オレンジブック掲載なしでのANDA阻止は難しい?Novartis Pharmaceuticals Corporation v. MSN Pharmaceuticals, Inc. [試行] ※ 当記事は試行であり、法的助言を与えるものではありません。全ての情報はその正確性と現在の適用可能性を再確認する必要があります。
事件名
Novartis Pharmaceuticals Corporation v. MSN Pharmaceuticals, Inc.
(2024年12月4日 米国連邦巡回控訴裁判所判決)
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-2211.OPINION.12-4-2024_2429999.pdf
はじめに
2024年12月4日、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、**Novartis Pharmaceuticals Corporation(以下「ノバルティス」)がMSN Pharmaceuticals, Inc.(以下「MSN」)**に対して提起した仮差止命令の申立てを棄却する判決を下した。
本件は、ノバルティスが製造・販売する心不全治療薬「Entresto®」のジェネリック版に関する特許侵害を巡るものであり、特に米国特許第11,096,918号(以下「‘918特許」)に焦点が当てられている。
本稿では、事件の概要、CAFCの判断内容、判決の意義および今後の展望について評釈する。
事件の背景
1. Entresto®と‘918特許の概要
ノバルティスのEntresto®は、心不全治療薬として、バルサルタンとサクビトリルの組み合わせで構成され、2015年に米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けたものである。
‘918特許は、**トリナトリウム・バルサルタン・サクビトリル(TVS)**のアモルファス固体形態に関するものであり、2026年11月8日に期限が切れる。しかし、この特許はFDAのオレンジブックに掲載されておらず、ノバルティス自身もこの特許がEntresto®の具体的な薬剤成分をカバーしていないことを認めている。
2. MSNの略式新薬申請(ANDA)
2019年、MSNはEntresto®のジェネリック版製造に向けて略式新薬申請(ANDA)を提出した。これに対し、ノバルティスは、MSNの製品が‘918特許のクレーム範囲内に該当するとして特許侵害を主張した。ただし、‘918特許がオレンジブックに記載されていないため、FDAのANDA承認を自動停止させる効果は生じなかった。
争点
1. クレーム解釈:「アモルファス固体形態」の意味
訴訟では、‘918特許のクレーム中にある「アモルファス固体形態」という用語の解釈が主要な争点となった。クレーム1は以下のように記載されている:
ノバルティスは、この用語を特別な限定なく解釈することを主張した。一方で、MSNは「主にアモルファスである固体形態」と解釈すべきであると主張した。
2. 仮差止命令の是非
ノバルティスは、ジェネリック版の市場投入が不可逆的な損害をもたらすとして仮差止命令を求めた。一方、MSNは、自社製品がアモルファスTVSではなく結晶性TVS(Form-S)を含むと主張した。
CAFCの判断
1. クレーム解釈の確定
CAFCは、‘918特許の明細書に特段の定義が記載されていないことを根拠に、MSNの主張する「主にアモルファスである固体形態」との解釈が妥当であるとした。これにより、MSN製品がクレームに該当するか否かの判断が技術的な証拠に委ねられることとなった。
2. 仮差止命令の棄却
CAFCは、以下の理由からノバルティスの仮差止命令の申立てを棄却した:
侵害の可能性の低さ:ノバルティスの証拠は、MSN製品がアモルファス物質を含むとする十分な根拠を提供していないと判断された。
回復不能な損害の欠如:ノバルティスはジェネリック版の市場投入による具体的な損害を立証することができなかった。
判例の意義
1. 特許クレームの明確性の重要性
CAFCは特許クレーム中の用語解釈において、特許明細書の記載が非常に重要であることを強調した。本件では、特許明細書における「アモルファス固体形態」の具体的な説明が不十分であったため、特許権者の主張が制限される結果となった。この点は、特許出願時の明細書作成の重要性を再認識させるものである。
2. 仮差止命令の厳格な基準
本件は、特許権者が仮差止命令を求める際の立証責任の厳格さを改めて示すものとなった。仮差止命令の要件である「不可逆的な損害」を立証する際、具体的かつ十分な証拠が必要であることが確認された。
結論
ノバルティスの仮差止命令の申立てが棄却されたことにより、MSNはジェネリック版Entresto®の市場投入に向けて前進することが可能となった。
本判決は、自社製品をカバーしないかもしれないがジェネリックの製品をカバーしうるかもしれないという参入障壁の作成の困難性を示すものといえる。