特別な時間が始まるぜ③
くだらない生活で日は過ぎて、ついにその時が来た。
当日は二人とも遅めに起きた。昼下がり、最寄り駅へのバスに乗るときも、まだぼーっとしていた。
体は動いていたけれど、頭がその日のイベントを思い出したのは、駅に着いてからだった。改札を過ぎて、どの路線に乗るかを考えだしたとたん、ずいぶん前から懐に抱えていたトキメキ爆弾のタイマーがいよいよ鳴り出して、テンションが爆上がってきた。
「今日はこっちだって。」
「そうだね、乗ったことないねえ、ここ。」
知らない場所に行くのだから、知らない路線を通る。
今はその道筋が、導火線に見えてくる。
「ここで待って、二分後に来る電車に乗って。」
「30分くらいかかって、この駅に着いたら降りて。」
「改札を出て、左に曲がって、ここの出口を目指す。」
「駅を出て、しばらく歩いて、この建物を通り過ぎたら。」
「見えてくるってことだね、あの場所が。」
「うわあ…!」
ルートを探る会話をしながら、遠くの会場で見る景色への期待が高まってきた。そうなると、会場と駅をつなぐ道、駅と駅をつなぐ路線など、未知のすべてが私たちをあの場所へ導くものとして楽しみになってくる。
それらの導線の始まりは、いま電車を待っている最寄り駅のホーム。穏やかな日が差すコンクリートに熱が集まって火がついた。
「今日めっちゃいい天気じゃない!?」
「そう?雲はそこそこあるけど」
「いやいや、青が見えればいい天気だから!」
弾けた火花が、人生初めてのライブに挑む私たちを、今のうちから浮足立たせるのだった。
平日の電車。二人で空いた席に座って、しばらく揺られる。
無言でいると、電車の駆動音がよく聞こえる。ガタンゴトン、ガタンゴトン。リズムに記憶が揺り起こされて、頭の中に『traveling』がハイクオリティで流れ出す。
ここ二週間ほど、ライブを心待ちにしながら、音楽を一切聞かずにいた。「空腹が飯をうまくする」理論に基づくと、最高の準備が出来ていることになる。そのおかげで、海馬も陽気に歌い出す、絶好の気分だ。
しかし、いよいよ傾聴に夢中になり始めたところで、これは「つまみ聞き」の範疇ではないかと疑ってしまった。せっかく長く我慢したのだから、どうせなら会場まで可能な限り空腹を保つべきだ、思い出すのも避けておこうと、私の理性が言い出したのだ。
一度そうなると、頑固な理性がブツブツ言うようになり、うまく集中できなくなった。
仕方ないので、とりあえず妹と話すことにした。
「今日のライブで聞きたい曲とかある?」
「いろいろあるよ。」
色々知っているのか!?嬉しい。さすがだ。
いつも思うが、我が妹は勧めたものの履修が異様に早い。倍速やネタバレは用いず、ただ休憩を一切挟まずに視聴を続けているだけだという。暇な時間はすべて、休日は一日中、興味のあるものを片っ端から見ているそうだ。なんというココロヂカラ。
「小さな胃袋、エンタメはドカ食い」で名の通る妹である。
そんな妹は、数ある曲の中でどれを気に入ってくれたのだろう。知ってみたいので、聞いてみた。
「じゃあ一番決めてみよう。」
「え、ずるいよ。そっちは決まってるじゃん。」
「まあそうだね。『BADモード』だ。」
確かに、めちゃくちゃに好きな曲だと以前から言ってあった。覚えていてくれたのか。
いやいや、私の事なんかはどうでもいいのだ。さあ、お答えください。
「でも私も決まってるかも」
「え?何?」
「『君に夢中』」
「あー!それね!」
成程!普段はドラマ畑を食い漁る妹が、『最愛』というドラマごと口に入れた宇多田ヒカルの曲だ。ハマったと知ってはいたが、それほどとは!
「どっちも聞きたいね。」
数駅過ぎて、目的の駅に近づくころ、私たちの周囲に仲間のしるしをまとった人がぽつりぽつりと現れてきた。
座る人、つり革を掴む人、ドアによりかかる人、仁王立ちの人の、タオル、Tシャツ、キーホルダー。公式サイトで見たものばかりだ。
私はそれに気づきながら、声を聞かれるのをためらって、何も話しださずにいた。しかし、妹が肩を叩いて、
「ねえ、あそこの人、グッズ付けてるよね」
と、指さして言った。無自覚によく通る声で。
息が止まるかと思った。咄嗟に『しーっ』のポーズをした。
妹がはっとして口をつぐむ。
意図を察して黙る様子は、臆病な私を鏡に映したようで痛ましかった。
縮こませたかったわけじゃない。世間の目に触れないように背中を曲げて屈みこむ耐え方じゃなく、視線の負荷をくぐって伸びをする気楽なやり方を探すべきだ。
すぐに思い直して、
「じゃあ、私たちもつけよっか」
と少しだけ大きく言って、鞄の中のキャップ帽子を取り出し、妹に被せた。「安心しろ、私たちは仲間だ」という思いが、先ほど指さしてしまった人にも、この妹にも、伝わるようにと祈りながら。
すると、妹はすぐにお揃いのキャップ帽子を取り出し、ボンネットを閉めるくらい強い力で私に被せてきた。思わずすこし頭が傾いた。
やがて私が起き上がり、貴様!という顔で睨む頃に、妹はあさっての方を向いている。
最後に小さな笑い声をあげて、連携の一幕を閉じる。二人とも帽子を調整して、お互いの姿を確認し、また笑いあった。
ぼくらの潜入作戦、うまくいってるって感じだ。
それから駅を通るたび、仲間が新しく乗り込んだ。毎回ちょっと嬉しかった。
やがて会場の最寄り駅につき、多数の仲間に囲まれつつ降車した。
降りたことのない駅だから、着いたら眼を忙しく動かさねばと思っていた。しかし着いてみれば一目でわかった。このごった返す人波と、目的地が同じだ。
これなら、行先に迷う暇もない。妹と離れないようにしながら、流されるままに流れ出た。気持ちは落ち着いていた。
普段なら、渦を巻く人ごみに流されてゆくのは不安で、深海の底に飲み込まれていくように感じるけれど、今は不思議と心地よく、むしろ親しい。星の引力に身を任せて天に昇っていくような気持ちだ。この行先、銀河の中心からの祈りをずっと聴いていたからそう思える。
改札を過ぎたところで、どちらに進んだらいいかわからなくなったけれど、前を歩く見知らぬ人、といっても好きなものだけは伝えてくれている人が、突き当りを左に曲がったから、妹と示し合わせて、父の背中のように追いかけた。我ながら今日は、若者らしい無邪気っぷりだ。
それから、歩いたり昇ったりするその人をしばらく追った。その間、彼は一度も振り向かなかった。父じゃないから当たり前だ。ただ、その人を目印に歩くだけで、足が浮きそうなくらい楽しかった。「前の人、信じてみた!」って感じ。こんなのを繰り返しているだけで、いつだって陽気でいられそうだ。
ついに駅を出た。駅の出口が混んでいたのを切り抜けようとしている間に、「ひとつ前の人」は「前方の人」になってしまった。しかし、もう行先に迷うことは無かった。
夕方、都会の街に、親しいしるしが散りばめられた、見渡す限りの行列があった。それらすべては、私たちと同じように、あの場所を目指していた。
行列に加わって、妹と話しながらしばらく歩いた。周りが宇多田ヒカルの話をしているのが耳に入ってくる。
前回のツアー、好きな曲、今日のコンディション。色々な話題が集団をしきりに行き来する。
遠くで生まれた話題を聞き取って自分の仲間とも話し出したり、誰かが投げた質問を勝手に受けとって心中で回答してみたり。
あの場所へ近づく体に合わせて、心のハッチを開き、アンテナを少しずつ伸ばしていく。示し合わせず、みな送受信の試運転を協力していた。わくわく探査モニターみたいのがあるとして、電波が幾つも重なってぴんぴん鳴る場所を肉眼で見れば、そこに我々の進軍があるのだろう。
そんな中、私たちはお上りさんで、ライブ自体が初めてだった。そのせいか、アンテナ操作がおぼつかず、早々に伸ばしきって、ざわめきの内情や見慣れない景色など、しょっちゅう入ってくる情報に一喜一憂した。
「ライブって凄いね~!この行列のみんな一つのことで集まってるんだ。」
「ホントだね。みんな宇多田ヒカルの話してるし。」
「夕日がいい感じだし!」
「内向的なビルもあるし!」
「道幅太い!」
「地面平たい!」
「ア、アンパンマンミュージアム!?」
歩いているうちに、いつの間にか会場、横浜Kアリーナの前に着いていた。他にすることもないので、素直に入場の列に加わってみたところ、受付の方が非常に手早く、次々と順番が近づいて、あっという間にエントランスへ足を踏み入れた。
ー30分前ー
エントランスを抜けて廊下で時計を見たところ、予定の時間まで残り三十分だった。Kアリーナは昨年九月設立の比較的新しい施設で、あちこちに目を引くものがある。時間が余ったので、それらをしばらく見て回って、その間に感受性を慣らすことにした。受付がスムーズすぎたせいか、鼓動がズレて早く脈打つ。そんな気分のまま会場内の景色を見たら、田舎者の心臓はぶっ飛んでしまうだろう。
フラワースタンドが並んでいるのを見た。
花の情緒については無知だけれど、書いてある団体の名前にピンとくるものがある。
株式会社COLORや、キングダムハーツ制作委員会。
それぞれの作品のテーマはバラバラなのに、あの方が関わったときに残した情熱が後から推進力になって、いくつもの名を今同じ場所に連れてくる。そこには奇跡のように、普段から私が好きだと思う名前ばかりが並んでいて、嬉しいめぐり合わせだと思う。
フードコーナーを見た。
カツサンドやらドーナツやら、美味しそうな軽食が色々売っていたけれど、どれも買わなかった。
私たち二人で映画館にいくとき、いつもポップコーンは食べきれないし、飲み物も飲み切らない。映画に集中しているとき、手は汗握るのに忙しくて、飲食にかまっていられないのだ。明るくなった映画館で山盛りのポップコーンを飲もうとする醜態を繰り返した。
それを鑑みると、既に夢中の今日はなおさら買うべきではないだろう。ライブ終わりのチルタイム、会場が明転した瞬間、新品のカツサンド一呑み兄妹が出現。そんなのネットミーム行きだ。
そのうち、残り二十分になった。念のため、十分前には会場に入っておきたい。今のうちにお手洗いに行っておくことにした。
―20分前―
手前から男子の青、女子の赤と並んでいるところ、妹が奥の方に歩いていった。私も行かねばと思ったけれど、なんとなく立ち止まった。辺りを見回すと、すぐ傍の喫煙所が目に入った。
私のお父さんは昔タバコを吸っていた。
キッチンの換気扇の前に立ち、タバコをくゆらす横顔がカッコよかった。私たち子供が興味ありげに近づくと、おどけた顔から煙のドーナツをリズミカルに吐き出して、それがシャボン玉より何倍も面白かった。
その頃の思い出が残っているから、今でもタバコを吸う人を見るのが好きだ。左手と口を器用に使って右腕の傷口に包帯を巻く戦士みたいで、嫌なことばかりの世の中に立ち向かって生きる人の息継ぎって感じがカッコいい。
喫煙所は煙で満たされていて、なんだか窮屈そうだったけれど、それもまた大人たちの裏路地っぽさに見えて、かなりシビれる。
そのまま喫煙所の出口の傍で、壁に背中を預けながらぼーっとしていた。天井の照明から、UFOが出すような不思議に白い光が差していて、粉塵が空気の流れに乗って右に左に舞い踊る様子をあらわにしていた。私がわくわくしているからか、それらの微細な埃すら星の砂みたいに見えてくるのを、嬉しい気持ちでぼーっと眺めていた。
そうしている間に妹が来てしまった。私はあっさりトイレに行くのを諦めた。長い拘束時間になるのだから、行っておいた方がいいとは思う。ただ、この勢いのまま会場に足を動かすほうが、伸びやかな調子になれる気がした。
―15分前―
席番を慎重に確かめて、私たちは二階席の指定された入り口にたどり着き、その脇に立った。はじめの一歩をできる限り慎重に受け取りたくて、しばらく後から通る人に道を譲った。人が途切れるまで待ってから、恐る恐る歩を進めた。
そのとき、コンクリートに覆われた建物の最奥に足を踏み入れたはずなのに、私の胸を吹き抜けたのは、えもいわれぬ開放感だった。
天蓋は高く、霞がかった空気に満ちていて、その向こうから寒色の光が差す中、二階席に立って、手すりを握りながら遠い一階席を見下ろしてみると、不思議と高山の上にいるような気分になった。この場所の空気が澄んでいる気がして深呼吸してみたら、なんだかお腹いっぱいになった。
一階席の前には、ステージがセットされていた。砂漠チックな舞台の上に、ドラム、ギター、キーボードが置かれている。その周囲をスタッフの方が何やら歩き回っている。
背面のモニターでは、小さな光の大群が手紙の文字のごとく、長方形の枠に規則正しく敷き詰められて、不規則なリズムで明滅していた。コンピュータのようで、都会の夜景とも言えそうな映像だった。
ー10分前ー
席に着いた私たちは、会場を隅から隅まで見渡すのにしばらく集中した。一通り感激したあと、語彙力を殆ど失いながら、そろそろ妹に話しかけようと思った。
話題は決まっていなかった。ただ、ずっと思っていたことだけれど、今日はなんというか、そう、打てば響くのだ。
ここに着くまで移動が多くて、私たちはそこまで会話できなかったけれど、電車で帽子をかぶせあった時も、入り口脇で空くのを待った時も、意思疎通がばっちりで、息があっていた。
私たちの連携が、今日を数倍楽しくさせている。
さっき砂漠のステージを見たときも、喫煙所の前で見た星の砂は、この砂漠からはるばる風に流されてきたものだったんだ、と考えてしまった。さすがにポエミーすぎるけれど、それほどに感受性を活発にできるのは、やっぱり私たちが一緒だからだ。
とにかく素晴らしい時間だと言いたくて、それをどう言おうか迷いながら、横顔を見た。妹はすぐに視線に気づいて、先に言葉を発した。
「いやあ、やばい、めっちゃ楽しみになってきた。ありがとう、誘ってくれて!」
・・・わああああああ!そうか!!わああ!!嬉しい!!
アツさに転げまわりたくなった。
「そう!?よかった!好み関係なしに誘っちゃったから、大丈夫かって思ってた」
「全然大丈夫、めっちゃ楽しい。」
そうか!!!そうか!!!
「あれ、誘おうとしてた人ってさ、なんで誘えなかったんだっけ。」
ふぁぎい!?
ぐぬう。なんで、と聞かれると難しい。これを伝えるには、妹に見せていない私の文脈も説明しないといけないからだ。それが難しいと思って、誘ったときはごまかしておいた。しかしなぜか、今は言葉を尽くしてみたい。
「なんていうか。そうだ、さっきさ、好み関係なしに誘っちゃったから心配してたって言ったよね。」
「うん。」
「それは、自然に触れるものの方がいいかなって思ってるからなの。」
「…ん?うん。」
「あー、自然にできる綺麗なものってあるじゃん?鍾乳洞とか真珠とか。」
「うんうん。」
「ああいうのって、自然にできたのが凄いから、なるべく無加工のままで置いときたいじゃん。いや、そうじゃない人もいると思うけど。」
「わかるよ。」
「私はそういう風に、人の好みや価値観って、いろんなコンテンツを鍾乳洞みたいに、その人が自然に摂取して内側にため込んで出来上がっていくものだっていう思想があるのね。」
「あ~。」
「だから、私は人を知るのは好きだけど、関わるのは遠慮しがちなの。で、先輩は良い人だったから、関わるの怖くなっちゃった。」
「…あー、自然のままにしておきたいってこと?」
「そうそう。好きなものがいっぱいあって、好みもちゃんと決まってたから、私が関わると変にしちゃう気がして。優しい人だからいろいろ曲げてくれそうで、そうさせたくなかったんだ。」
…難しい。遠回りだ。伝わっているだろうか。
「うわなんか、わかるわ。私も友達におすすめするの苦手なんだよ。友達だから嫌でも無理やり見てくれそうな気がしてさ。そういうことだったのかも。」
お!!いけたっぽいぞ!!
「前も言ったけどさ、やっぱ語彙力凄いよね。語彙力?表現力?」
ああああ!!!わああああああ!!!!
ー3分前ー
会話をしているうちに、開始時刻まで残すところあと数分になっていた。私たちの前後左右に人が座って、いよいよ始まるという雰囲気で待っているので、私たちもそれに習い、静かに時を待つことにした。
私はその間、先ほどの会話を思い出していた。先輩とのことについて、扱いの面倒なカタカナやアルファベットをひとつも使わずに説明できたこと。それが伝わったこと。
自分のことを妹に話すときは、比喩や例え話をいくつも使う。妹と私は本当は何もかも違うから、そうしないと伝わらない。しかしそれは、言葉を尽くせば伝わるということでもある。妹が「わかる」と言ってくれることが、ド変人の私にとっては嬉しい成功体験で、いつも勇気をもらっている。
そして、よく言われることだが、人に話しているうちに、自分でもわかってくることがある。
さっき人と関わるのが怖いと言ったけれど、妹が友達になにか勧めるのは良いことだと思える。多少自信をもってそうすべきなんだろう。人の心には嫌なものを弾く力がちゃんとある。それを信じるべきだ。
先輩と縁が切れたとき、自分は友達を作れない人間なんだと思ったけれど、たぶんちゃんと言葉を尽くせば、私が変なことしてもわかってくれる人だったと思う。私が怯えすぎたんだ。
ずっと記憶の隅に放っておいた出来事を、妹に話すために取り出して整理して、そのうちに悩みが解けてしまった。
思い返してみると、こんなことばかりな気がする。妹と話す時、救われていくのはいつも私の方だ。傾聴力の豊かな人が身近にいてくれることの、なんと幸運なことだろう。私は、妹にとってそういう存在になれているだろうか。今は違っても、いつかそうなりたい。
「やばい、もう始まる!」
妹が時計とステージを見比べながら、興奮を抑えきれずに呟いた。
その横顔を見て、私は心中で、妹の好きな『君に夢中』が歌われるように祈った。
初詣ではないけれど、家族の幸せを祈るほうが叶う気がする。それに、私はもう嬉しくなったから、次は妹の番だ。
願わくば、これからのすべての時間が、妹にとって特別な時間になりますように。
ー0分前ー
ついに、会場が夜の色に満たされた。始まりを予感した人々は、すぐに歓声を爆発させた。
それからまた静かになって、周囲の闇に白い星が灯り始めた。それに合わせて、私たちも手首に巻いたマグネットライトを点けた。
スイッチの切り替わる音がして、ステージの右方で真っ白な円形の照明が点いた。
光の柱が眼前を横切って、二階席左に座る人々を照らし出している。
しばらく見ていると、またスイッチが切り替わり、今度は左方の照明がついて、一階席の右方に光を立てた。
それから、右上、左下、中心と、音がするたび違うところから次々に光の柱が現れて、観客席のあちこちを照らした。
そしてある時、途絶えて消えた。
会場はまた宵闇と、観客席の星々のみになった。
しばらく間をおいて、ぱっとすべてが一斉に灯った。
ばらばらに人々を照らしていた柱は、同時に点けたとき、根元が交差するようになっていた。ステージ上、砂漠の中心。白光に満たされたその場所に、立ち姿のシルエットが映し出されていた。
以上、夏休みの思い出でした。