森で見つけた、くらしと自然の幸せな関係。 Interview 早坂香須子さん 前編
自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人にn’estate(ネステート)プロジェクトメンバーが、すまいとくらしのこれからを伺うインタビュー連載。第13回目は、メイクアップアーティストの早坂香須子さん。
長野県にある森との出会いをきっかけに、長らく活動の拠点としていた東京を離れ、森を生かし森に生かされるくらしを体現する早坂さん。居心地のよさをとことん追求した早坂さんの家づくりは、自分らしい幸せをつかむヒントにもあふれていました。
ー まるで自然に居場所を借りるかのように、森の中にひっそりと佇む早坂さんのおすまい。どのようなきっかけで、この場所と出会われたのですか?
早坂さん(以下、早坂):仲の良い友人夫婦が長野県にある湖畔の家に移住したと聞き、遊びに行ったのがきっかけでした。彼らは築100年ほどの古い家をすてきにリノベーションしてくらしているのですが、その家の目の前に広がる湖がとても美しくて。見たこともない素晴らしい景色に感動して「ここに住みたい!」と強く思ったんです。
ー まさに、一目惚れですね。
早坂:思わず、その場で辺りの物件をネット検索したほどです(笑)。東京に帰ってきてからもあの光景が忘れられなかった。すると友人夫婦から連絡があって、彼らが住む地域のみんなから“お父さん”と呼ばれて頼りにされている方がいて「土地を探しているお友達がいるなら連れてきなさい」と言っていると。まだ少し雪の残る2022年の4月、再びこの地を訪れて“お父さん”に案内してもらったのが、この森です。
早坂:この辺りは40〜50年前に別荘地として切り開かれた土地で、当時はスキー場もあって賑わっていたそうなのですが、現在は別荘のオーナーも代替わりして全く使われていない物件があったり、過疎状態になっていました。
たっぷりと森の中を案内してもらって見て歩いたのですが、最後に森の一番奥にあるこの場所に足を踏み入れた瞬間に、何とも言えない感覚に包まれたんです。辺り一面を森林に囲まれ、すぐ脇には小川が流れていて、木々の隙間から覗く陽の光がとても印象的で「ここは、光の森だ」と感動しました。
ー メイクアップアーティストとして活躍され、東京での生活も長かった早坂さん。もともと自然の中でのくらしに憧れはあったのですか?
早坂:じつは8年ほど前にも、長野と東京の二拠点生活を考えていたことがあったんです。そのときに検討していたのは軽井沢や八ヶ岳だったのですが、それらのエリアに比べるとここは県内でも山間部に位置していて東京との行き来もしづらい。ここに住むなら移住することになるけれど大丈夫かなと本気で悩みました。
ー 地方への移住となると、一大決心ですよね。くらし方も働き方も、これまでの生活の全てが変わる。
早坂:その後も、この場所には幾度となく訪れて“お父さん”ともお会いして。彼には私と同世代の娘さんがいるのですが、この森の奥はその娘さんさえ「知らなかった」と言うくらい誰にも教えてこなかった特別な場所だったと後々聞きました。たぶん「この人だったら」と思ってくれたのかな、親身になって対応してくださったことが嬉しかったです。あとは地元銀行の融資が下りたことも後押しになって、同年6月には土地を購入することに。
家づくりをきっかけに学んだ、これからの森づくり。
ー はじめてこの地に訪れてから土地の購入に踏み切るまで、ものの2ヶ月。早坂さん、直感力と行動力がものすごいです。
早坂:家を建てるにあたって、まずは「この森のどこに家を建てるか」から考える必要がありました。なにしろ、ここは敷地が3000坪もあるんです。この辺りの住民の高齢化が進んでいるので、土地は切り売りではなくまとめて買うことが条件のひとつだったのですが、家を建てるだけなら1/3の面積でも十分過ぎるぐらい(笑)。
ー 約3,000坪の広大な敷地にポツンと一軒家、都市でのくらしを考えるとなんとも贅沢な環境です…!
早坂:ただ、この森は長年放置されていたので密集した樹木を"間伐"しなくてはなりませんでした。調べてみると、この辺りは40年ほど前にカラマツを植林した人工林だと分かったんです。本来は20〜30年の周期で手入れすべきなのですが、放置林を整備するには、自然に生えていた樹木も一度切らなくてはならなくて。いざ間伐をしてみると、重機によって土が掘り起こされていく様子に心が痛みました。
この森に出会う前に、ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)を訪ねて森林学のレクチャーを受けたこともあるんです。森を活かし、育てていくことを学んだはずなのに、自分ごととして向き合ってみると「生きた木を切る」ことに対する罪悪感でいっぱいになってしまって。
早坂:そこで森林環境のプロフェッショナルの方々にたくさんお会いして、この森にも来ていただいたのですが、みなさん口を揃えて「もっと切っていい」と言うんです。細くて弱い樹木を間伐して、地上に光が十分に行き届くことで土壌が育ち、幹や根が丈夫な広葉樹の成長が促され、さまざまな植生が芽生えるのだそう。
ー ひと言に「木を切る」と言っても、間伐は多様性の豊かな森を育むために欠かせない作業だったのですね。
早坂:林業ではこれを「森を更新する」と言うのだそうですが、一度人の手が入った人工林は木を資源として上手く活用しながら、また育てるといったサイクルを回していくことが森の保全にも繋がるんです。でも、日本は森林面積が国土の7割を占める森林大国なのに放置林も多く、上手に資源を活用できていないのが現状。
私もこの森を受け継いだ以上は、次の世代やその次の世代までバトンを繋いでいきたい。だから、私がこうして自らの家づくりをSNSやメディアを通じてお話していくことも自然と共生するすまい方、くらし方を伝える一助になればいいなと思っています。
自分の"好き"を探求して手に入れた、心から安らげる空間。
ー 空間の至るところで木の存在を感じられる、早坂さんのおすまい。何でも、この森で間伐した木材をふんだんに活用されているのだとか。
早坂:天井の羽目板やキッチンまわり、ウッドデッキなども、この森で間伐した木を乾燥材にして活用しています。本来、乾燥材を仕上げるには(天然乾燥だと)3〜4年かかるのですが、木材乾燥機があれば短期間で乾燥できるんです。ちょうどタイミングよく地元の工務店さんに乾燥機が導入されることになり、この森の木を使うことができました。
ー 森の木がかたちを変えて、この家に生き続けているのですね。早坂さんにとってはじめての家づくり、実際に経験してみていかがでしたか。
早坂:まず、こんなにも決め事が多いのかと驚きました。「コンセントの位置、ここでいいですか?」と聞かれても、それがいいのかどうかも分からない(笑)。でも、窓辺にダウンライトを付けるか、リビングに収納スペースを設けるか、そういった少しの選択の違いで家の風景はガラリと変わるので適当には決められません。
もしかすると、細い部分は建築家さんにお任せしてしまう人も多いのかもしれないけれど、ここは私のこれからの人生で多くの時間を過ごすことになる大切な場所。自分にとって心から安らげる、理想の家をじっくりと考えてみることにしました。
ー 具体的には、どのように家づくりに向き合われたのでしょう。
早坂:月に1〜2回東京から森に通い、家ができていく過程を見つめながら、その都度感じたことや気付いたことを家づくりに反映していきました。
そのときにとても役立ったのが、このノート。家に対する想いや空間のイメージを書き留めたもので、建築家さんと共有する目的もありましたが、自分はどんなものが好きで、それはなぜなのか。ここでどのように過ごしたいのか。この森に住んだ自分を想像して、思いつくままに綴ってみたんです。
ー すごく分厚いノートですね! ページのはじめには「光の森の家」という、この家のコンセプトが綴られています。
早坂:ここに初めて訪れたときに感じた"光の森"という印象が頭の中に強く残っていて。この森で暮らしていく日々を考えたときに、一日を通じて降り注ぐ太陽の「光」そのものがこの家のシンボルアートになるのではないかと思い、大きな天窓を入れてもらいました。
ー ノートには他にもリビング、キッチン、寝室、パントリー(収納スペース)など、それぞれの空間に対する早坂さんの想いが素直な言葉でしたためてあり、とても読み応えがありますね。
早坂:こうしてノートに書き記していくうちに、自分が「好きなもの」と同時に「いらないもの」もハッキリと見えてきました。設計当初は必要だと思っていたけれど、最終的には削ぎ落としていったものも多かったです。
ー 本当ですね! 例えば、ノートには”マスト”と記されていたサウナがありません。
早坂:もともと冷え性で、いつも体が冷えていたのでサウナが欲しかったんです。東京ではおしゃれにリノベーションされたマンションに住んでいたこともありましたが、すごく寒かった。ただ、この家には床暖房や薪ストーブも取り入れることになり、家そのものが暖かければ体も冷えないんじゃないかと考えが変わっていったんです。今でもサウナは大好きですけどね。
それに、ちょうど家を建てはじめた頃に”冷え取り”という半身浴をして靴下を重ね履きすることで足元を温める健康法を試したところ、体の調子が改善されたんです。そこで、サウナスペースよりもバスルームを快適にすることに力を入れました。
自分にとっての心地よさが、地球にも優しい選択であればもっと幸せ。
ー バスルームのお気に入りポイントは?
早坂:浴室には森の景色を望む窓があり、自然の柔らかな光を感じながら半身浴できるのが最高です。
それと、洗面室に使っているタイルはリサイクルタイルで、多治見まで行って選んだ思い入れのあるもの。タイルは工業製品なので規格に合わないものは”ペケタイル”と呼ばれて廃棄されてしまうので、使うことはできなかったのですが、私はその色ムラや揺らぎが可愛いと思ったんです。
ー リサイクルタイルも味のある風合いで、 こうして並べられたのを見ると一つひとつ表情が異なり、素敵ですね。
早坂:これはこれで魅力がありますよね。それに、タイルの原料は多治見の山(採石場)を削って採取しているのですが、一度釉薬が塗られたタイルは土に還すことができないのだそう。そんな中、株式会社エクシィズという多治見のタイルメーカーが都市ごみや企業廃棄物からできるリサイクルタイルを開発していることを知り、つくってもらいました。規格品と比べて流通量が少ないのでお値段も張るのですが、やっぱりリサイクルタイルの佇まいが好きだったんです。
― 早坂さんが素敵に活用されている様子を見て、リサイクルタイルを知って使う人が増えれば流通もしやすくなりますし、そうやって地球に優しい選択肢が広がっていくといいですよね。
早坂:サステナブルな素材だから選ぶというより、自分が好きなものを選んだ結果が環境にもよいものであれば嬉しいですよね。毎日、目にするものですから自分が心地よいと思えるものを妥協せずに選んでよかったなと思っています。
ー 削ぎ落とした要素もある一方、新たに付け加えたものもありますか?
早坂:リビングにある高窓は、設計当初は予定していなかったもの。リビングが出来上がっていく過程を見て「家の中から北アルプスを眺めたい」と思い立ち、取り付けてもらいました。キッチンにある階段の上段に座ると、高窓から北アルプスの山々が見えるんですよ。
ー とてもいい眺めですね! 足繁く現場に通って家づくりに向き合ったからこそ、こうした発見もあったのですね。
早坂:模型や図面で見るよりも、現場に身を置くことで生活のイメージを膨らませていくことができました。そのぶん時間はかかりましたが、建築家さんや職人さんと対話を重ねて、気持ちをひとつにしてつくっていくことができたのもよかったです。
ー 早坂さんのノートを拝見していると、自分が本当に何を求めているのかをよく理解し、言語化することの大切さを感じました。家づくりをする人だけでなく、自分にとって心地いいくらし、理想のすまいを見つけるためのヒントになりそうです。
早坂:この家が建ったあとに、ノートを読み返すと感慨深いものがありました。願いって叶うんだなって。誰に見せるでもなく個人的なものですから、まとまっていなくてもいいんです。自分は何が欲しいのか、何が好きなのか。そうやって自分と向き合う過程が大切だったんだと思います。そうすれば、理想のくらしはきっと誰もが叶えることができる。だって、私にもできたんですから。
Photo: Ayumi Yamamoto
> 後編では、早坂さんが森の中で暮らすようになってからの日々の習慣や、新しくはじめた趣味のお話などをお聞きします。公開は12月13日(金)予定。
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