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【小説】 変える、変われる。 : 57

つい仰け反ってしまったのは、ホラー映画のパッケージだったからだ。

能面とは「まさか」ばっかりだけど、ここであの「ゾンビ」のDVDが出てくるとは!!

子供の頃のトラウマ映画は恐らく、これ。

「これ、、エレベーターに・・こう、、化け物がなだれ込んでくるシーンはあります・・・?」

ダメ押しで確認してみた。

「そうです、そうです! よくご存じですね!」

本棚組立完了間近に続く、共感風の喜びの声が届きました。

思い出すのも触るのもイヤじゃ!!とDVDを叩き落としたいけど、ガマンガマン。


パッケージの写真を可能な限り見ないようにして、組立の説明を続けた。

「これに合わせて、この木ダボを少し高さに余裕を持たせて、はめて行ってみて下さい。好きな高さで。そこに棚板を乗せて固定させて行けば完成です。はい、どうぞ。」

「こうですか?」

DVDの高さから1センチ位上の穴に木ダボを差し込んでいる。

「良いんじゃないですか。ネジじゃないから簡単に高さ調整も出来ますよ。じゃ、僕はもう失礼します。」

イヤだわぁ、ホラー系のDVDとか本とか、そんなのばっかり山ほどここにはあるんじゃないかしら。ジャケットとかタイトルとか見たら目に焼き付いてしまうに違いない。たまらん。

「あ、まだスライドをはめたりとかあるので、もう少し・・・」

もう体が半分玄関方向に向いていたけど、ススっと他の何かを取る動きと見せかけた通せんぼをされた。

「ほぼ完成しているから、後は簡単ですよ」と言いかけて、まあ乗り掛かった舟だし、仕方ないと思って本棚にまた向き合った。スライドをどうにかしてまた指から出血してもね。完成も見たかった、そういえば。DVDに惑わされた。

「すいません。。」

DVDと同じところから文庫本も出してきて、高さを合わせて棚板をどんどん作っているのを、見ていた。

スライドの奥と奥深部分、スライドの棚板を全部はめおわって、スライド部分をぎこちなくレールにグイグイ押し込もうとしている。

「スライドを少し斜めにして、、上のピンを溝に差し入れて、滑車のところが少し引っ込むので、ちょっと押し込んで奥に。。」

「こうですか?」

【女性 vs 組立家具】の最終ラウンドを見ている気持ちになって来た。わかりにくいし、出来ないのよ!!と家具と格闘している、組立をしている全国の女性の怒声が聞こえたような気がした。

「こうやって、上に・・・」

結局、クイっと差し込んでグイっと押し込んで、自分がスライド部分をはめた。

「あ! 出来た!」

DVDと文庫本を1つずつ棚に入れて、ご満悦な様子。

「どこに置くんですか?」

「隅の壁沿いに置こうと思っています。」

一緒に隅に移動させて設置も完了。後は緩衝材とかダンボールを片付けて、木くずを掃除機で吸えば、多分いつものお部屋になるかと。奥深タイプ、なかなか良いな。


「もう大丈夫ですね、では、失礼します。」

今度こそクルっと玄関へ向かって一直線。

「木村さん! 今度のこと、本当に申し訳ありませんでした。」

急に少し早口の大きい声で言われて、びっくりして振り返った。

「本当はわたしが辞めるはずだったんです。ずっと迷惑をかけて不愉快な思いを会社のみんなにも、取引先の方たちにもさせてしまっているでしょうって。もう、ずっと言われていて、そうなのかな、そうかもしれないって思うようになって。だから、それをこないだの席で自分から言うようにって。。 それで。。」

あの話の流れだと、最初は自分が担当を外れるだけで済む感じではあったけど、本命は能面を追い込んで自分から辞めるように前の女の子みたいに仕向けていたんだとわかった。しかも今回は公開処刑状態にしようと。

自分たちのやっていることが「おかしい」なんて露ほどにも思わないから、気に入らないものには容赦無い地獄の攻撃をしてくる。飛んでもなく理不尽でも全く関係無い。

誰も止めに入って来ないから、やられている人間は抵抗しなければフルボッコにされて退場させられる。

ひょっとしたら、自分が初めて対抗してきた人間だったのかもしれないと思った。それで逆上して、追い出して、代品だけど取り合えず満足ってことか。

能面が下を向いていた顔を上げたら、いつの間にか瓶底みたいな眼鏡をかけていた。いつから眼鏡? 最初からだったのかな。顔をハッキリ見ていないから気づかなかった。

ついでにポロポロ泣いている。全然悪くないのに、確かに泣きたくなる話だ。

能面がパッと眼鏡をはずして、マジマジと自分の顔を見て来た。

「怖いですか? イヤですか? 私の顔。。」

「え?」

泣いているから目が真っ赤、顔が濡れていて感情のある表情だから、さほど怖くは無い。いつも感じているマネキンじゃ、全然無い。。だから、イヤじゃない。玉ちゃん、マネキンの話をしていたな。

「怖く無いし、イヤじゃないですよ。。」

ぼそっと答えてポケットに入っていたハンカチで能面の顔を拭った。

「木村さんは本当にいつも普通に接してくれて、外で会っても普通にしてくれて。無理強いもしないし、イヤな話も黙って聞いて下さって。。 それなのに、私のせいで会社を。。」

涙が止まらなくなっているのは、溜まりに溜まった感情を出せているからなのかな。玉ちゃんにどんな話を今までしていたかわからないけど、ひょっとしたら何か理由があって玉ちゃんにも話せないことを自分には話していたのかもしれない。

「気にしないでって。。まあ、それは無理かもしれませんが、自分は大丈夫です。他に使い道が無かったから、小銭もあるので次に仕事見つけるまで、まあまあ大丈夫です。」

気にしないでいられない慰めしか言えない、自分がしょうもない。

バっと能面がしがみついて来た。

しがみついてきて、嗚咽を漏らして泣き始めた。

辛いよねぇ、そうだよね、能面は会社にいくら辛くても残ってこれからも仕事続けるんだし。そうじゃないっていくら言っても、自分を辞めさせてしまったって思い続けるんだろうな。「辞めさせた」から辞めたくても辞められなくなって。。

ずっと我慢してきて、これからも、きっと我慢させられる。

泣きたいだけ泣いたら、少しラクになれるかな。

軽く抱きしめて頭を撫でた。

能面はギュっと自分の腕を掴んで静かに泣き続けた。


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