルーツサンドイッチを食べていた。
今でこそメジャーな食べ物であるフルーツサンドイッチだが、当時の私は物語の中でしか見たことがなかった。甘いサンドイッチなんて、どんな食べ物なんだろう。
かわいい服を着て、学校帰りにフルーツパーラーに寄って、おしゃれなパフェやサンドイッチを食べる。
都会の女の子だ。まるで夢のようだな、と思った。

縁側には風鈴が吊してあった。たぶん、どこかへお出かけしたときに母にねだって買ってもらったものだと思う。私は無駄なものをよくほしがった。なかなか約束の犬を飼ってもらえなかったので、あわれに思った母が買ってくれたのかもしれない。

犬も、フルーツパーラーも、おしゃれなお店もなかったけれど、ある意味孤独を楽しめる環境にはあった。
夏休みの間じゅう、私はよく昼寝をした。縁側に足を放り出すようにして、しばし眠り込んだ。

りん、りん、と音がした。

寝苦しくて、起き上がろうとする。
でも、できなかった。

体がかたまって動かない。薄目をあけると。太陽の日差しをあび、まぶしく輝く庭が見えた。なんの手入れもされず雑草だらけの、狭い庭。


その地面から、にゅるりと何かが生えた。
初めはトカゲかと思った。でもトカゲにしては大きかった。



白く、ゆらゆらと揺れるそれが、人の手だとわかるまで少しの時間を要した。