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自分らしい関係を築くためには、身体感覚を共有できる体験を一緒にするのが💮
先日、内定先であるツクルバの同期と、一泊熱海旅行に行ってきました。
とても楽しく充実した二日間だったのですが、ただ楽しいでけではなく、あとから振り返ってふと気付いたことがありました。
「旅行中、ぼくめちゃくちゃ自分らしくいられたな…!」
「どうやったら自分らしくあれるのか」はぼくの大きなテーマの一つ。先日書いた卒業論文も、自分らしさをテーマに書きました。
卒業論文ではいろんな人にインタビューをして、分析をこねくり回して「自分らしさ」について考えました。
でも、もっと身近に自分らしさのヒントは転がっていたのではないか。灯台下暗しとは、まさにこのこと。
というわけで、ぼくの旅行での体験を元に「自分らしさ」について考えてみました。
そもそも自分らしさって?
ただ、本論に入る前に、こんな疑問が聞こえてきそうです。わかる。
ぼくもまだ定義しきれていないものの、ぼくが「自分らしいな」と感じるのは、こんな時な気がします。
意思決定の基準の中で、「他人からどう見られるか」の優先順位が十分に下がっている状態
平たくいうと、
「これをしたらこう思われるかな?」
「あんなこと言われたらどうしよう?」
みたいなことがあまり気にならなくなっているとき、自分らしいなと感じます。
配慮はするけど、遠慮はしない。
気遣いはするけど、気は使わない。
そんなニュアンスです。
同期とのこれまでの関係性
旅行に来れなかった1人を含めて、同期は全部で8人。
ぼくらの多くはウェットなコミュニケーションや相互理解を大切にしている会社の文化を共有しているメンバー。
入社前の割には、LINEやTwitterなどでコミュニケーション取っている方かな、と思います。
ただ、現住所が関東・関西・北陸・北海道とバラバラなため、実際にみんなで顔を合わせる機会はこれまでで2〜3回くらい。
なので顔を合わせるときは特に、相互理解や自己開示的なコンテンツをするなど、「関係性を良くすること」「仲良くなること」を目的にコミュニケーションを取っていました。
おかげでわりと仲良くはなってた、はず。でも、なんとなく収まりが悪いというか、気を使っている感覚を個人的に持っていました。
とにかくみんなで楽しんだ2日間
そんな中、話の流れで行くことになった熱海旅行。こんなことをしました👇
ドライブ・サービスエリアでつまみ食い・小田原漁港で海鮮・温泉・みんなでお買い物・ロッジに宿泊・みんなで料理・焚き火・ボードゲーム・散歩・かもめに餌あげるetc
いやあもう、とにかく楽しかった!!
同じ体験をすることで「共に前を向く」
さて、ここからようやく、なぜぼくはこの旅行のなかで自分らしくあれたのかの分析です。
一つには、旅行の中での関係性が、目の前のコトにフォーカスした「共に前を向く」関係だったからだと考えます。
景色しかり料理しかりドライブしかり。旅行中はみんなと一緒に体験することが多く、その際ぼくたちの目線は共に前を向いています。
そんな風に同じ方向を向いていると、相手からの目線よりも、目の前の「コト」に集中し、楽しめる。
(目線の話はこのnoteに少し詳しく書いてます。)
メタ認知しがちなぼくの特性もあるかと思いますが、同じ方を見て一緒にコトを楽しむことが、結果よい関係につながるのです。
身体感覚を共有した
また、旅行の中では嗅覚や味覚、触覚といった身体感覚をたくさん共有しました。
少しむせ返るような、でもなんだか懐かしい、焚き火のススの匂い
溢れるほどに野菜を入れて、みんなで囲んだ鍋
温もりが感じられる、ロッジの木の壁
そういった身体感覚は、オンラインでのコミュニケーションや、ただ話しているだけでは共有できないはずの感覚です。
それが共有されたことによって「繋がっている」という感覚を得られて、信頼関係が築かれたのです。
なぜ「仲良くなるために仲良くなる」は違和感なのか
なるほど。ぼくが旅行を通じて自分らしい関係を築けたのは、「共に前を向く」ことと、「身体感覚を共有した」ことが要因としてあるようです。ふむ。
では、旅行までにやっていた、相互理解や自己開示のためのコミュニケーションでは、なぜ十分に自分らしい関係が築けなかったのでしょうか。もう少しここを掘り下げてみます。
まず、上で述べたのと同様に、コミュニケーションにおいての「目線」という要素がここでも重要であるように思います。
ぼくたちがやってきた自己開示や相互理解は、ヒトと向き合うコミュニケーション。いわば、向き合う関係です。
そして向き合う関係においては、「自分が相手からどう見られるか」を意識せざるを得ない部分があります。それは自分らしさとは真逆の状態です。
また、もう一つ。コミュニケーションの「目的」も大事な要素だと感じます。
これまでぼくたちが行っていたのは、いわば関係を良くするためのコミュニケーション。もっと言うと、コミュニケーションのためのコミュニケーションでした。
そして「目的の力」はとても強力。目的であると意識されると、意思決定の際に重みが生まれます。
良い関係を作ることが目的のコミュニケーションでは、自然と「今の自分たちはいい関係性なのか」ひいては「自分がどう見られるか」が意思決定において重要な項目になります。
冒頭で、自分らしさい状態を「意思決定の基準の中で、「他人からどう見られるか」の優先順位が十分に下がっている状態」と定義しました。
良い関係を作ることが目的になると、まさにこの意思決定基準の中で「他人からどう見られるか」の優先順位が上がってしまうのです。
目線と目的。この二つの要素から、「仲良くなるために仲良くなる」だと自分らしい関係を築くには、不十分なのです。
コトに向かうことで、ヒトに向かえる
この経験から、コトに向き合うことで、結果としてヒトとの関係性がよくなるのでは、と感じました。
ずっと「コトに向かう」と「ヒトに向かう」は違うものだと理解してしまっていたのですが、そんなに単純な話ではなさそうです。
そう考えると、この成功循環のサイクルも、シンプルな因果関係とは捉えられないなと感じました。
(出展: https://www.businesscoach.co.jp/column/clm94.html )
ここまで書いて、このカイさんのnoteとだいたい同じことを言ってることに気づいたので、こちらもぜひ。(パクリじゃないよ)
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このnoteは、ひらやまさんの #ペアnote のお題の一つ「自分らしさ」がテーマです。ひらやまさんの自分らしさも楽しみ。
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cotree advent note
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