時代が新しい音楽を創造し音楽が新しいファッションスタイルを生んだ1970年代
企業でも個人でも 商品やサービスを市場に送り出すときには
「今 何が流行っているのか?」
といった トレンドの変化を敏感に察知する力 が絶対に必要です
では 流行やブームは どう始まり? どうやって終焉を迎えるのでしょうか?
2019年のタピオカ・ブームで考えると
始まりは 若い女性の『インスタ映え』
終焉は 【おじさん】 の参加 だそうです
【おじさん】いや【オッサン】の代表として 釈然としない気持ちもありながらも 「そうだよな その通りだろう」と納得してしまった(笑)
しかし 音楽やファッションにおいては 『〇〇年代のリバイバル』という流行が必ず到来してきます
今は 冴えない【おじさん】【オッサン】であったとしても 〇〇年代当時は 流行・ブームを創造してきた若者サイドにいて 自分の好みを物色していたはずです
それ故に 音楽・ファッションに関しては 世代間の垣根を簡単に取っ払うことが出来るテーマであるというのが 私の持論 です
ということで 今回は 私にとっての”青春真っただ中”であった(”青春”という言葉を使うことが【オッサン】という声も聞こえるが、、、)
1970年代の音楽とファッションについて考察します
1960年代が終わり1970年代が始まった
1960年代を象徴するアメリカ発祥のヒッピー文化は
“愛と平和”を唱えたウッドストック・ファスティバルの成功で最高潮に達し 暴力による オルタモントの悲劇によって 1969年で終焉を迎え
1969年のUK音楽シーンは
Led Zeppelin を代表格とした ブリティッシュ・ハード・ロック
King Crimson を代表格とした プログレッシブ・ロック
といったUKロック旋風が吹き荒れ始めて 音楽業界は 巨大プロモーションを背景にしたビッグビジネスに移行していき
1970年4月10日 ポール・マッカートニーのイギリスの大衆紙『デイリー・ミラー』インタビューでの実質的な解散宣言
「今後ビートルズのメンバーと創作活動をすることはない」
によって 完全に 1960年代は終焉した と言えるでしょう。
1970年代前半(グラム・ロック)
ビートルズなき後のUKに 従来とは全く異なる種類の グラム・ロック が降臨した
ナチュラル志向のヒッピーへの反動で 若者が『人工的で”けばけばしい”文化』を求めたというのが グラム・ロック登場の背景にあると言われている
T・レックスのマーク・ボラン
の人気爆発によって広まっていった グラム・ロック
ラメやスパンコールで彩られた衣装
派手なメイク
ヒールが異常に高いロンドンブーツ
日常とはかけ離れたロックスター然としたスタイル
それでも多くの人が 憧れのロック・スターの姿に 少しでも近づこうと ファッションの真似をしていました
デヴィッド・ボウイ
1972年6月 自らが「ジギー・スターダスト」という異星からやってきた架空のスーパースターとなって ロック・スターとしての成功からその没落までを描いたアルバムを発表
このジギー・スターダスト・ツアーの衣装を手掛けたのが 山本寛斎
1973年夏を迎える頃には デヴィッド・ボウイは グラム・ロックから脱却
伝説のハマースミス・オデオン公演で ジギースターダスト は引退
ここで敢えてブームと流行の違いを定義します
ブームとは 短期間のうちに人気が出たものや言葉などのことを指す
流行とは ゆっくりと時間をかけて人気が長期にかけて起こることを指す
グラム・ロックは短命で
ロックスターに憧れた 流行ではなくブーム だったと私は思っています
しかし グラム・ロック が後世の デザイナーやアート関係者に与えた影響は計り知れないものと思います
1970年代中盤(ノーザン・ソウル)
ノーザン・ソウルとは?
モッズの音楽的嗜好をよりディープに突き詰めていって 独自のダンス・カルチャーとレア盤信奉を生んだアンダーグラウンド・ムーブメント
ノーザンソウルのダンスは ブレイクダンスのように いきなり床にジャンプしたり 回転したり するダイナミックなもの
スライドステップ ハンドクラップも、このダンスの特徴
アクロバティックなダンスをするため
スポーツシャツ や ニット
といったカジュアルなスタイルが多かった
有名なアーティストの曲よりも、よく知られてないアンダーグラウンドなアーティストの曲の方が ノーザン・ソウル的
2000年代以降のスーパーDJカルチャーは このノーザン・ソウルから発展したものと考えていいでしょう。
1970年代後半(パンク・ロック)
パンク・ロックは 1970年代中期にニューヨークのアンダーグラウンドで盛り上がっていたムーブメント
テレビジョン ラモーンズ パティ・スミス などが代表的アーティスト
このムーブメントが 海を渡ってロンドンに輸入され パンク・ロック&ファッションが大ブレイク
この仕掛人が?
マルコム・マクラーレン & ヴィヴィアン・ウエストウッド
マルコム・マクラーレンは ヴィヴィアン・ウエストウッドがデザインするファッションを売りにした ブティック「SEX」 を経営
このブティックに集まる若者で セックス・ピストルズ を結成させた
黒の革ジャン
安全ピンで止めたズタボロのTシャツ
逆立てた”ぼさぼさ”ショートヘア
といったスタイル
自分の経営するブティックの服を 彼らに着させてカリスマに仕立てる
マルコム・マクラーレンは 正に ブーム仕掛人
セックスピストルズは アメリカでは商業的には成功せずに 1年半という短い活動期間で解散する(自らが「バンドやりたい」と思って結成された訳ではないので当然の結果)
マルコム・マクラーレンが仕掛けた ブーム は短命に終わった
パンク・ロックは
巨大化・商業化されていったロック(ハードロック、プログレ等)に対立する存在で 音楽をストリートに戻すもの
この当時 モッズ・ファッション で登場したのが ポール・ウェラ― がいた ザ・ジャム
レゲエなどの要素も取り入れた ポリス
アメリカでも商業的に成功した クラッシュ
パンク・ムーブメントは 音楽的には ポスト・パンクと呼ばれ 新しい様々な音楽ジャンル創造に繋がっていった
一方 パンク・ファッションは
伝統・正統とされる服の着方に関わる上流階級のルールが残っていたロンドンの上流階級に対立する存在としてスタートしたパンク・ファッションは
時代と共に進化を遂げていって
2018年春夏コレクションでは
“ニュー・パンク”=ポスト・パンクを現代的に解釈したモードスタイル
がランウェイを席巻しました。
ムーブメントとしての”パンク”は 70年代末に終焉を迎えたものの
パンク・ファッションは VUCA時代の今も 多くの人々に取り入れられるファッションの一つとして存在し続けています
1970年代とは?
時代が新しい音楽を創造し 音楽は新しいファッションスタイルを生む
そんな時代だったと思います