【短編小説】 戻らないとね。
ああ、疲れた。
いくら訪問したところで、そんな簡単に契約なんて取れる訳が無いだろう。
「俺の頃はこれが普通だった」って、それはあなたの頃の話で今は今。
一戸建てにピンポン押して「こんにちは」って言って簡単に玄関が開く時代の話。
マンションのオートロックで初見で玄関まで辿り着けるか、やってみたら良いんだよ。
無理無理、もう今日は無理ってか、ずっと無理。
ようやく契約取っても「もっといけるだろう」ってアホか。
「ああ、大変、こんなにあって困っちゃう。ちょっと、ちょっと!」
??
ベンチにはオレしか座っていないし、周りに誰もいない。
「ああ~、はいはい、来ましたよ! これ? これ?」
「そうそう、これこれ。ああ、ちょっと私だけじゃ無理みたい。手伝って!」
「はいよ!」
「よいしょ! こっちはあなただけでも大丈夫じゃない?」
「大丈夫、じゃ行くわ!」
「♪~」
「ああ、ちょっと私、辛くなってきたわ・・・」
「♪~! じゃ、わたくしが。」
「頼むわ~ ♪~」
ヤバイ、イライラしすぎて頭が煮えたか?
誰が会話しているんだ?
話しかけられてはいないようだけど。
足元に干からびたミミズに群がるアリ。
軽く運べるものはソロで、ソロがキツイものはペアで、もっとツライのはトリオで。
着かず離れずの位置にウロウロしているのが2匹くらい。
ウロウロしているのにフラフラ~っと運び疲れたっぽいアリが近づくと、ウロウロしていたアリがシャキーンとミミズに挑みに行く。
こいつらの会話?
自分たちの体の倍どころじゃきかない大きさのミミズを、団体が少しずつ少しずつ巣穴へ運んで行く。
ボーっと見ていると少しずつ確実に巣穴に運んで行っている様子。
とうとう雑草の奥へ団体とミミズが消えていった。
足元に1匹だけウロウロしていたっぽいやつが残っている。
「あ~、みんな頑張るねぇ~、疲れちゃったから、ちょっとここにいようっと♪」
アリが見られていることに気づいたみたいに、見下ろしているオレを見上げた。
「きょう頑張ったんでしょう? ボクも頑張ったの! でも疲れちゃったから、ちょっとここにいるの。 もうちょっとしたら戻るよ。」
「戻るの? どっか行っちゃえよ。戻ったって、つまんないだろう。」
「戻るよ~、みんな待っているもん。ちょっとしか運べなかったけど、待ってくれているからね。戻らないの?」
「・・・」
「待ってくれているよ。 じゃ、もう行くね!」
キョロキョロ何か探しながら、仲間を見つけながら、帰って行った。
あー、じゃ、戻るか。
待ってくれているのかねぇ。
ちょっとでも持って帰れば、ま、いっか。