「素敵なデザインをありがとう」で終わりたくない。もっと経営者の役に立ちたいんだー!!!
「うああああああああ…待ってくれー!!」
クライアントが去っていく夢。。。汗びっしょりでうなされていました。利益10万円からの脱出成功!と思ったのも束の間、またもや経営の壁にぶち当たってしまった私。食欲もでないし、ぐっすり眠ることもできません。下がっていく売上げを見るたび、ため息が出ます。
デザインに全力で取り組んでさえいれば、値段を上げても必ず社会は認めてくれるという甘い構想は、もろくも崩れ去りました。
デザインしてるだけじゃ駄目だ、デザインしてるだけじゃ駄目だ、デザインしてるだけじゃ駄目だ、デザインしてるだけじゃ駄目だ、デザインしてるだけじゃ駄目だ、デザインしてるだけじゃ駄目だ…。
デザインの価格を上げたことで、お客さまが去ってしまったこと。言い訳はできません。たしかに値上げ自体は安易だったと思います。でもどうしても、元の価格に戻そうとは思えなかったのです。それには利益を確保する以外の理由がありました。
また時間を巻き戻して、税理士の伊澤さんのありがたい言葉を思い出してみましょう。
「必要な利益から逆算して、ほしい金額を決める。するとその金額に見合ったお客さまが必ず集まります」
金額に見合ったお客さまとは? 私にとってそれは経営者の方々でした。1話でも書きましたが、「デザイナーは、もっと企業の本質に携わる仕事」だと信じていました。私はデザインでそこに関わりたい。
経営者や企業の役に立つこと、これは自分の命題となっていました。
価格を上げた後も、経営者の方から依頼はありました。でも長続きはしない。「素敵なデザインをありがとうございました~」で終わりでした。役に立ったという実感はありませんでした。
もっと経営者の役に立ちたいんだ! デザインはもっと経営に関与できるはずなんだ。なのに、肝心の経営者からは本気で相手にされていない。
…なんかあれだ。あれに似てる。ええと、鬼ごっことかで何回タッチされても「いいよいいよ。今のなしね~」と言われて絶対鬼にならない、対等には仲間に入れてもらえない子…。
そうそう、「みそっかす」。味噌を漉した時に残される“かす”のことで、価値がないものの例えとして使われるアレです。
みそっかすの私に「経営に役立つ仕事を依頼しよう」などと思ってくれる経営者なんているはずもありません。
なのに「デザインには価値がある!」とか、わめき散らしちゃって…。
うわーー、カッコわるーーーーーーー。
あれ? なんだろう? 目から水が出てきました。
『結果を出す』って言い切れるの?
月イチの面談の日、落ち込みMAXの味噌漬け状態(みそっかすだけに)だった私は、遠い目をしながらこう切り出しました。
「伊澤さん…デザインは経営者や企業にとって、やっぱり必要のないものなんですかね?」
さすがの伊澤さんも、味噌まみれの顔をした私を見て、びっくりしてこう言いました。
「どうしました? 自分たちの価値を見直して、お客さまに必要とされるものとして世の中に提示するんですよ。TRUNKのデザインには価値がある!TRUNKは結果を出す! 笹目さんがそう言えなければ、お客さまの理解は得られません」
結果を出す? 私はなぜか釈然としない気持ちになりました。もちろん結果を出すために、全力で取り組んでいます。そこにまったく異論はありません。
でも実際に結果がでるかどうかは別です。真実でないことをあたかも真実のように言っているみたいだと感じました。それは最もやりたくないことです。そんなのいちばんカッコ悪い。そんなの全然ロックじゃありません。
「どうなるわからない先のことなのに『結果を出す』って…そんなの詐欺みたいじゃないですか! 私にはできません!」
「なるほど。嘘をついているみたいに感じるのですね。笹目さんが価値を提示できない背景には、そういうことがあったのか…。では、こういうのはどうですか?『TRUNKは、結果が出るまで付き合う』」
はぁ? ただ言い方をちょっと変えただけでしょ! 私の怒りのボルテージは、さらに上がりかけました。
だーかーらー! そういうところが詐欺っぽ………ん? ちょっと待て。違うな。
『結果を出す』と『結果が出るまで付き合う』は、なんか違うぞ。
経営に紆余曲折はつきものです。それは経営者である私自身が痛いほどよくわかっています。いいときだけではなく悪いときも、TRUNKは途中であきらめない。なかなか答えが出なくても、うまくいかなくても、やめない。
私たちは、ずっとお客さまの経営に伴走するんだ。デザインで企業を表現し続けていくんだ。それが『結果が出るまで付き合う』っていうことか。
うん。確かにそれは私がやりたいことです。お客さまにも正々堂々と言えます。モヤモヤの波がスーッと去っていくのがわかりました。
「はい。それなら言えます」
味噌だらけの顔から少し脱した私をみて、伊澤さんはにっこりほほえみました。
答えはブランディングにある?
『結果が出るまで付き合う』
これは私たちの価値の一部分とは言えそうだけれども、まだまだ不十分です。けれど、これ以上深めていくことができませんでした。具体的になにをすればいいのか、一向に答えが見いだせないままでした。
私はまだまだ味噌…いえ、暗闇のなかにいました。
私が企業の本質に関われる人物になるためには、デザイン以外のなにかを身につける必要がありました。模索するなかで出会ったのが、ブランディングです。
当初は「すべてのデザインに統一感を出す」くらいの浅い知識しか持ち合わせていませんでした。トータルでデザインをすることだけでも、デザインが一定の役に立つことは感じていたので、もう少し理論から学んでみようと思ったのです。
少し説明しますね。そもそも「ブランド【brand】」という言葉は『焼印をつける』という意味の「ブランドル【brandr】」が語源となっています。
ヨーロッパで放牧している牛などの家畜を他の家畜と区別するために、自らの家畜の背中に焼印をつけたことがブランドの始まりだと言われているそうです。焼印があることで、お互いの違いを認識していたんですね。
そこから時代を経て「企業が持ってもらいたいイメージと、お客さまが思い浮かべるイメージをイコールにすること」がブランディングであると知りました。
ああ、ブランディングってトータルのデザインを作る、ということだけではないんだ。企業と企業のお客さまのコミュニケーションに深く関与しているんだ。ブランディングがうまくいけば「デザインで企業の本質に関わり、役に立つ」ことができるかもしれない。
デザインとは別のなにかを探していた私にとって、味噌樽の中から這い上がるための味噌ヘラを見つけたような、そんな感じがしました。(…いや、もうわかりにくいから!)
編集協力/コルクラボギルド(文・笹間聖子、編集・頼母木俊輔、イラスト・いずいず)