【介護職×プロボクサーという生き方】2つの道から広がる無限の可能性を信じたい
介護業界の人手不足が課題となる中、介護職とプロボクサーという2つの顔を持つ横山葵海さんを取材するため、東京都大田区にある大田ナーシングホーム翔裕園を訪問してきました。そこには、強靭な肉体と精神という自身の強みを活かし、それぞれの道を全力で進む横山さんの姿と、何事にも一生懸命に取り組む横山さんだからこそ引き出せる利用者さんの笑顔がありました。
一つの道を突き詰めることだけが正解ではない
自分の信念を貫き、夢に向かってひたむきに歩み続ける挑戦のストーリーをぜひご覧ください。
―Profile
横山葵海(よこやま あおい)
3歳から始めた極真空手では小学3,4,5年生と全国大会3連覇した後、中学1年生からボクシングを始め、大学時代にはバンタム級で全日本チャンピオンとして頂点に立った経験を持つ。大学卒業後はプロに転向し、ボクシングジムでのフィットネストレーナーのほか、大学時代に取得した介護福祉士の資格を活かし、2024年6月から介護老人保健施設 大田ナーシングホーム翔裕園で利用者さんのケアを行っている。
ボクシングと介護、2つの領域への挑戦
―医療福祉領域とのご縁は幼少時代からと伺いました。ボクシングと並行して介護職に就こうと思われたきっかけを教えてください。
母と姉が看護系の仕事に就いていたこともあり、幼少期から福祉は私にとって身近なものでした。大学4年生の時に介護福祉士の資格を取得し、介護施設での初めてのアルバイトが、自分の中でとても楽しい時間だったため、「ボクシングの他に職に就くとしたら介護職だろう」と自然に思うようになっていました。
大学卒業後、プロとしてボクシングに打ち込める貴重な機会を手にすることができましたが、常に怪我と隣り合わせで、成功できるのは一握りの選手というとても厳しい世界だということも理解しています。ボクシングに専念したい思いもありましたが、ボクシングと介護、それぞれに向き合い様々な経験を積むことが、必ず自分の人生の糧となると考え、介護の世界に入ることを決意しました。
―大学時代のアルバイト以来、介護職として2度目のスタートを切られた横山さんですが、介護職の魅力は何だと思われますか?
ずばり、利用者さんとの触れあいやコミュニケーションです。私は、利用者さんがこれまで歩んできた人生のお話や、「ありがとう」「助かったよ」などの温かい言葉に、いつも励まされています。皆さん、まさに家族のように接してくださいます。
介護職としての経験はまだまだ浅く、利用者さんの気持ちを汲み取ることが難しい場面もありますが、他の職員さんから助けてもらいながら、日々利用者さんがどんなサポートを求めているかを理解できるように努めています。
当施設の場合、日によって利用者さんが入れ替わるので、利用者さんが食事の際に座る位置も毎日変わります。名前と顔を何とか一致させようと、隙間時間で名簿とにらめっこをしていますが、100名を超える利用者さんの身体的特徴や性格、好み等を記憶するのはなかなか難しいです。しかし、利用者さんに丁寧なケアを行っていくためには欠かせないことですので、ここだけは絶対に手を抜かないようにしています。
―ボクシングで得た自身の強みである「身体との向き合い方」を介護にどう活かしているか、介護職としての経験がボクシングにどんな影響を与えているかについて、教えてください。
当施設では、介護を必要とする利用者さんの自立を支援し、在宅復帰に向けたリハビリなどのサポートを行っています。そのため、体操やダンスなどで身体を動かす際に一人一人の身体の状態や特徴を観察し、動きをサポートすることは、利用者さんが怪我なく回復に向かうためにとても重要です。そうした場面で、これまで研究してきた身体の使い方やメンテナンス方法の知識を活用して在宅復帰のご支援ができた時は、この上ない喜びとやりがいにつながっています。
介護職としての日々は、ボクサーとしての自分に新しいエネルギーを与えてくれていて、利用者さんが「次の試合はいつ?」「応援しているよ!」と熱心に声援を送ってくださる度に、よし頑張ろう!と気持ち新たにボクシングに向き合うことができています。
―横山さんの今後の目標を教えてください。
ボクサーとして世界チャンピオンになることです。プロとしてリングに立つ以上、毎日の練習から「今日はこのくらいでいいや…」という考えは通じないので、常に“自分に勝つ”ということを心がけています。私の活躍が施設の方々に力を与えることにもなると思うと、皆さんの期待に応えられるよう頑張りたいという気持ちが倍増します。いつか、在宅復帰された利用者さんや職員の方々を会場に招待して活躍する姿を見せられるよう、一日一日を大切に、何事にも手を抜くことなく全力で、挑戦を続けていきます。
横山さんを支える先輩職員へのインタビュー
横山さんの奮闘を傍でサポートする先輩職員の三上さんにお話を伺いました。
―介護職としての横山さんはどのように映っていますか?
横山さんには、介護職にとても重要な要素である「傾聴力」があります。利用者さんの中には、新任の職員に対して警戒心や優位に立とうとする気持ちから、避けたり突っぱねたりしてしまう高齢者の方が一定数いらっしゃいます。しかし、横山さんは利用者さんからの受け入れがとても早く、利用者さんの輪の中にすっと入っていくんです。これは、横山さんが利用者さんの言葉を真摯に受け止め、理解しようとしている気持ちが伝わっているからなのだろうと思います。また、横山さんが持っている「観察力」も、マニュアル通りにいかないことが多い介護の仕事においてとても頼もしい能力です。将来的には、普段ボクサーとして身体を動かしている経験を活かして、体操のレッスンをしてもらいたいです。
―プロボクサーでもある横山さんは、施設の皆さんにとってどんな存在なのでしょうか。
横山さんの存在は、施設にいる全員のモチベーションになっています。普段の柔和な雰囲気からは、ボクサーとしての横山さんを全く想像できなかったので、プロ初戦の中継で、リング上の闘志に溢れた姿を観た時は本当に驚きました。初戦を勝利で収めた横山さんの祝賀会を施設で開いたのですが、参加した利用者さんたちの表情はこれまで見たことがないくらい活力に満ちていました。施設の全員が横山さんから力をもらっているので、私たちも横山さんの「世界チャンピオンになる」という夢を全力で応援していきたいと思います。
*編集後記*
介護施設でお会いした横山さんは、常に笑顔を絶やさず、利用者さんに気を配り目線を合わせてお話をされていました。自分が何をするべきなのかをしっかり考えて動いてくれる、と周囲の職員の方からの信頼も厚い横山さん。介護施設では介護職として、リングの上ではボクサーとして、目の前のやるべきことにパッと集中する切り替えの上手さが、横山さんを支えているのだと感じました。
やりたいことを諦めることなく2つの道を突き進むその姿は、私たち一人一人の前に広がる無限の可能性を教えてくれているような気がします。世界チャンピオンを目指す横山さんの挑戦を、これからも応援しています!
Note編集部 鈴木