ひなビタ♪14「真夏の昼の百合」
倉野川市、日向美商店街。
元気のなくなった地方都市の商店街を盛り上げるために組まれたガールズバンド「日向美ビタースイーツ♪」。
8月。
全国が真夏に入り、倉野川市も連日暑さが続いている。
日向美ビタースイーツ♪のメンバー五人が、咲子の喫茶店・シャノワールに集まっている…、が、五人以外にお客はいない。
「…ふおおっ…暑いね…。」
「…こんな暑さ、ありえないしっ…。」
「…これじゃ、お店も開けられないめう…。」
実はシャノワールは、昨日の営業中にエアコンの室外機が故障し、今日は修理のため、急遽臨時休業にしたのである。
「…みなさん、もう少しで修理は終わると思いますから…。業者さんも、外で頑張ってくださってますし。」
咲子がみんなをなだめる。
「…扇風機も、単に熱い空気をかき混ぜてるだけだよね…。」
一舞がボヤく。店や咲子の家にあった扇風機を三台フル稼働させてはいるが、冷えるわけではない。
「…本当に、エアコンなしでは過ごせないめう…。さきき、アイスティー、おかわりめう。」
「…さきちゃん、私にもちょうだい。」
冷蔵庫などは普通に動いているので、咲子が冷たいドリンクやアイス、フルーツパンチなどのスイーツをみんなに出している。
「…今日は、来ない方がよかったかなぁ?」
「でも、飲み放題と食べ放題状態だから、いいめう。」
「…めう、正直過ぎだし…。」
「みんな、ごめんなさい…。アイスはともかく、生のフルーツは、今日出さないと、廃棄になるものもありますから…。」
臨時休業で今日使う予定だったフルーツが使えなくなったので、少しでも日向美のみんなに食べてもらおうと思い、咲子がまり花たちを呼んだのである。
「フルーツを食べて、ビタミンを摂るめう。」
「こう暑いと、食べる気もなかなか起こんないし…。」
「太陽さんが直接当たってないから、まだましだよねっ。…りんちゃん、さっきからしゃべってないねっ?」
凛は一人で黙々と、アイスティーを飲んでフルーツパンチを食べている。本こそ傍らにないが、いつも通りの素振りである。
「…あのー…、リン、暑くないの?」
一舞が、おそるおそる尋ねる。
「…当然、暑いわよ。でも、暑い暑いと嘆いていても、気温が下がるわけでもエアコンが直るわけでもないわ。いたずらに現状を憂いても、詮ないことよ。」
いつも通りの口調で話す。
「…今聞くと、余計に暑くなりそうめう…。」
「…『心頭滅却すれば火もまた涼し』よ。慌てずに、時を待つことよ。」
「凛ちゃん、すごいです…。?…まり花ちゃん?」
咲子が、まり花の様子がおかしいのに気付いた。顔が赤くなっている。
「…だ、大丈夫だよ…。」
ー!
凛が席を立ち、素早くまり花のそばに近付く。
「レコード屋、大丈夫?」
「…う、うん…。ちょっと、暑さに酔っちゃったみたい…。」
「洋服屋!外の業者さんに、早く作業が終わるようにお願いして。喫茶店!厨房から、氷とおしぼりを持って来て。はんこ屋は、纒さんかすみれさんに連絡をして。」
凛が、一舞たちに指示を出した。
「ま、纒さんたちめう?」
「本当は救急車が良いんだろうけど、纒さんたちにも来てもらった方がいいから。事は一刻を争うわ、早く!」
『は、はい!』
凛の剣幕に押され、3人はフロアから出て行った。
「レコード屋、横になった方がいいわ。」
凛が、まり花をソファーに寝かせようとする。その時、
「…りんちゃん、しんとーめっきゃくすれば、涼しくなるの?」
むぎゅっ!
まり花が、凛に思いっ切り抱きついた。
「…ち、ちょっと、貴方!」
不意の事態に、凛の足が滑り、
バターン!
二人は抱き合う形で、ソファーに倒れ込んだ。
「…あれーっ?りんちゃん、涼しくないよ…。でも、気持ちいいから、いいか…。」
「…レコード屋、は、離しなさい!私は、貴方の抱きまくらじゃないわよ!」
凛がまり花を引き剥がそうとするが、まり花の力のリミッターが外れているのか、びくともしない。
「…りんちゃん、離れちゃやだよ…。ずぅっと、そばにいてよ…。」
「い、今はそんなことを言ってる場合じゃ…。…あ、頭が…。」
まり花の体温に触れ、さっきまでの落ち着きはすっかり崩れ、凛の額にも汗が吹き出してきた。
(…こ、このままじゃ、私まで倒れてしまうわ…。)
もがくうちに、二人の服が着崩れ、半分脱げているような状態になった。
「…りんちゃん、暑いから、一緒に脱いじゃおうよ…。」
形勢が逆転し、凛がまり花にマウントを取られている状態になった。
(…だ、ダメ…。…で、でも、抵抗が…。)
まり花が凛の服に手をかけたその時、
「リン!今エアコンが直った…って。」
「凛ちゃん!氷とおしぼりを持って来ま…した。」
「りんりん先生!纒さんとすみれさんがもうすぐ着く…めう。」
誤解しか受けない最悪のタイミングで、一舞、咲子、めうが一度に戻って来た。
「…ち、ちょっと…。こんなとこで、そんなことを…。」
「…二人とも、気温より熱々ですね…。」
「…まりりがうらやましいめう…。」
気温は高いはずなのに、フロアの空気は凍り付いた。
(…ち、違う…。ご、誤解…、よ…。)
声にならない声をあげながら、凛の意識は途切れた。
ー
そして、まり花と凛は纒とすみれに連れられて、医者を受診した。
暑さで一時的に具合が悪くなった、とのことで、幸い熱中症などの大事には至らなかった。
ー
フォーン…。
シャノワールのエアコンも無事に直り、店内に涼しさが戻った。
「…みなさん、お騒がせしました…。」
咲子がみんなに謝った。
「…私も、ごめんなさい…。」
まり花も続けて謝った。
「大したことなくて、本当に良かったわよ。」
「…暑さをがまんしてはいけないです。私の偉大なる久領堤纒大先輩への思いの方はいくらがまんをしようがフタをしようがとどめることはできない以下略」
纒とすみれが、みんなを慰めるように話した。
「本当に、暑さには気を付けないといけないしっ。」
「命に関わるめう。」
「…凛ちゃんは、ものすごく寒そうですね…。」
凛はフロアのすみっこで、毛布を頭からかぶり小刻みに震えていた。
「…違う…。愚昧よ…。誤解よ…。」
「私…、りんちゃんに何かしたのっ?」
「まりり!?りんりん先生にしたこと、全然覚えてないめう!?」
「ある意味、幸せだし…。」
終わり。
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