アトレティック・クルブ、2021-22シーズン回顧録…獅子たちは如何なる時も“唯一無二”なれば
レアル・マドリー、マンチェスター・U、ACミランのようにチャンピオンズリーグでの実績もなければ、
パリ・サンジェルマン、マンチェスター・C、チェルシーと比べて資金力を有しているわけでもない。
時に、レアル・マドリー、バルセロナ、アトレティコ・マドリーを喰い。
時に、カディス、グラナダ、マジョルカに喰われる。
世間一般的に見れば、各国のリーグに所属する中堅クラブのひとつという印象だろう。
だけど本当は、
クラブの哲学を、歴史を、伝統を
守り、踏襲し、現代フットボール界で気高く戦い続ける
“唯一無二”のクラブなのだ。
スペイン北部バスク州ビスカヤ県に本拠地を置くアトレティック・クルブ。エウスカル・エリア(歴史的バスク)で生を受けるか、育つ。もしくは両親がバスク人であることを条件に、選手は“ロス・レオネス(愛称)”のシャツに袖を通すことができる。1898年にクラブが誕生すると、1912年以降は“純血主義”を守り続けてきた。1929年に創設されたラ・リーガでは8度の優勝を誇り、レアル・マドリー、バルセロナとともにセグンダ(2部リーグ)降格経験はなし。コパ・デル・レイ(国王杯)通算優勝回数もバルセロナに次ぐ2番目。時代の流れに合わせてアトレティック・クルブ入団の条件は緩和されてきているものの、地元で生まれ育った選手、バスクという地域に帰属意識を持つ選手のみが、プレーすることを許される高潔無比で崇高なクラブなのだ。
※エウスカル・エリア・・・スペイン4地域(バスク州『ビスカヤ・ギプスコア・アラバ』3県+ナバーラ州)とフランス3地域(ラブール、低ナバーラ、スール)を指す。
開幕5試合無敗と若手の台頭…一抹の不安を抱えて2021-22シーズンの旅に出る
2021年1月にガイスカ・ガリターノ氏の後任として、アトレティック・クルブの監督に就任したマルセリーノ・ガルシア・トラル。2週間後に行われたスーペルコパ・デ・エスパーニャ(スーパー杯)を制覇すると、2シーズン連続で国王杯決勝進出をも成し遂げた。
就任から僅か2週間でアトレティック・クルブに2015-16シーズン以来のタイトルを齎したマルセリーノ監督。プレーシーズンマッチではドルトムントやリヴァプールと対戦し、全6試合で3勝1分2敗と勝ち越している。
2017-18シーズン以来の欧州大会出場権獲得に期待が高まる中で迎えた8月16日、ラ・リーガ開幕節でエルチェと対戦した。EURO2020と東京オリンピックに出場したGKウナイ・シモンが強制休暇となり、弱冠20歳のGKフレン・アギレサバラが先発出場し、トップチームデビュー。さらに、昨シーズンはミランデス(セグンダ)へ期限付き移籍していたDFダニエル・ビビアンもスターティングメンバーに名を連ねた。試合はアギレサバラが好セーブを連発してクリーンシートを達成したが、攻撃陣が不発に終わり、ゴールレスドロー。マルセリーノ政権2年目は、クラブの根幹を担う育成面での成果を得るとともに、得点力不足が浮き彫りとなる形でスタートを切った。
続く第2節ではバルセロナと対戦した。『サン・マメス』開幕戦となった一戦は終始、アトレティック・クルブが試合を支配して進めると、50分にDFイニゴ・マルティネスのゴールで先制に成功。しかし、自陣でのミスから失点を喫して、手痛い勝ち点1にとどまった。
開幕から2試合を終え、攻撃陣が沈黙していた中で迎えた第3節セルタ戦。ついに“エース”FWイニャキ・ウィリアムズに待望の今季初ゴールが生まれ、勝ち点3を手にすると、第4節マジョルカ戦でもビビアンとイニャキ・ウィリアムズがゴールネットを揺らし、2連勝。ヒルマンサーノ劇場と化した第5節アトレティコ・マドリー戦はゴールレスドローに終わったものの、開幕5試合無敗と好調な滑り出しとなった。
やはり課題が顕著にあらわれる…泥沼の8試合未勝利
“このまま順風満帆なシーズン前半戦”という希望は儚くも、すぐさま砕け散った。
第6節ラージョ・バジェカーノ戦(●1-2)、第7節バレンシア戦(△1-1)では終了間際に失点し、勝ち点を取りこぼす。続く『サン・マメス』2連戦では2連勝を飾ったものの、第11節エスパニョール戦と第12節ラ・レアル戦は両試合とも1-1の引き分け。さらに、下位4チームとの4連戦でまさかの勝ち点「3」にとどまり、延期分の第9節レアル・マドリー戦も1-2で敗北を喫した。
第17節セビージャ戦(●0-1)では、ポストに2度も嫌われるなど、4度のビッグチャンスを逃し、泥沼のリーグ戦8試合未勝利。同節終了時点で、FWイニャキ・ウィリアムズとFWラウール・ガルシアが3得点、FWアシエル・ビジャリブレに至っては、負傷離脱を繰り返しており、試合出場数は僅か「7」。FW陣が鳴りを潜め、アトレティック・クルブは深刻な得点力不足に悩まされていた。
ーInterludeー境界線の向こう側へのパスポート…ラ・リーガ204試合連続出場達成の“怪物”イニャキ・ウィリアムズ
7度目のバロンドール賞を受賞したリオネル・メッシやレアル・マドリーで最多24タイトルを獲得したマルセロ。フットボールの歴史に名を刻んだ彼らとともに、アトレティック・クルブにも偉大な記録を樹立した男がいる。イニャキ・ウィリアムズ。ラ・リーガ204試合連続出場を成し遂げた“怪物”だ。
1994年6月15日、ガーナ人の父親とリベリア人の母親の下、ビルバオで産声をあげたイニャキ・ウィリアムズ。16歳の頃にアトレティック・クルブの門を叩くと、2014年12月6日のコルドバ戦でラ・リーガデビューを飾った。
イニャキ・ウィリアムズが偉大なる一歩を踏み台したのは2016年4月20日に行われたアトレティコ・マドリー戦。同試合から始まったラ・リーガ連続試合出場記録は2021年10月1日のアラベス戦で「203」に到達し、かつてラ・レアルでプレーしたフアン・アントニオ・ララニャガ氏の202試合を抜いて、歴代1位に躍り出た。
今シーズンもラ・リーガ全38試合出場を達成し、同記録を「233」に伸ばしたイニャキ・ウィリアムズ。約6年間に亘って一度も欠場することなく、プレーする秘訣を同選手は、スペイン紙『マルカ』にこう明かしている。
昨今、1シーズンの試合数増加によるコンディション不良や新型コロナウイルスの影響で、全試合出場を達成することは稀有な記録である。そんな中、約6年間欠場なしの金字塔を打ち立てたイニャキ・ウィリアムズ。フットボール史における歴代の名だたるストライカー達と比較してしまえば見劣りするのかもしれないが、一介のフットボーラーでは決して踏み越えることのできない境界線の向こう側へ行く術を持っているのだ。
スーペルコパ・デ・エスパーニャ2連覇を目指し…戦野で獅子たちが残した爪痕
ラ・リーガ8試合未勝利のアトレティック・クルブは第18節でベティスと対戦すると、FWイニャキ・ウィリアムズのゴラッソを含むドブレーテとDFオスカル・デ・マルコスのゴールで3-2の勝利。9試合ぶりの勝利を飾った同クラブは、クリスマス休暇前に前倒しで行われた第21節レアル・マドリー戦を1-2で落としたものの、第19節オサスナ戦(○3-1)と国王杯・ラウンド16アトレティコ・マンチャ・レアル戦(○2-0)を制した。
第20節アラベス戦では、ここまで19試合に出場してきたMFウナイ・ベンセドルが負傷するアクシデントに見舞われたアトレティック・クルブ。そんな中、スーパー杯に参加するため、サウジアラビアの地へ飛び立った。
前回王者のアトレティック・クルブは準決勝でアトレティコ・マドリーと対戦。前半はペースを握ったものの、62分に先制点を許してしまう。1点が欲しい中でマルセリーノ監督はMFミケル・ベスガ、FWニコ・ウィリアムズ、FWラウール・ガルシアの3枚替えを敢行。すると77分、MFイケル・ムニアインのCKからDFジェライ・アルバレスが頭で合わせて同点に追いつくと、81分にはニコ・ウィリアムズが逆転ゴール。マルセリーノ監督の采配が的中し、決勝へ駒を進めた。
決勝の舞台で相見えたのはレアル・マドリー。直近の1か月で3度目の対戦となったが、38分に先制点を許すと、52分にも失点を喫して2点のビハインドを追う展開に。反撃の狼煙を上げたいアトレティック・クルブは86分にPKを獲得するも、R・ガルシアが失敗。最後までレアル・マドリーの守備を崩すことができずに、王者の座を明け渡すこととなった。
この結果、直近で3度ファイナルの舞台に立ったアトレティック・クルブだったが、その全てで涙を呑んでいる。それでも、群雄割拠たるこの時代で獅子たちは、唯一無二で在り続けた。最後まで戦い抜こうとした姿を、決して“純血主義”が絵空事ではないということを、今一度、全世界のフットボールファンに示したのだ。
ーInterludeー背番号「8」の系譜…“21歳”オイアン・サンセの覚醒前夜を追憶
1月3日に行われたラ・リーガ第19節オサスナ戦は、52分間でハットトリックを達成した背番号「8」の独壇場となった。約4年前、トップチームデビュー目前での大ケガを乗り越え、覚醒した男の名をオイアン・サンセという。
2000年4月25日、パンプローナで生を受けたサンセ。2015年にオサスナのカンテラからアトレティック・クルブのカンテラへ移ると、2018年6月にプレシーズンのトップチーム帯同が発表された。しかし、同月に行われたBチームの試合で左膝前十字靭帯を断裂。約7か月の長期離脱を余儀なくされた。
大ケガから1年後、2019年8月16日のバルセロナ戦で念願のラ・リーガデビューを果たした。2019-20シーズンはリーグ戦17試合に出場すると、2020-21はリーグ戦24試合に出場。身長188cmのサンセはふところが深く、ライン間で受けてタメを作るプレーを得意とする。また足元のテクニックも卓越しており、独特なリズムのタッチからボールを奪うのは至難の技だ。
2020-21シーズンの国王杯決勝以降、プレー時間を増加させているサンセ。同シーズンの第32節アトレティコ・マドリー戦では先制点の起点となり、2-1の勝利に大きく貢献した。迎えた2021-22シーズンも開幕スタメンに名を連ねると、第18節ベティス戦で2アシスト。続く、第21節レアル・マドリー戦(前倒し開催)でも1ゴールを挙げ、覚醒の兆しを見せていた。
そんな中、第19節オサスナ戦でついに覚醒する。1点のビハインドを追う16分、FWイニャキ・ウィリアムズのクロスに頭で合わせて同点ゴールを挙げると、25分にDFオスカル・デ・マルコスのクロスに今度は足で合わせてゴールネットを揺らす。さらに68分、MFアレックス・ベレンゲルのグラウンダーのボールに飛び込んでハットトリック。過去半世紀において、アトレティック・クルブ所属の22歳以下の選手がラ・リーガでハットトリックを記録したのはフレン・ゲレーロ氏以来2人目となった。それにとどまらず、オサスナ戦でのハットトリックを含み、直近6ゴール全てに関与したサンセ(4ゴール2アシスト)。最後に同記録を成し遂げたのも、当時21歳のフレン・ゲレーロ氏なのだ。
“ワン・クラブ・マン”として活躍し、かつて背番号「8」を着用した同氏の轍を辿るように、サンセは歩みを進めている。ラ・リーガを8度、国王杯を23度優勝し、現代フットボール界に遡行するように“純血主義”を貫き通しているアトレティック・クルブ。数々の歴史が紡がれてきたが、ここにまたひとつ、背番号「8」の系譜も脈々と受け継がれている。
ーInterludeーラ・カテドラルに響く祝福の鐘…イケル・ムニアインが玉座に就いた日
2009年7月30日、16歳の若さでトップチームデビューを果たしたひとりの青年がいる。あれから、13年。“バート・シンプソン”の愛称で親しまれた彼が、2度の大ケガを乗り越え、クラブに忠誠を誓い、チームの先頭に立つようになった。そしてあの日、“やんちゃな王子様”が“厳かな王様”へと即位した試合。王冠を授かった彼の名がラ・カテドラルに響き渡る。ーーイケル・ムニアイン。
今シーズンを振り返る上で忘れられない試合がある。スーパー杯でのアトレティコ・マドリー、レアル・マドリーとの連戦から中3日、『サン・マメス』で行われた国王杯・準々決勝バルセロナ戦だ。昨季国王杯決勝のリベンジマッチとなった一戦は2分、ムニアインのゴラッソで先制に成功すると、1-1で迎えた86分、DFイニゴ・マルティネスのゴールで再びリードを奪った。しかし後半アディショナルタイム、一瞬の隙を突かれて失点。逆転負けの嫌な匂いが漂う試合展開だったが、105分(延長前半15分)にFWニコ・ウィリアムズのクロスが相手DFのハンドを誘ってPKを獲得すると、この機会をムニアインが見逃さず、バルセロナから三度リードを奪う。ディフェンディングチャンピオンの追撃をかわして、3-2で劇的な勝利を飾った。
同試合でムニアインは3ゴール全てに関与する活躍を見せた。試合開始早々にペナルティエリア内から、右足で放ったコントロールシュートは綺麗な放物線を描きながらゴールネットに突き刺さる。続く2点目はフリーキックのキッカーを務め、決勝点では落ち着いてPKを決めた。それにととまらず、守備時には相手の最終ラインに対し、効果的なプレスを掛けて、ボール奪取の起点となる。さらに圧巻だったのは延長後半、敵陣コーナーフラッグ付近で相手選手3人に囲まれたムニアインだったが、細かいタッチを駆使して手玉に取ったのだ。
同試合後、ムニアインはスペイン紙『アス』に万感の思いを明かしている。
2019-20シーズンからマルケル・スサエタ氏(2021年夏に引退)の後を継ぎ、キャプテンに就任したムニアイン。同シーズンのバスクダービーでは、1点ビハインドの展開で相手選手に危険なタックルをお見舞いし、一発退場。同点に向けて11人全員の力を集結させなければならなかった中、焦りがあったとは言え、主将として有るまじきミスを犯してしまった。それでも、2019-20シーズンを通してプレーでチームを牽引すると、翌年4月に開催された国王杯決勝(新型コロナウイルスの影響で1年間延期)では、優勝を逃した悔しさを滲ませながらも、ムニアインは最後まで相手チームを称えていた。
16歳でプロデビューを飾ってから、幾多の困難を潜り抜けてきたムニアイン。選手として、人間として、成熟した彼はもう、“イタズラ好きな少年”の面影を残していない。荘厳美麗なアトレティック・クルブの玉座に、悠然と腰を下ろしたあの日の出来事は、永遠に語り継がれていくだろう。
※バート・シンプソン(アニメ『ザ・シンプソンズ』に登場するイタズラ好きな少年)
メスタージャの夜に味わった屈辱…バルサ、マドリーを倒しても届かぬ頂き
バルセロナとレアル・マドリーの“2強喰い”を成し遂げたアトレティック・クルブ。続く第23節エスパニョール戦でも逆転勝利し、勢いに乗った状況で国王杯・セミファイナルへ挑んだ。
『サン・マメス』で行われたファーストレグは序盤から一進一退の攻防が繰り広げられると、37分にMFイケル・ムニアインのFKからFWラウール・ガルシアが頭で合わせて先制に成功した。リードを奪って試合を優位に進めていたが、65分に左サイドから崩されて失点。ホームで先勝したいアトレティック・クルブは攻勢に出るものの、ホセ・ボルダラス監督仕込みの老獪な守備に苦戦すると、前がかりになった隙を突かれてピンチに陥る場面も。試合はこのまま1-1で終了し、『メスタージャ』で行われるセカンドレグへ乗り込むこととなった。
ファーストレグからセカンドレグの間にアトレティック・クルブはリーグ戦を3試合戦った。第24節マジョルカ戦は2-3で敗れたが、第25節行われたラ・レアルとの“バスク・ダービー”では4-0の快勝。第26節バルセロナ戦はターンオーバーおよび負傷明けのMFウナイ・ベンセドルらの調整にあて、0-4で敗北を喫したものの、決して悲観する試合ではなかった。
そして迎えた3月2日、国王杯決勝への切符を掴み取るため、『メスタージャ』での大一番に臨んだアトレティック・クルブ。序盤はバレンシアのインテンシティの高さに手を焼いたものの、徐々に自分たちの時間が増えていった。41分にはムニアインとFWイニャキ・ウィリアムズのホットラインでチャンスを生み出す。しかし43分、クリアボールを相手FWに拾われると、弾丸ミドルを決められてしまう。とにかく点が欲しい中でマルセリーノ監督は、ベンセドルやFWオイアン・サンセら攻撃的なカードを投入すると、70分にサンセが起点となりゴールに迫るが、1点が遠い。その後も、DFユーリ・ベルチチェのシュートなどでチャンスを作るも、バレンシアの牙城を崩せない。そして、無情にも銀鈴の音が鳴り、バレンシアの空を仰ぐのだった。
いつまでも、この物語を心の中に…ありがとう、マルセリーノ
またしても手が届かなかった国王杯。それでも、悲嘆に暮れている時間はなかった。失意の敗戦から中5日で迎えたラ・リーガ第27節レバンテ戦。アトレティック・クルブは序盤から内容で圧倒すると、シュート17本を放って、3-1と完勝した。再スタートを切った“ロス・レオネス”はその後、9試合で3勝3分3敗と五分五分の成績を残し、第37節ではオサスナに2-0の勝利。ECL出場権を争う7位ビジャレアルが躓いたことで、最終節を前にして勝ち点「1」差に縮めた。
(※今季国王杯でベティスが優勝し、ヨーロッパリーグ(EL)出場権を獲得。またラ・リーガでもEL圏内の5位で終えたため、7位のチームにECL出場権が与えられることになった)
迎えた5月22日、アトレティック・クルブは最終節で『ラモン・サンチェス・ピスフアン』に乗り込み、セビージャと対戦した。逆転でのECL出場権獲得のために先制点が是が非でも欲しい“ロス・レオネス”は29分、DFユーリ・ベルチチェの弾丸シュートがゴールネットに突き刺さる。しかしVARが介入し、直前のプレーでハンドがあったと判断を下され、取り消されてしまう。時計の針が進むにつれ、守勢に回り始めると、69分に背後のスペースを突かれて痛恨の失点。そして、反撃の糸口を掴めぬまま、2021-22シーズンの旅路は終わりを告げた。
セビージャ戦から2日後、マルセリーノ監督がアトレティック・クルブに別れを告げた。今夏に行われる会長選挙の政局に巻き込まれた形となったが、同指揮官は退任に際し、スペイン紙『アス』に感謝の思いを語っている。
2021-22シーズンのアトレティック・クルブはラ・リーガ14勝13分11敗の8位フィニッシュ、国王杯ベスト4、スーパー杯準優勝。2021-22シーズン開幕当初の目標だった欧州大会進出を果たせず、2020-21シーズンのスーパー杯優勝以降3度決勝戦の舞台(2度の国王杯とスーパー杯)に進んだものの、全てで苦杯を嘗めさせられた。確かに、あと一歩が足りないという印象を抱かせるのかもしれない。だけど、タイトルや欧州大会出場権という目に見える形ではなくとも、名状し難いほどの感情や情緒といったものが“美しい物語”を彩っている。この素晴らしい1年半を括るエピローグの果てに、そっと本を閉じ、背を優しく撫でるのだ。
そしてまた、新たな旅が始まる…ウリアルテ会長とバルベルデ新監督のプロローグ
アトレティック・クルブを語るうえで欠かせないのが“ソシオ”という単語だろう。そもそもソシオ制度とは、会員から会員費を募って、その資金でクラブを運営することを指している。そしてクラブは会員に向けて、さまざまな特典や権利を付与するのだ。現在、ラ・リーガではアトレティック・クルブを含む4チーム(レアル・マドリー、バルセロナ、オサスナ)がソシオ制度を導入している。そんなソシオ会員に与えられる権利のひとつとして、会長選挙の投票権がある。
今夏でアイトール・エリゼギ会長が4年の任期を終えるため、6月24日にアトレティック・クルブ会長選挙が行われた。総得票数2万3506票の末、第33代会長に当選したのは44歳のホン・ウリアルテ氏。今回の会長選挙における最年少立候補者は1万979票を獲得し、ライバル達を寄せ付けなかった。
ウリアルテ新会長は公約として、来季の新監督にエルネスト・バルベルデ氏の招聘を掲げていた。そして6月30日、3度目となるバルベルデ監督就任が正式に発表された。バルベルデ新監督は3度目の就任に際し、スペイン紙『アス』に意気込みを示している。
1964年2月9日生まれのバルベルデ氏は現在58歳。エスパニョールやアトレティック・クルブ、バルセロナなどでプレーすると、現役引退後はアトレティック・クルブの下部組織で指導者キャリアをスタートさせる。2003年夏から2005年夏までトップチームの監督を務めたバルベルデ氏は、エスパニョールやビジャレアルなどを率いた後、2013年夏に“ロス・レオネス”に復帰。同シーズンはCL出場圏内となる4位でラ・リーガを終え、2015-16シーズンにはスーペルコパ・デ・エスパーニャ優勝を成し遂げた。
2020年冬にバルセロナの監督を解任されて以来、フリーの状態が続いていたバルベルデ新監督。今夏、アトレティック・クルブのドレッシングルームに帰還した指揮官は、選手を、チームを、そしてクラブの色を熟知している。1年後の夏、バルベルデ新監督と歩んだ旅路の果てに、僕らはどのような景色を見ているのだろうか。
もしも、クラブのフィロソフィーを変えてしまえば、
もしも、ソシオ制度を撤廃してしまえば、
きっと、今よりも勝ち点やお金、そしてタイトルを手にすることが出来るかもしれない。
だけど、その成れの果てに待っているのはアトレティック・クルブという名前だけを残した紛い物。
人の一生よりも長い年月に亘って、紡がれてきた歴史と育まれてきた伝統。
現代フットボール界から隔絶され、干渉を許さないサンクチュアリ。
“UNIQUE IN THE WORLD”
世界中を見渡してもどこにもない、
決して他クラブが真似することもできない。
だからこそ魅了されたのだ。
壮大で美麗な勝利に、脆く儚い敗北に。
だってそれのどれもこれもがアトレティック・クルブなのだから。
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