【小説】 変える、変われる。 : 43
「思いっきり差し支えていますよ」と言って、走って電車に乗ってしまいたいけど、行先も目的もしっかりハッキリしているから無理、そもそもそんな一撃を出す元気は無い。
能面の『いますぐ』内での不遇な身の上を見て聞いてしまっているので、「イヤに決まってんだろ」と云った雰囲気を醸してオフタイムまで惨めな思いをさせるのも忍びない。
全然自分から端を発する出来事は無いんだけど、気を使わない訳にいかなくなっている、何故に。。
「はぁ、、」と、気の抜けた返事をすると能面が、
「私も飲み物買って来ます。」と、タタっとスタバへ走って行った。
心なしか仕事の時と違って明るく見える気がしなくも無いのは、いつものリクルートスーツ風じゃなくてごく普通のラフな格好をしているからかもしれない。
ジージャンにトレーナーにロングスカートにスニーカーでショルダーバッグ。
ハイフンでいっぱいな装い。
これだと「自分は歩いて行くので、現地集合で。」といった強引な手法も使えない、ガッチリ歩くのに適した装い、もちろん電車もOK。
仕方ない・・、せめて玉ちゃんが全力で小躍りするような話を最小限に抑えるように努力しよう・・・、ああ、でも努力すればするほど、もっと酷いことになる予感で胸がいっぱいです。
向こう一か月くらいは今日の出来事の思い出で楽しく過ごせそうだったけど、帳消しのマイナスゾーンにならないことを祈りたい。
「すいません、お待たせしました。」
タタっと能面が戻って来た。
メニューに見かけなかった美味しそうなのを持っている、なんだろう。
「電車ですか?」
「歩いて行こうと思っているのですが。電車が良かったら、電車で良いですけど。」
「天気も良いですし、30~40分位で着けそうですね。でしたら、歩いて行きましょうか。」
「はぁ、、あ、でも何か他に用事があって、駅に・・?」
内心すがる思いで瀕死のジャブを最後に繰り出した。
「いえ、何もないです。天気が良いので散歩でもと思っていただけですので。」
テクテクと区民会館方面へ能面が舵を切り出した。
K.O.負けが確定したので、観念して一緒に歩きだした。
まあいいや、どうせ会場に着いたらすぐに飽きて帰るか寝るかするだろう。
一緒に行く諦めがついたので急に喉が渇いて、ひと口飲んだ。
特に話すことも思いつかないので、黙ってテクテク歩き続けた。
天気が良いし歩くのもいいな、フラペチーノも美味しいな・・、ほぼひとりでいる気になり始めた。
お腹減って来たな、パン、どっちから食べようかな、やっぱり先にピロシキだよな・・、そう思ってビニール袋を覗き込んだ。
横からツツっと、
「パンですか?」と、能面も覗き込んで話しかけて来た。
あ、そうだ、いたんだった。
「はい。。食べながら行こうと思っていたので。」
「お昼ですね、そういえば。すいません、わたしもそこでパン買います。」
能面が、ちょっとお値段の弾む美味しいパン屋に入って行って、洒落た美味しそうなパンを買っているのが見えた。
また美味しそうなのを・・。
「日差しがあるので冷たいのも美味しいですね。」
美味しそうに美味しそうなやつをクピクピ飲んでいる。
自分より、ちょっと美味しそうなものばかりをゲット出来ている。
「・・それ、何ですか?」
つい聞いてしまった、ものによっては今度買って飲んでみたい。
「え? あ、季節のおすすめだそうです、ストロベリーのフラペチーノ。店員さんがおすすめしてくださったので。美味しいです。」
「へえ・・」、記憶にメモメモ。
「それは、キャラメルですよね、それも好きです。美味しいですよね。」
地味なものばかりを選択している自分を気遣っているのだろうか。
うーん・・。
コンサートはワクワクものでたまらなく楽しみだけど、能面の興味津々で話しかけてくる感じに気後れしている自分に気が付いた。
「ひとくち、如何ですか?」
実に普通な感じでイチゴを勧めて来てくれている、ひとくちねぇ。。
そういえば前から歩いてくる男はことごとく能面をチラチラ見て、自分のことをついでにチラっと見て通り過ぎて行く。
どうでも良いはずなのに、どう見えて、どう思われているのか気になってきた。
「何でこんな美人がこんなのと?」と思われているに違いないと思って頭がキュっとなった。
「・・いえ、結構です。。」
やっぱり駅でどうにか別れるべきだったな。。。
勝手に卑屈な思い込みで状況をつまらなくし始めているのは、自分なんだけど、なんだかなぁ。