生まれも育ちも
私は東京都世田谷生まれである。
この街を詳しくない人は「セレブ!」「いいとこのお嬢さん!」と勘違いしているが、私の中だと単なる故郷なのである。
下北沢は私に「大人にとっては悪いものを教える街」であり私はここで『悪い事』をいっぱい覚えた。
特にライブハウス。下北沢シェルターは幼馴染がバンドをやっていて行ったのがライブハウスデビューだった記憶がある。
下北沢には自転車で行ける距離でありお金のない私はオンボロのチャリでよく行っていた訳です。
隣の駅の東北沢に河合塾があって(今もあるのかな?)そこまで模試で必死にチャリンコを漕いで行ってあまりにハードすぎて模試なんてすっからかんになっていたぐらい疲れて「こんなんじゃ意味がない!!」と高校生ながら思った記憶がある。
下北沢は多感な年頃を過ごした大切な街なのである。しかし再開発が進み、私も別の街に引っ越してしまいあまり行かなくなってしまい久しい。よく行っていた飲食店の店長も独立して別の街に店を作っている。世話になったギャラリーも移転して、私と夫を子供のようにかわいがってくれた楽器屋のおじさんは数年前に他界した。
今じゃ知らない街のようで思い出の燃えかすが燻っているような過去の街である。
先日から繁忙期で頭の中がぐるぐる回ったままの私は「眠亭の赤いチャーハンが食べたい」と突然思い立って仕事終わりに無意識に下北沢駅に降りていた。
すっかり変わった駅に毎回呆然とする。
ああ一体ここはどこなんだ…0.2秒ぐらいそう思っても見慣れた景色で「あ、シモキタだわ」と瞬時に判断する脳みそ。切っても切れない関係なのかもしれない…。
眠亭にさっさと行こう。赤いチャーハンを食べて帰る。ついでに無愛想なオッサンのやっている珈琲屋にカプチーノでも飲みに行こう。20kgの機材を持って小走りに歩く。
あ……今日月曜だった…
全く覚えてなかった。
やり切れなくてうわああああ!!って叫びたくなったけど私はもう大人だ。そんなことすることもできない。とにかくお腹が減っているからどこかに行こう。
じゃあマジスパ行くか…
私の頭に閃いたのはスープカレーの名店、マジックスパイスだった。ここから歩いてちょっといけばマジスパはすぐである。
スズナリの横の角を曲がればマジスパ。
横には教会があって、カメラマン志望の学生に優しい教会で許可を取れば中で撮らせてもらうことができたのが懐かしい。
東北沢に行く道、ここの坂道がきついのだ。20kgの機材を持って登るのはかなりしんどい。マジスパまであと少し(ちなみに高校生の頃はここはマジスパではなくかわいらしい雑貨屋さんでした)
相変わらず攻め攻めのど派手ないでたちである。
でも味は確かなのである。
席に着くなり情報量の多いメニューを目の当たりにすると脳みそがハイになってくる。
実家に帰ってきた時と同じような感じなのか。とにかく訳の分からないメニューなのでお伝えすると
1 カレーの種類とベースのスープを選ぶ
2 お好みで辛さを選ぶ(名前が珍妙なので横の解説をよく読むこと)
3 個性的なトッピングをお好みで(私の好物はバジルラムウインナー)
4ドリンクを選ぶ。オススメは"つめちゃい"
久しぶりだからいつも通り…と思ったけれどここで眠亭の光の速さで来る餃子と赤いチャーハンが食べれなかった悲しみを思い出してしまい辛さはいつも「涅槃」にしていたのをうっかり「天空」が食べたい!と閃いてしまい天空チョイスをしてしまった。
(※天空は二番目に辛い。一番辛いのは虚空)
ヒヨってチーズ入れちゃったけどね…
うわーきたきた。
本日は餃子の恨みと言わんばかりにネパールの餃子モモの入ったカレー、辛さは天空、チーズを入れてみた。飲み物は今日はグリーンティー。
うん、やっぱり美味しい。
シモキタにもスープカレー屋さんが乱立しているが私はここのスープカレーが一番。天空にしてもそこまでヤケクソな辛さじゃない。ちゃんと甘味があってスパイスが良い香り、シナシナの水餃子みたいなアッサリめのモモも美味しい。そしてくたくたに煮込まれているニンジンが特にお気に入り。
サフランライスの横には缶詰めのパイナップル。酢豚にパイナップルが嫌いな人にはたまったもんじゃないだろうなといつも思う。私は意外と好き。
しかし天空、辛さに耐性のありまくりなわたしにはノーダメージで済んでいるけれどスパイスのパワーで鼻水がダラッダラ出てくる。夏に食べたら悲惨かもしれない…。全然いけたので今度は虚空を試してみようかな。
さて帰宅するか…ではなく無愛想なオッサンがやっている美味いコーヒー屋に今日も行く。とにかく無愛想なのだ。声を聞いたことがない。たまにオッサンの嫁さんがいる時もあるんだがこれまた無愛想なのである。店内にはヤケクソなぐらい撮影禁止の札があるので写真は撮らないし友達以外には口外しない私の秘密基地的な店である。
古い店をリノベーションしていて中はブルックリンスタイルのシャビーなコーヒースタンドである。
どうせ挨拶もないだろうがいつも「こんにちは」とカウンター前に立つんだが今回は返事があっておったまげた。マスクをしていても男前な雰囲気が漂う男性が「こんにちは〜」と声をかけてきたのだ。
あらあらこれはびっくり。いつも怒ってるみたいなオッサンが怖いけどうまいコーヒーを煎れるから寄っていたので調子が狂う。
「わからないメニューがあったら聞いてください」
oh…そんなセリフオッサンから聞いたことないわ…
「ホットのカプチーノ、シングルショットで」
男前に告げると男前は何か私に言っている。耳に突っ込んでいたAirPodsを忘れていた、慌てて外した。
「蓋は、いらないですか?」
AirPods突っ込んだままな上アクリル板とマスク越しでイマイチ聞こえなかった。
そんなこと言われたことがない(二度目)
「あ、ああ…ごめんなさい。いらないです、あと…領収書を」
「領収書、ですね」
男前はマスク越しに微笑んだので私もつられて笑った。
この店では仏頂面でカプチーノか水出し飲んでボヤッと町並みを歩く人々を自分の目ん玉という印画紙に焼き付けて帰るのがルーティンなのになぁ。
領収書を貰い、客の居心地の良さなんて無視しためちゃくちゃな高さの椅子に座りiPhoneをいじっていると、20代のカップルが来て男前にメニューを聞いていた。
もう5年ぐらい通っているのに謎の名前のメニューが一体なんなのか人の話で知るなんて。私は頭の中でゲラゲラ笑っていた。
男前が私を呼んだ、カウンターに優しくことりと置いてくれたカプチーノはオシャレなカフェでよくあるハートのラテアートが描かれていた。
(はて、ここでこんな洒落たもんを見たことがあっただろうか)
とりあえずいつも通り口に運んだ。うん、煎れる人が違うのに全くブレてない。温度も適温だから美味しい。砂糖を入れていないのにここのコーヒーは甘さと力強い深さを感じるから好き。浅煎りが流行る中、ここまで骨太な深煎りを淹れてくれる店は早々ないよね。
いつも通りぼんやり外を見ると人々が楽しげに歩いている。開け放たれた窓から通りかかる人の話し声が心地よいセンスの良いBGMに溶け込んでいく。
やっぱりここが好きだな。
「ごちそうさま」
私は紙カップをゴミ箱に入れるとカウンターに顔を向けて言った。男前が微笑んで「ありがとうございます」と言った。いつだって返事が来なくてこの建物に言ってるつもりで言っていたのに返事が来たことでなんだか猛烈に嬉しくなった。
帰り際寄った下北沢のアイコン的な"北沢ビル"
高校生の時の初作品はここの辺りで撮った。物持ちのいい私だが流石にこの時期のネガは紛失してしまったかもしれない。
懐かしくてぼうっと見つめてしまった。あの頃と比べて互いに歳を取ったね、そんな事を思いながら。
ちゃんと今の思い出も作ってあげないとな。
#下北沢 #銀河丼食探訪集 #スープカレー