ひなビタ♪12「空耳シフォンケーキ」
倉野川市、日向美商店街。
元気のなくなった地方都市の商店街を盛り上げるために組まれたガールズバンド「日向美ビタースイーツ♪」。
霜月凛が、商店街をシャノワールに向かって歩いている。
(…みんなと会うのも、久々ね…。)
ここのところ、凛は家の手伝いなどで忙しく、まり花たち四人と会えていなかった。そのため、会うのは十日振りとなる。
(…もう、レコード屋たちは集まってるわよね…。)
シャノワールに着き、店のドアを開けようとした時、中からまり花の大きな声が聞こえた。
「ふおおっ…、さきちゃん、おっきくて、ふわっふわだねっ!」
(!?)
発言のインパクトに、凛のドアを開ける手が止まり、聞き耳をそばだてた。
(…何…?…一体、何をしてるの…?)
「そうですか…?別に、普通のことですよ。」
「だって、本当にふわっふわだしっ。」
「ま、まり花ちゃん…。そんなに、揺らさないでください…。お行儀が悪いですよ!」
「咲子は謙遜し過ぎだしっ。形も色も綺麗で、No.1だし!」
「そうめう!むしゃぶりつきたくなるめう。」
「めうちゃんも、落ち着いてください…。」
(…喫茶店の、何を品評してるの…?…ま、まさか…?)
店内の会話が、凛に関係なく続く。
「イブも、さきちゃんに負けないくらいふわっふわだよっ。」
(…今度は、洋服屋…?)
「そう?大きさはかなわないけど、柔らかさは自信があるし!」
「しっとりしてて、とってもとってもいいと思います。」
「ギャルの見た目でも、中身はやさしいれでぃーめう!」
「イブはとっても家庭的だからねっ。」
(…なっ、何でそんなに、自信を持ってるの!?)
聞き耳を立てる凛の顔が、青ざめる。
「まり花は…、見た目は、普通だよね。」
(…レコード屋は、平均なんじゃ…。)
「イブ、ひどいっ!私のは、とってもあまあまなんだよっ!イブなら分かるでしょ!」
「いや、分かんないし!」
「イブは、私のことを何もかも知ってるじゃないっ!」
(…レコード屋と洋服屋は、そんなにただれた関係なの!?)
「確かに小振りですけど、甘くし過ぎちゃったんですか…。」
「大きさなんて関係ないめう!味が全てめう。」
(…あっ、味っ!?)
何の話をしてるのか、ますます凛は分からなくなって来た。
「めうめうのは、何でそんなにぺったんたんなの?」
(…そ、それは、見たら自明の理じゃないの!)
「う、うまくふくらまなかっためう…。」
「ここまで平らなのも、珍しいですね…。」
「それも、めうらしくていいじゃん!」
「ちょっと、間違えためう…。また、さききに見て欲しいめう。」
「そうですね。ふくらみが出来るように、一緒に考えましょう。」
(…どう考えても、物理的な事実は揺るがないわよ…!)
このバンドの風紀は乱れきっている。
見た目…、味…、私の身体も、今までそんな破廉恥な視点で見られていたの?
「凛ちゃんだと、どうなるかな?」
(…!?…私っ…?)
「凛は、めうよりもっとふくらまないんじゃない?」
「めうに失礼めう!りんりん先生よりは、ふくらむめう!」
「個人差はないはずですけどね…。」
(…私は、そこまでぺったんたんじゃ…。…そ、そうじゃなくて!)
一人ボケツッコミをしてしまうほど、凛の混乱はピークに達していた。
「凛ちゃんが来たら、みんなで食べよっか。」
(…なっ、何を食べるの…!?)
「ですね、揃ってからですね。」
(…わ、私も…、あられもない恥辱にまみれた姿にされ、下卑た目で品評され、気が済むまでもてあそばれるというの!?…それだけは、と、止めないと…!!)
バターン!
凛は混乱したまま店のドアを開け、勢いにまかせて言い放った。
「シーデー屋!被服屋!不純喫茶店!反抗屋!…あ…、貴方たちは、な、何を…、えっ?」
「えっ、りんちゃん…?」
まり花の動きが止まった。
まり花、一舞、咲子、めうの四人は普通に座席に座っていて、テーブルには4個のシフォンケーキがある。
無論、全員きちんと服を着ている。
「リン、どうしたの!?そんなに青ざめて?」
「何かあったんですか?」
凛の真っ青な顔を見て、一舞と咲子が心配そうにする。
聞き耳を立てていた会話と、店内の様子とのギャップに、凛の頭の混乱はまだ続いている。
「さっ、さっき、貴方たちが、ふわっふわとか、ぺったんたんとか、聞こえて来て…。」
「ふーん…。アハハハハ!りんりん先生、勘違いめう。」
凛の考えを読み取っためうが、笑いながら答えた。
「えっ、勘違い…?」
咲子が、続けて状況を説明する。
「凛ちゃん、しばらく忙しくて来られなかったでしょ?それで、バンド練習も出来ないから、凛ちゃんが戻って来た時に、みんなでスイーツを作って迎えようということになったんですよ。」
「そうそう。それで、あんま難しくなさそうなシフォンケーキの作り方を咲子に教わって、それぞれで作った、ってわけ。」
「…わ、私の、ために…?」
ようやく、凛が少しずつ落ち着きを取り戻した。
「さきちゃんのがふわっふわで、めうめうのがぺったんたんになっちゃった、ってことなんだよ!ほらっ!」
と、まり花が咲子の作ったシフォンケーキを持って、揺らして見せた。
「まりり、主語がないめう…。それは、勘違いするめう。」
「多分、配合を間違えたんだと思いますね…。でも、ふくらみはともかく、味は間違いないですから。まり花ちゃんはオレンジ、イブちゃんはレモン、私はブルーベリー、めうちゃんはいちご味ですよ。」
「りんちゃん、おかえりっ!みんなで一緒に、おいしいケーキを食べようよっ!」
まり花が凛に、満面の笑みで呼び掛けた。
「…な、何だ…。」
身体の気が抜けて、凛がその場にへたり込んだ。
「ちょっ、リン!大丈夫?」
「…大丈夫よ。…貴方たちが、紛らわしい話をするから…。」
「りんちゃん、何と勘違いしてたのっ?」
まり花のストレートな質問が炸裂した。
「…っっ!!」
「にひひひ、それは言えないめう〜!」
ボンッ!!シューッ…。
凛の顔が真っ赤になり、頭から湯気を出して倒れた。
「あらら、気絶しためう。」
「…何となくは、察しましたけど…。」
「青くなったり赤くなったりっ、りんちゃん、信号機さんみたいだねっ!」
「あんたの言い方が悪過ぎるからだしっ!」
終わり。
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