黒歴史1「キュアピース」

どうして私がこういう風に生まれたのか、いまだはっきりと解明されていない。
その謎の性質は、私が小学生のころから息づいていた。小学校二年に上がった初日、プロフィールを明かせと名前を呼ばれた私。走ったりはしなかったと思うが、当時の私は、優しそうな先生に当たった喜びと黒板の前に立つにあたってのアウェーな空気なんかが重なり、おそらくハイになっていた。
そういう時、私の視野は狭くなる。周囲の目線や自分の実際の姿は舞台の脇の方へ追いやられ、私の思う私が、私だけが信じている私が光を浴びて他の考えを放る。要は、「かわいい私!ヒロインの私!みんな見て!」という乙女の承認欲求に頭が埋め尽くされるのだ。
そうして衆人監視の中、理性の目が離れた隙を突き、バカな私がまんまと言い放つ。
「プリキュアが好きなので、キュアピースって呼んでください!」
………誰も、返す言葉を持たなかった。

これは私の黒歴史のうちもっとも古いもので、今では懐かしいとすら思えるほどに記憶は薄れているが、あの教室の担任教師目線ではさぞグロかったことだろう。例年通りの、生徒が順番に自己紹介していくターンの中、長袖長ズボンにキノコ頭の男の子、内気そうで目立たない子が、名前を呼ばれて前に出て、流れに沿って自分でも名前を言って、そこまでなんのイレギュラーもないのに、突然のダブルピースと「キュアピースって呼んでください」。そんなにキャラが強くては、逆に名前を覚えられない。下がブーでもなければ、私の平凡な高木と言う苗字が、キュアピースより脳に残るはずがないのだ。

私の爆弾発言のあと、教室の空気は死んだ。次の名前を呼ぶ先生の声色にも、戸惑いがにじんでいたように思う。当然の結果である。しかし、そんなこともわからないほど、あのときの私の判断力は全然育っていなかった。恥ずかしい。
ただし、誤解しないでほしい。これは決して何も考えなしの奇行ではないのだ。結果がこんなでも、私なりの算段に基づいていたのである。ということで、せめて言い訳のために、爆弾発言に至った経緯を説明させてほしい。

まず、キュアピースというのは、プリキュアシリーズのうち「スマイルプリキュア」に登場する、イエロー担当のプリキュアである。アニメが好きで絵が好きで、おっちょこちょいで臆病、でも好きなものには全力、という感じの女の子。しかし内気な彼女もひとたび変身すれば、最終的にブチギレて特大雷をかましてくれる。旧Twitterで見ない日はない、ブチ切れ、オタク、美少女の三要素を完璧に持ち合わせたキャラというわけだ。そんなの、小学校高学年でTwitterにハマるような趣味嗜好を持つ私には当然ぶっ刺さる。
つまり、このキュアピースこそが、プリキュア好きの女の子がそれぞれ憧れるプリキュアを見つけるように、あのころの自分にとっての推しであった。彼女のオタク趣味に共感しつつ、自分と違って秘めた勇気があって、物理的にも強くて、そもそもダンチでかわいかったから、憧れていた。

しかし、結局私の顔はおっきいジャガイモみたいで、煮崩れには強いけどかわいくはないし、身長も男子の真ん中くらいで、というかそもそも男の子なのだ。普通女の子が遊ぶ時のように、おもちゃとかキャラTなんかを身につけて夢を見ようとするなんて、やってみようとも思えないほど、私と彼女の間には決定的な差があった。その差の存在を、私は子供ながらに知っていた。
クラスメイトと話す時、女の子はみんなプリキュアを知っているはずなのに、誰も私に向けてプリキュアの話題なんて出さない。親は私の兄を喜ばせたチョイスを繰り返し、電車系と仮面ライダー系の服ばかり買ってくる。そんなことばかりで、だけどそれらの常識は、文句も言い出せないほどに当たり前のこととして私の生きる世界に浸透していた。
そんな周囲の様子を見たら、いま自分がどれだけキュアピースが好きで憧れていても、男に生まれて男の子として見られているこの状況では、女の子へのあこがれなど表に出しようがないと悟る。こんな考えは子供らしくなくて、嘘っぽいかもしれないが、少なくとも無意識ではこの考えに至っていたはずだ。なぜならこの頃の私は、自分の欲望に素直な年頃であったはずなのに、プリキュアのグッズをひとつも持っていなかったから。

こういう状況だったから、憧れはどうにも発散されないまま、男の子として褒められるのでは満たされない承認欲求が、「兄のお下がりを嫌がる黄色が好きな男の子」という当時の世間体の影で、ひそかに日の目を浴びようと育っていった。
つまり、世間の目に押さえつけられつつ膨らんだ女の子としての承認欲求が、とうとう抑えきれず爆発した瞬間が、例のセリフだったわけだ。見た目や持ち物でキュアピースに近づくことができなかった私が、ここで一発逆転を狙った。つまり、他のことは忘れて、「キュアピース」と呼ばれさえすれば、とりあえずはキュアピースじゃないか。そう思えれば、承認欲求も満たされる。そんな感じで、追い詰められた私の思考が、とんでもない飛躍を見せたのだ。

まとめると、今回の「キュアピース事件」は、プリキュアに憧れても男の体ゆえにどうにもできなかった私が、それでもどうにかしたくなって、とりあえずその名で呼ばれてみよう、そうすれば冴えない自分でも、自分のイメージの世界では彼女のように魔法の衣装を纏えるだろうと、そんな無茶苦茶な算段のもと及んだ凶行だった。
本当に恥ずかしいし、浅はかである。このおバカ作戦の雑さを証明するかのように、実際キュアピースと呼ぶ人など誰もいなかったのがより恥ずかしい。というか、もしそう呼んでくれたとしてもちらと鏡を見ただけで夢は終わるというのに、私はこれを言いきったあとデレデレの笑顔で席に戻ったような気がする。いやはやまったく、小学校時代の無鉄砲さは恐ろしい。恐ろしすぎて、この事件を思い出す度に私は祈ってしまう。10数年経った今この時、あの最悪の自己紹介を覚えているのは、どうか実行者の私のみであってくれと。もし覚えているとしても、記憶の奥底にしまいこみなさい。プリキュアのCMが流れたぐらいで軽率に取り出してくれるなよ。「自己紹介の時キュアピースって呼べとか言ってたやついたわ笑笑」「マジ?笑」「しかもそいつバリバリ男よ?笑笑」「おわぁぁ…逸材やな」なんてクソみたいな会話のダシにしてくれるなよッ!?バスケ部ゥ!
私は自分の黒歴史だから焼き付いて忘れられないのは仕方ないが、せめてさほど仲良くない他人はさっさとその記憶を捨ててくれ。そうじゃないと本当にヤダ。ヤダッ!

あまりの羞恥に思わず発狂してしまったので、今回の記事はここで終わる。
この「黒歴史」シリーズでは、こういった感じで、私の過去の黒歴史を文章に表して公開する。何の罰ゲームかといった感じだが、別になんのゲームにも負けてないしゲームする友達は居ない。私がわざわざこんなことをする目的は、黒歴史を文字にする過程で原因を究明し、現在進行形で黒歴史製造機である私の治療法を見つけ出すことである。

では、また会う日まで。いざさらば!サバッ

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