おたねちゃん「おたねとおみさのなないろガシ」

鳥取県日野郡江府町武庫(むこ)。

この地に、一年で七回も葉っぱの色が変わり、枝を切ると樹液ではなく血が流れ、幹を傷つけると災難が降り掛かるという言い伝えがある、樫の木がある。
その伝記から、「七色ガシ」と呼ばれている。

おたねは江府町の取材で、武庫地区を訪れていて、七色ガシを見に来ている。
江府町のご当地VTuberとしても活動をしているので、江府町にはよく訪れているのだ。
(うわぁ〜…、これは、立派な木ですね…。)
七色ガシの立つ場所に着き、木の見事さに圧倒された。
木を写真に撮ろうとしたその時、

(…あれっ?)

七色ガシのまわりの景色が、モノクロに変わった。だが、間もなくカラーに戻った。

(…今のは、何だったんでしょう…。)

木の後ろの町並みに目を向けた時、おたねは違和感を覚えた。
山々の自然は同じだが、家並みが茅葺きなど、昔の古びた家である。いや、そもそも、電柱がない。線路がない。アスファルトの道路もない。

(えっ?な、何、これ?)

おたねは事態が飲み込めず、あわてふためく。その時、

「こんにちは…。」

木の陰から、女性の声が聞こえた。おたねが再び木の方向を向き直すと、おたねと同世代くらいの女性…女の子が立っていた。着物姿で髪を結わえていて、昔の町娘という感じである。

「あっ、こ、こんにちは〜。え〜っと…、私は、おたねといいます。鳥取県や江府町で、ご当地VTuberとして活動してます…。」
「…ぶ、ぶいちゅーばー…?」

あわてながらも自己紹介をするが、女の子にはピンと来ていないようだ。

「…何だか、よく分からないわね…。」
「あっ、あなたは、誰ですか〜…?」
「…私は、みさ。みんなからは、おみさと呼ばれていたわ…。」
「おみささん…ですか?」
「そうね…。あなたは、おたねさん、ですね。」
「こっ、ここは、江府町?ですよね?」
「…確かに江府町だけど、今、このまわりはずっと昔よ…。」
「わ〜っ…?…ということは、私は、タイムスリップしたということですか〜?」

おたねは、やっと事態をつかんで来た。だけど、なぜ自分が昔の世界に来てしまったのか。

「…そうね…。おたねさんに、私と同じにおいを感じたからかな…。時間は、ある?」
「は、はい。取材なので、時間はたくさんありますよ〜。」
「…じゃあ、私の話を聞いてくれる?どうしてこの木が『七色ガシ』と呼ばれるようになったかも、教えてあげるから…。」
「…分かりました。で、でも、元に、戻れますよね〜…?」
「…うふふ、大丈夫よ。お話が終わったら、元の時代に帰すから…。」

そして、おたねとおみさは七色ガシの木の下に座り、話を始めた。

昔、この武庫の地に「半の上城」というお城があった。
このお城には「亀之丞」という、とても立派な若君がいて、おみさは若君、亀之丞の身の回りの世話をする使用人だった。
おみさは若君の世話をするうちに、若君を慕うようになった。だが、立場の違いから、いくら好きでも思いを打ち明けることは出来ない。
それでも、おみさは若君のそばで仕えるだけで幸せを感じ、若君も、そんなおみさをかわいく思っていた。

ところが、おみさの気持ちなど知るはずのない城主は、若君のためにお嫁さん探しをしており、数ヶ月のうちに、とうとう若君のお嫁さんが決まった。

この話を聞いた時、おみさは大変なショックを受け、悲しさで仕事も手につかない程だった。

そして、ついにお嫁さんの来る日がやって来て、人々は賑やかなお祝いムードで、お嫁さんの到着を、今か今かと待っていた。
その中で、おみさは一人、悲しい気持ちでいっぱいだった。

そしてー。

おみさは、いつの間にか城から姿を消した。

人々は、この時初めて、おみさの恋心を知った。

おみさはあまりの傷心に、淵に身を投げてしまったのだ。
おみさが身を投げた岸の樫の木には、城主からのいただきものである晴着が、さびしく風に揺れていた。

おみさを哀れに思った人々は、一生懸命におみさのなきがらを探した。
ところが、人々が樫の木の淵を探していると、一匹の大蛇が、悲しそうに城の方角をじっと見つめていた。人々は、驚くやら、恐ろしいやらで、声も出せなかった。

その後、その淵は「乙女が淵」と呼ばれるようになった。
身を投げたおみさは大蛇となり、「乙女が淵」の主となった。

それから、長い長い年月が過ぎ、この「乙女が淵」も、次第に砂に埋まっていき、草の生い茂る陸になってしまった。
淵がなくなると、大蛇は住んでいられなくなり、とうとう大蛇は岸へ上がり、樫の木を伝って、天に登っていった。

それからというもの、樫の木は一年に七回、紫・黄色・だいだい・白・赤・緑・青黒と、葉の色を変えるようになったという。

それはまるで、おみさが花嫁衣装を着替えているかのように…。

「…そんな、悲しいお話があったんですね…。」
「…それで、この樫の木は『七色ガシ』と、呼ばれるようになったのよ。」
「…おみささん、本当に悲しい思いをされたんですね…。」
おたねが涙ぐむ。

「…立場、というか、身分の違いだから、仕方がないけど…。それでも、若君のおそばにいられるだけでも、とても幸せだったんですよ…。」
おみさの言葉は、全て過去形である。

「…でも、私のことが、江府町に今でも伝説として語り継がれていて、町の名所にもなっているから、それを考えれば、少しは役に立てたかな…。」
「少しじゃないですよ〜!大きいですよ〜!」
「…おたねさんに話が出来て、良かったです…。同じにおいは、間違ってなかったな。ぶいちゅーばー…っていうのは、よく分からないけど…。」
「えっ?…わ、私は、普通のニンゲンですよ〜!」
「うふふ、…ありがとう。また、いつでも遊びに来てね。私はずっと、ここにいるから。」
「もちろんですよ〜!頑張って、紹介しますよ〜!」
「…今度は、おたねさんの時代にも、行ってみたいな。じゃあね。」

おみさが別れのあいさつをすると、七色ガシのまわりの景色がまたモノクロに変わり、カラーに戻った。

(…も、戻ったのかな…。)

おそるおそる、おたねが町並みに目を向けた。今度は家も普通の民家で、電柱も線路も、アスファルトの道路もあり、車や汽車が走っている。

(…あぁ、良かった…。夢だったのかな…。)

おたねが七色ガシを見上げると、おみさの手を振る姿がダブって見えた。
七色ガシ…おみさの物語を、しっかり伝えていこう。おたねは、そう思った。

終わり。

参考書籍
「伝説 七色ガシ物語」
平成6年4月25日発行
作画・裕瑞穂 発行・江府町
印刷・渡部印刷株式会社




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