ひなビタ♪9-2「咲子と凛のアコースティックール2」

※ひなビタ♪9-1「咲子と凛のアコースティックール」の続きです。

翌日。凛の部屋。

昨日、凛と咲子は、咲子の部屋で夕方まで眠り続けた。そのため、目が覚めたときは、二人とも昼食を食べていなかったため、空腹で大変なことになったという。

「…昨日は、長々と眠ったわね…。」
「起きたら、ものすごくお腹が空きましたね…。」
「…やっぱり、熱中し過ぎて食事を抜くのは、よろしくないわね。」
「でも、とってもとっても、ゆっくり眠れましたね。」
「…それは、そうだったけど…。」

話しながらも、ディスクールと、咲子のリクエスト曲のアコースティックアレンジの最終調整を進めている。

「…2曲とも、アレンジはこれで大丈夫?」
「…そうですね。これで、完成にしましょう。」
「…こだわりも過ぎると、いつまでもやり続けて、終わりが見えなくなるから。」
「とってもとっても、私たち二人が演奏するのにぴったりだと思います。」
ようやくアレンジが完成したことに、二人はほっとした顔をした。

「…でも、これは日向美のライブで演奏するの?」
完成はしたが、披露する機会はいつだろう。凛はそう思った。

「うーん、ライブの途中にアトラクション的に、アンプラグドコーナーという形でもいいですけど…。まずは、まり花ちゃんたちに聴いてもらいましょうか。」
「…そうね。ちょうど、来週がバンドの練習日だし。」
「ですね。…あっ、そうだ!」
咲子が、何かを思い付いた顔をした。

「…何?」
「シャノワールのステージを使って、披露しましょうよ。」
「…ステージで?」
「はい。ただスタジオで聴かせるより、雰囲気が出ると思いますし。」
「…そうね。…アコースティックなら、喫茶店のイメージと合うわね。」
「私たちのユニット名も、決めませんか?」
「…えっ?」
凛があっけに取られたような声を出した。

「…ユニット名って?」
「私と凛ちゃんのユニットですよ。」
「…そんなの、考えもしなかったわ…。貴方は、何か考えてるの?」
「私が考えてるのは、アコースティック主体と、凛ちゃんのクールさを合わせて、『アコースティックール』です。」

ゴンッ!
凛がテーブルに頭を打った。

「…単に、合わせただけじゃない…。」
「でも、二人の名前を合わせた『さきりん』よりは、いいと思いませんか?」
「…そっちも、お酒のおつまみみたいな名前ね…。…うん、そっちよりは、『アコースティックール』の方が、幾分かはましね。」
「良かったです。じゃあ、それでいきましょう。…どうせ披露するなら、衣装にも凝りたいですね。」
「…へっ?…あ、貴方、凝る方向を間違えてない…?」
「大丈夫ですから。衣装は、イブちゃんにも力を貸してもらいます。」
本当に大丈夫なんだろうか。
凛は、一抹の不安を覚えた。

一週間後。練習予定日。
この日は、バンド練習を変更し、シャノワールのステージで、『アコースティックール』のお披露目が行われることになった。
観客はまり花、一舞、めうの三人だけの、特別なステージである。
ステージには、客席から向かって右側に凛、左側に咲子のマイクの、計2本と椅子が2脚。そして、エレアコ用のアンプ。
咲子側の椅子には、クラシック・ギターの音を拾うためのマイクが、別でセッティングされている。

「さきちゃんと凛ちゃんのデュオなんて、わくわくするねっ。」
まり花が目を輝かせている。
「同じ楽器同士だから、多分波長も合うめう。」
「衣装はあたしがチョイスしたから、そこも見どころだし。」

そしてー。
ステージに、咲子と凛が登場した。

二人の衣装は、ジーンズ地のオーバーオールに、凛が黒、咲子が紫のチェックのシャツ。そして、凛が黒のベレー帽にレサングラス、咲子も茶色のベレー帽にサングラス、足下はブーツと、まるで70年代のフォークソング全盛期に流行したファッションのような出で立ちである。

「ふおおっ…、お父さんが持ってるレコードの中の人たちみたいっ!」
「…ちょっと、タイムスリップさせ過ぎじゃないめう?」
衣装のこだわりぶりに、めうが感心したような、呆れたような微妙な顔をした。

「どうせやるなら、とことんやった方がいいし!」
一舞が自信満々に言った。

咲子と凛が椅子に座り、それぞれ楽器を持ってチューニングをする。
二人には、ピンスポットのライトが当たっていて、ステージに派手な装飾はない。

咲子が先にチューニングを終えて、喋り始める。
「こんばんは。『アコースティックール』です。私と凛ちゃんの二人で、アコースティックのコンビを組みました。2曲だけですけど、聴いてください。」
「うわぁ…プロの人のMCみたい!さきちゃん、カッコいいよっ!」

咲子の横で、凛がチューニングを終えた。と同時に、

「却下。」
サングラスをぞんざいに外して、床に置いた。

「ちょっ、高いヤツなのにっ!」
一舞があわてる。

「暗くて手元が全然見えないから、却下。」
「た、確かに、私も見にくいです…。」
咲子も、サングラスを外した。
「暗いステージでグラサンは、慣れてないと無理めう…。」

「…それじゃあ、準備はいい?」
「はい。」
「…じゃあ、1曲目、始めるわよ。」

凛の合図に、咲子がカウントを取る。

「ワン、ツー、スリー、フォー…。」

1曲目は、凛の楽曲「虚空と光明のディスクール」。
咲子が、イントロのメロディーをクラシック・ギターで奏でると、凛は咲子の愛機「セレさん」で、バッキングのコードストロークと単音フレーズを混ぜたパターンで応える。
バンドでのアレンジはオルタナティブ・ロックを彷彿とさせる、エレキギターのノイジーなアプローチが中心であるが、咲子と凛のアコースティックのアレンジでは、ノイズの要素の中のメロディーの美しさが際立つ。
とは言え、ただ綺麗なだけではなく、エレアコの「セレさん」、そして、凛のエレキギターに特化したギターの弾き方により、電気のノイズ成分の要素が加わっており、原曲の魅力を完全に消し去っている訳でもない。
楽器が同じでも、演奏するプレイヤーにより出て来る音色は全く異なる。そこには、凛と咲子の音楽的背景の違いがそのまま現れている。

♪Ah…

コーラスは、凛と咲子の二声のみだが、二人の個性が交わり、透明感が際立っている。

♪Ah…

ジャーン…。

1曲目が終わった。

「ふおおっ…、二人とも、とってもカッコいいよぉ!」
「…こりは、圧倒めう。」
「あたしの衣装も、イケてるねっ。」
「…関係ないと思うめう…。」

そして、今度は凛が話し始める。
「…次の曲…、と言っても、最後の曲だけど、喫茶店のリクエストの曲よ。…意外かもしれないけど、聴いてみて…。『ぼくたちの失敗』。」

「ぼくたちの失敗」は、70年代に活動したシンガーソングライター・森田童子(もりたどうじ)が1976年に発表した楽曲である。
アンダーグラウンドでの分野の活動が主だったが、90年代にドラマの主題歌に使われて幅広く知られ、リバイバル・ヒットとなったが、本人は1984年に音楽活動を引退しており、メディアへの露出も全キャリアを通じてごく一部しか行わなかったため、伝説の存在と呼ばれるようになった。
00年代にもドラマの主題歌に使われ、一曲のみ新曲を録音したが、本名などのプライベートな情報は明かさないまま、2018年にこの世を去った。

咲子が、イントロを弾き始めた。

原曲はピアノのみだが、咲子のギターをメインにしたアレンジにしている。
凛もギターを持っているが、ベース・ラインを弾く程度で、ボーカルに専念している。

♪春の木漏れ陽の中で…

森田の声は純粋で澄み切って、触れたら壊れそうな脆さと儚さを持っているが、凛の声にも、相通ずるものがある。加えて、幼さも感じられ、曲の世界を表現している。

ジャーン…。

曲が終わり、空間が静寂に包まれた。

パチパチパチ…。

まり花たちが、静寂を破るように拍手をした。
「ふおおっ…!さきちゃん、りんちゃん、すっごくかっこいいよっ!」
「すごいめう…!」
「二人とも、めちゃめちゃイケてるじゃん!私の服選びも、良かったし!」
「そりは、関係ないと思うめう…。」

凛が静かに話し始めた。
「…ありがとう。たまには、こういう曲も新鮮ね…。」
「私のリクエストに応えてくださって、ありがとうございます。」
咲子が、ステージの上で凛にお礼を言った。

「うーん…。」
「何、まり花?」
疑問そうな顔をするまり花に、一舞が尋ねた。

「ユニット名は、『アコースティックール』?」
「…そうね。喫茶店が考えたんだけど。」

まり花は、咲子と凛の胸元を交互に見た。
「それもかっこいいけど…、さきちゃんとりんちゃんなら、『ふわぺったん』の方がいいと思うよっ!」

ゴンッ!バキッ!
咲子と凛が、マイクに額をぶつけた。

「…レ…、レコード屋…!…いい加減、胸から離れなさい!」

ステージ後の、シャノワール。
咲子と凛は機材の片付けなどで遅くなるため、まり花、一舞、めうは先に帰った。そのため、シャノワールには咲子、凛の二人だけでいる。

二人は服を着替え、一舞から借りた衣装をしげしげと眺めた。
「…洋服屋、こんな服もあったのね…。」
「イブちゃんは、そのまま返せばいいと言ってましたから、明日返しに行きましょう。」
「…貴方にも、返さないといけないわね。」
と、凛が「セレさん」の置いてある方を見た。
「ずいぶん長く、凛ちゃんのそばにいましたね。」
「…私の知らない世界で、少しは…面白かったわよ。」

咲子が、いたずらっぽく笑いながら言った。
「うふふ…、何だか、私を抱いているような気には、なりませんでしたか?」

ゴンッ!
凛がテーブルに頭を打った。

「…あっ、貴方ね…。」
「凛ちゃんも、甘えたくなったら言ってくださいね。私の胸で良ければ、いつでも貸してあげますから。」

ゴンッ!!
またもテーブルに頭を打った。

「…き、喫茶店には、かなわないわ…。」

終わり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?