人新世の夜に
東ノ国、夏。
息子の夏休みに合わせて、僕らは家族3人でカブトムシを取りに来た。家族3人とは、僕と妻、そして息子の3人。場所は、車で3時間ほどのところにある山林で、そこに設けられたキャンプ場に2泊する予定を立てている。
—————夜には懐中電灯を片手に、昼間のうちに仕掛けたカブトムシ用の罠を見に行く。そして結果は実り、なんとカブトムシの1匹を捕まえることに大成功したのだ。
息子が嬉しそうに言った。
「決めた。僕、カブトムシになる!」
「何言ってるのケンちゃん。気持ち悪いからやめて。」
「えー! だって、みんなカブトムシ大好きだよ!」
「ケン。いいか。問題は、カブトムシのどこを見習うかだ。よく見ろ。何者も寄せ付けず、動かぬ獲物にがっぷりと喰らい付き、何の労もなく、甘い蜜をすする。いいか、忘れるな。お前もそんな男になるんだ。」
翌日、会社にて。
入社したばかりの後輩から相談を受けた。会社のために働くということについて、どう考えているか知りたいというのだ。僕も息子を授かり、人生を語る年になったと理解した。彼を休憩室に呼び、まずは彼の状況を聞いてみた。
「会社のために人生を捧げるかあ…。昔はモーレツ社員なんてのもいたけどね。会社ではさ、生き残る術が全てだよ。周りと足並みを揃え決して搾取されないこと、上司に気づかれず休憩すること、自分の仕事を価値あるものに見せること、そして上司に気に入られること。最後に、決して自分の手を汚さぬこと。」
「ずるくないですか。」
「仕方ない。いずれお前もそうなる。」
「社長にばれたら叱られますよ。僕は会社のために貢献してみせますから。」
「君は若い。頑張れよ。」
先輩はそれ以上多くを語らず、休憩室を去った。先輩のこの言葉を聞いて少し考えたあと、僕は先輩がどういう人か気になった。
先輩の机には、家族の写真が立ててある。
中央には、カブトムシを手にして嬉しそうにする子供、その子の肩に優しく手を置く奥さん、そして息子とともに笑顔を浮かべ、ピースサインをする先輩。
僕もこんな家庭を持つのか。
なんだかそれが僕の未来になるイメージが湧かなかった。
とぼとぼと家に帰る。予算を1000円と決めて、途中のファミレスで食事をした。その後はいつもと同じように、家のお風呂に入り、明日の支度をし、それで一日が終わる。翌日にまた同じ一日が繰り返される。そうして金曜の定時まで過ごすと、僕は仕事から解放され、すぐにつかの間の土日は終わる。一週間はそうして繰り返された。そして同じように一月は繰り返し、一年が繰り返し、それがどこまでも続く。
気が遠くなる思いがして、何だか自分が可哀想になりかけたが、それを妨げるように、僕の意思は語った。
夜は長い。時間はある。
今夜は、浮かんだ月がはっきりと見えた。
僕は、その時間を使って、仕事でも最高の結果を出せるようにした。そして何年も我武者羅に働いた。しかし結論から言えば、努力には何の意味があったかわからない。僕がしたことが何かを変えたわけでもなく、むしろ僕が何をした訳でもなくなって、燃え尽きたというにしてもその理由もなくなっていたし、くすぶりもできないまま、僕はいままでのこと全てが意味のない出来事だったと知らされ、結局は先輩の言う通りになった。
毎日が繰り返した。
仕事には意味がなくてもそれでよくなった。黙っていれば、お金も情報も人脈も手に入ってくるようになっていたし、大抵のものは買えた。そうして僕は人並みの幸せを得た。その幸せが得られた理由なんて、訊かれてもわからない。
先輩は定年まで会社にいた。地味なお別れ会が開かれ、先輩が別れの挨拶で、息子が他の会社で働き始めたことなどを話し、残った同僚の従業員に応援の言葉を残して、会社を去った。
その後、僕が伝えたいことは特にない。
僕の人生は、終わりまで決まっていたから。
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10年後、東ノ国、夏。
子供の頃に父がカブトムシを捕りに連れて行ってくれた山を地図で調べた。今回、僕は息子を連れそこに行くのだ。父と一緒に餌を仕掛けたあの木は目立つところにあったから、場所を間違えるはずはない。その場所に着くと、あのとき父とともに懐中電灯で照らした大木は枯れていた。調べると木というものは樹液を吸い尽くされるとこうなることがあるらしい。しかしすぐ傍にまだ沢山の木が茂っている。別の木に狙いをつけて、夜になってから息子とそこに行って驚いた。幹を埋め尽くすほど沢山のカブトムシが集まっていたからだ。
息子は大喜びしている。
ふと昨日のニュースを思い出した。どこかの国でイナゴが大量発生して、稲作に被害が出たという。僕は、そのニュースを聞いて、イナゴたちも一生懸命生きているのだな、という感想を持った。しかしニュースは被害だと伝えている。僕は、イナゴが稲をどれだけ食うのかを詳しくは知らない。しかし沢山食うのだとしても、イナゴだって食わなければならないと思う。
僕は何か間違えただろうか。それは分からない。
とにかく、息子が大喜びしているのだ。
だから僕は、考えるのを止めた。
息子の採ってきたカブトムシは1週間ばかりで息子に飽きられ、気づいてみると動かなくなっていた。命は大切なものと心の中で唱えた。しかし、そのことになにか意味はあるかと訊かれると、僕はまた答えることができない。