1960年代の公民権運動に関わるソウル・プロテスト・ソング
『Alabama』
1963年9月15日 アラバマ州バーミングハムのパブティスト教会に時限爆弾が仕掛けられ 日曜学校にやってきた女の子4人が教会ごと吹き飛ばされて死亡 多数のケガ人がでる事件が起こりました
ジョン・コルトレーンが追悼曲として『Alabama』を録音
『People Get Ready』
1965年インプレッションズが発表した楽曲(作詞・作曲:カーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield))
単にゴスペル(福音書)や宗教への信仰を歌ったというだけでなく
"It was warrior music” と言われた楽曲
『Freedom Highway』
ステイプル・シンガーズ(The Staple Singers)が1965年に発表した「モンゴメリー大行進」をテーマにした楽曲
『Respect』
1967年5月20日付『Billboard Hot 100 』『R&Bチャート』両方で
アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)が歌う『Respect』(※)が第1位を獲得
6月にはゴールドディスクに認定され 彼女は一躍スターダムへ
アレサは第10回グラミー賞(1968年)で「最優秀R&Bレコーディング賞」「最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞」の2部門を受賞
その後『Respect』は公民権運動のアンセムとなります
(※)『Respect』はオーティス・レディングが作詞・作曲した『オーティス・ブルー(1965年)』収録の先行シングル
『(You Make Me Feel Like) A Natural Woman)』
アレサ・フランクリンの『A Natural Woman』
1967年10月28日付『Billboard Hot 100 』:第8位『R&Bチャート』:第2位
(作詞・作曲:キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン)
その後『A Natural Woman』はフェミニズム運動のアンセムとなります
『We're A Winner』
1967年12月にインプレッションズが発表した楽曲
『(Sittin' on) The Dock of the Bay』
オーティス・レディングは『ドック・オブ・ザ・ベイ』を録音した3日後の1967年12月10日 飛行機事故によって26歳の若さで帰らぬ人となりました
『ドック・オブ・ザ・ベイ』は1968年1月8日リリース
1968年2月17日付『Billboard Hot 100 』第1位獲得(11週間チャートイン)
この曲の共作者&プロデューサーのスティーブ・クロッパーは次のように語っています
「本格的なR&Bを創造し続けること」がモットーとするスタックス・レコードのチーフ・スタッフは「オーティスらしくない」と最初はリリースを渋ったそうです
『"Say it loud - I'm black and I'm proud"』
ジェームス・ブラウン(以下「JB」と略す)の1968年の楽曲
『R&Bチャート』では6週間連続第1位
1968年10月5日付『Billboard Hot 100 』第10位
当時「Negro」「Colored」であった黒人に
「I'm Black and I'm Proud(黒人であることを誇りに思え)」
という歌詞は衝撃的
1968年4月4日のキング牧師暗殺事件の以降
アメリカ各地の都市では怒りと暴力が爆発して暴動が起こります
JBは キング牧師が暗殺された翌日にボストンでのコンサート開催します
(この模様はボストンの放送局WGBHで生中継)
JBは観客を沈静化させ 暴動が起こるこはありませんでした
この夜のエピソードは様々な方面から絶賛され
後にライヴ・アルバム『Live At the Boston Garden: April 5, 1968』としてリリース
『The Night James Brown Saved Boston』というドキュメンタリーの題材になりました
『Choice of Colors』
「肌の色を選べるとしたらえらべるとしたら どちらを選ぶ?」
と問いかけ 肌の色など関係なく人間として正しい道を生きようと訴えます
当時は『人種問題に挑発的な内容』として放送禁止だったそうです
『Mighty Mighty (Spade & Whitey)』
『Everyday People』
1968年 Sly and The Family Stone が発表した楽曲
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