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ぼくのカウンセリング日記 その二

最近定期的にカウンセリングを受けているので、カウンセリング日記を付けていこうと思います。

誰かがカウンセリングを受ける後押しになったらという気持ちと、自分用のメモという気持ちで、これからも書いていきます。

今回は2回目、1ヶ月ぶりのカウンセリングです。

1回目のnoteはこちら。

少しずつ「何も気を使わないで伝える」ができるように

前回のカウンセリングで、カウンセラーさんがフランクな言葉で何度も伝えてくれたメッセージの一つが「この場では何も気を使わずにいいんだよ」ということ。

「本当にそう思ってますか?」
「思ったことを話していいんですよ」
「他にも思ってることありますか?」

さまざまな言葉で繰り返し伝えてくれたことで、今回は前より気を使って言葉を選ぶ場面が減ったなあと感じています。

そもそも、ぼくは日頃から話すときに気を使いがちなところがあります。良くも悪くも。

その場にいる人だけでなく、その場にいない人も含めて、傷つかないように言葉を選んでいく癖がついている。

(その辺の詳細はこちらのnoteから💁‍♂️)

そしてこの性格が、カウンセリングを使っている理由でもあります。友だちに相談するとき、相手との関係性や相手のコミュニティをどうしても気にしてしまい、伝えきれない部分が多くなってしまう。

カウンセリングでは、その心配はありません。

まだまだ、意識して「よいしょ」と自分の中の枷を外しながらですが、少しずつカウンセリングでは気を使わずに話せるようになりたいです。

余裕があるからこそじっくり向き合える

前回のカウンセリングは、メンタル的にガクッと落ちたタイミングで利用した、言わば頓服的な使い方でした。

カウンセリングの中では、状況の説明やぼくの気持ちの吐き出しに、どうしても時間を多く割かれてしまいます。

もちろん、そのタイミングにはすごく大切なこと。

でも、現実的な問題やぼくの考え方に対しての根本的な解決や、本当に苦しくなる前の予防的な役割は期待できません。

それに対して今回は、大きくメンタルが崩れているわけではないけど「1ヶ月経ったからそろそろまた受けようかな」と思い予約しました。メンテナンス的な利用と言うこともできます。

気持ちにも余裕があるタイミングの利用だったからこそ、じっくり悩みに向き合うことができました。

象徴的だったのは、カウンセラーさんに聞かれて「うーーーーん」と考え込んでしまった問いが多かったことです。

問いにすぐ答えられないということは、それが普段自分が考えていない観点からのものである、ということ。

それにじっくり向き合う時間があるだけでも、カウンセリングの価値があると感じます。

自分の感情を、外に出すことで客観的に見つめられる

先述のように「何を言ってもいい」とカウンセラーさんから伝えてもらい、いろんな感情を吐き出すことができています。

その多くは、存在するのは感じながらも、蓋をしてきた感情でした。

「こんな感情を持っていると認めたくない」
「恥ずかしいから人に言えない」
「こう思うのは正しくないことだ」

そんな感情を、少しずつ外に出していくことができました。

カウンセラーさんの前で外に出すと、客観的に見えるようになる。すると、感情の捉え方が、蓋をしていたときから変わっていきました。

「こう思うのも当然じゃない?」
「実はこの気持ち、すごく大事なことかもしれない」
「その気持ち、わかるわかる」

前提としての安心感があるからこそ、外に出せて、見つめ直し捉え直せる感情があったことは、大きな発見でした。

そのうち、また書きます

全体としては、まだまだ道のりは始まったばかりだなあと感じています。ゆっくりじっくり向き合っていきたいです。

内容には触れないとしても、カウンセリングの中身を発信するのは、少しドキドキする気持ちもあります。

でも、これがきっかけで、カウンセリングへのイメージが変わったり、一歩踏み出せる人が少しでも増えたらいいなあ、という気持ちもあり。これからも発信したい。

暖かく見守ってくれると幸いです。

よければcotree使ってみてね。もちろ、cotreeじゃなくても全然いいよ。

✳︎

cotree advent note





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なかむら
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