常識の逆を行くブランディングで結果を出せた!大ヒット日本酒誕生秘話。
「笹目さん、こんなラベルの日本酒は売れないって言われました。
やっぱり変えませんか!?」
電話に出ると開口一番、森嶋さんは早口でおっしゃいました。1年間、議論に議論を重ねてやっとできあがったラベルデザインです。
それをリリース間近の今、ひっくり返す!?
いまさらそんなこと、できるわけがない。それに……
外は激しい雷雨。雨音にかき消されそうな森嶋さんの声を追いながら、脳裏には、これまでの歳月が鮮明に浮かび上がってきました。
今回は、私達トランクについて忘れられない経験になった酒蔵さんのブランディングのお話です。
自分の名前を冠し、30年生き残る日本酒ブランドを
茨城県の酒蔵、森島酒造の森嶋正一郎さんが初めてトランクへ来られたのは、2018年5月のことです。つくばの酒販店 小野酒店の小野公顕専務もご一緒でした。
お二人の要件は驚くべきもの。
「新しい自社ブランド立ち上げのために1年間準備してきたが、イチからやり直したい」というのです。
コンセプトから練り上げ、ラベルも、Webサイトもすでにほぼ完成。あとはローンチを待つだけ、という状態でした。それでも、「やっぱりこれでは売れないのでは」と思って中止にしたと。
そして、「東京のデザイン事務所だと距離があり意思疎通がしづらかった部分があったから」と、地元茨城のデザイン会社であるトランクに来てくださったのです。
これは、責任重大だ。
私には迷いがありました。だって1年間、お金も時間もかけたことを中止するのですから。企業にとっては大変な決断です。
しかも森嶋さんは新たなブランドについて、「自分の名前を冠して、30年は続くブランドにしたい」とおっしゃいました。「でも今年の新酒に間に合わせたい、9月に仕込むお酒のラベルに使いたい」というのです。
いやいや、ちょっと待ってください。
激しい競争のなかで30年生き残るブランドを、わずか数ヶ月で作れるワケはありません。
数々の失敗から、そのときの私にはもう分かっていました。ブランディングやデザインは一朝一夕に作れるものではない、ということが。
「まずは純粋に、ただ聞く」ことからはじめ、「お客様自身がどうありたいか?」に耳を傾け、コンセプトから一緒に共創しなければ、うまくいくはずがないのです。
だから「コンセプトメイキングからはじめて、1年かけて作れるなら」と条件を提案しました。
そうして、森嶋さん、森嶋さんの奥様、小野専務、私、弊社所員、ライターの平嶋さんによる、一大ブランディングプロジェクトが発足したのです。
水道水からでも、うまい酒はつくれる
私達はまず、これまで歩んで来られた150年について、「とことん聞く」ことからはじめました。
森島酒造は、茨城県日立市にある老舗の蔵元です。でも、実はとても不利な環境でお酒をつくっていました。
一体何が不利なのか? ずばり立地です。通常日本酒は、原料である水によって味が大きく決まると言われています。だからどうしても「雪解け水」や「湧き水」などがある、深い山や谷の多い東北や新潟地方のほうが有名なのです。
ですが森島酒造があるのは、海から約70mという距離。しかも、茨城はお米はたくさん作っているけれど、ブランド米が有名な土地ではありませんでした。そこで、六代目である森嶋正一郎専務はどうしたか。
「どんな材料、どんな環境でもおいしいお酒をつくる」と決意して、必死に勉強されたんです。それまでの森島酒造さんは、杜氏の季節雇用制度と言って、酒造りの資格を持つ「杜氏さん」を外部から呼んで、新種を仕込んでいました。
でも森嶋さんは「お酒の味を自分でコントロールできるようになりたい」と一念発起。2006年に難関と言われる「南部杜氏」の資格を取得し、さらに、佐賀県にいらっしゃる酒造りの神様的な先生に師事します。
そこで「酒造りについて」を徹底的に学ばれました。そして、2015年に杜氏の季節雇用制度を廃止し、蔵元杜氏として自ら酒づくりを開始されたそうです。
では、「材料や環境に依存しないうまい酒の作り方」とは、一体なんなのか。それは徹底的な掃除と数値管理による酒造りだそうです。ちょっとした汚れやホコリは、積もり積もって味に影響を与えます。だから塵一つ無いほど掃除をされるそうです。
そして、温度や湿度、水質、衛生環境まで、詳細なデータを収集する数値管理。東京農大で、科学的に発酵を学ばれた森嶋さんらしい酒造りのアプローチが誕生したのです。
森嶋さんはよく、「理論的には水道水からだっておいしいお酒は作れる」とおっしゃいます。それぐらい、どんな条件下でもおいしい日本酒を作れる技術を身に着けられたのです。そこから10年試行錯誤してついに、理想とする日本酒造りに成功されたそうです。
理想の味にたどり着いた森島さんの酒ですが、当時よく酒販店の社長さんに言われていたのが、「森ちゃんの酒はうまいのに売れないな」だったそうです。
難関の南部杜氏に合格し、10年かけて徹底的に酒造りを学び、理想の味にたどり着いたのに、なぜか売れない。
俺が一人でやれることはすべてやった、やり残しているのはブランディングだけだ!こうしてブランディングを決心されたそうです。
そんな森嶋さんの姿勢から導き出したのが「常識の逆を行け!」というコンセプトでした。
水もお米も特別ではない場所で、常識的な酒造りをしても、ほかの蔵には勝てない。ならば、環境や条件に左右されない酒造りの手法を確立させる。
そんな森嶋さんの姿勢は、森島酒造の信念と言えるものだと思ったからです。
「一石を投じる」マグマのような想い
さて、ブランドコンセプト「常識の逆を行け!」は決まったのですが、これをそのままキャッチコピーにしても、お客様には魅力は伝わりません。手を伸ばして購入してもらうには、森嶋のアイデンティティをもっと印象的に伝えるブランドメッセージが必要だと感じたのです。
そこで私は、森嶋さんに聞いてみたんです。
「一体なぜ酒造りをしているのか?」と。
返ってきたのは、「不利な状況でもうまい酒が作れるんだと証明したい」という言葉です。酒どころとして有名ではないここ茨城の、しかも海の近くのこんな小さな蔵でも、やり方次第でうまい酒は作れるんだ!ということを世の中に示したい。森嶋さんの心の奥底にある本音でした。
ちなみに、たとえチームでプロジェクトを進めていても、人間ですから、いきなりそんな本音を語ってくれるわけではありません。実は最初は森嶋さん、ちょっとよそよそしい感じがありました。
「頼んではみたが、大丈夫だろうか?」と疑う部分も正直あったのではないかと思います。
ただ、森嶋さんや、奥さんの昌子さん、小野酒造の小野専務のお話をしっかりとお聞きする中で、だんだんと本音で話せる信頼が生まれていったのだと思います。
そして、ライターの平嶋さんが、この森嶋さんの内に秘めるマグマのような熱い想いを汲んで造ってくれたのが「一石投じる一杯を」というタグラインです。
茨城の酒に期待していない、酒造業界や酒好きの方に一石を投じ、波紋を広げるような酒造り。それはまさに、森嶋さんの反骨精神そのものでした。
偶然の石との出会いからラベルが完成
ここからがいよいよ、私達がデザインをする番です。コンセプトもタグラインもあるのですから、後はそれをデザインに落とし込むだけ。簡単だ!楽勝楽勝! コンセプトって大事だな〜。と思っていたんですが、そう簡単にはいきませんでした。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、いくら「常識の逆」をデザインしようと思っても、お酒のラベルはなかなか変化が付けられないのです。作っても作っても、なにか既視感のあるデザインばかりになってしまいます。
そりゃそうです。常識の逆を行く酒のラベル、なんて私だって見たこと無いんですから。
いよいよ12月になり、もう後がない……。
煮詰まったある日、私はヒントを探して森島酒造の蔵にお邪魔しました。
そして駐車場で、偶然ある石をみつけました。
実はこの石は「大谷石」といって、元々は蔵の壁の一部でした。1945年、太平洋戦争で蔵と家屋が焼失した後、四代目当主の森嶋浩一郎さんが、耐火性に優れ、強固な大谷石を取り寄せ、蔵を建て直して酒づくりを再開したのです。
そこから半世紀以上蔵を守っていたのですが、2011年の東日本大震災で被災。蔵の壁にはヒビが入ってしまいます。そのときに落ちた壁の一部でした。
壁の破損の完全修復は難しく、森嶋さんは一度、廃業をも考えたのだとか。
でも、すでに杜氏試験に合格していたこともあり、悩んだ末、再び酒づくりを続けることを決めたそうです。
そこで私が閃いたのが、ポンと石が置かれたラベルデザインです。「一石投じる一杯」の「石」という言葉との化学反応も面白いんじゃないか、と。なにより、石が真ん中にあるラベルなんて見たことがない。これこそ「常識の逆を行く」ラベルデザインだ!
ためしに作ってみたら、「このデザインで行こう!」と満場一致で決まりました。
コンセプト、タグライン、デザイン。3つがものの見事に重なった、鳥肌が立った瞬間でした。しかしそれは、考え抜いた先の偶然から生まれたのです。偶然ですが、たどり着くべくしてたどり着いた必然を感じました。
「絶対に変えないほうがいい」反対を押しのけて
このお酒はきっと売れるに違いない。チーム全員がそう確信して、あとはもう発売を待つだけのある日のこと。あの衝撃的な電話がかかってきました。
「笹目さん、こんな日本酒売れないって言われました。やっぱり変えませんか!?」
森嶋さんに「売れない」とおっしゃったのは、大手取引先の社長さんです。
「石が主役のラベルなんて見たことがない。石じゃなくて「森嶋(酒の名前)」をもっと目立たせなきゃ売れない。」とおっしゃったんだそうです。
私は、突然のことに言葉を失いました。でも、確信がありました。
ここまで議論はし尽くしてきたし、これ以上に森嶋さんのコンセプトに合ったラベルはない、と。「森嶋」の文字は小さくても、石のラベルを見れば、思わず手を伸ばすはずだ、と。
というのも、石のラベルのデザインの酒ビンを小野専務のはからいで、小野酒店の陳列棚に置かせていただき、何度もシミュレーションを重ね、微調整を繰り返し、店舗に置かれたとき、他の酒のラベルに埋もれない視認性高いデザインを追い求めてたどり着いたラベルでしたから、自信があったんです。
だから言ったんです。
絶対に変えないほうがいい。変えたら、「常識の逆を行け!」じゃなくて、常識的なラベルになってしまいますよ。「自信を持っていきましょう」と森嶋さんを鼓舞しました。
森嶋さんもそれを信じてくれて、なにも変えずに発売へとこぎつけることができました。
ブランディングデザインが人生まで変えた
2019年11月。こんな七転八起を経て、森島酒造さんの新酒ブランド『森嶋』はついに発売されます。
……どうなったと思われますか?
率直に言うと、ものすごく売れたんです。もう、大ヒットでした。
一番顕著だったのは、発売後すぐに、『SAKETIME』という日本酒評価サイトでいきなり50位以内に入ったことです。それまでランキングに入ったこともなかったのに、です。在庫もすぐになくなり、あっという間に茨城で最も売れている日本酒になりました。
私達の「売れる」という確信は正しかったのです。それを境に、森嶋さんの仕事もガラリと変わりました。
酒づくりは、毎年9月ころから仕込みが始まり、11月に新酒を出すと、順次たくさんの銘柄を仕込みながら、市場に出していくそうです。そして5月ころには仕込みは終わり、次の新酒の仕込みの9月までは、作った酒の在庫を捌くための「営業」をするそうです。
つまり、次のシーズン前までに、在庫を少しでも減らす必要があるので、全国の酒販店を回って在庫を頭を下げて買い取ってもらうのです。「営業」は森嶋さんが担当されていたそうで、酒の仕事でこの「営業」が最も辛かったそうです。
でも『森嶋』は、発売早々の大ヒット!で、在庫があっという間になくなるので、営業をする必要が全くなくなりました。そればかりか、これまで頭を下げて回っていた酒販店さんからは、「全く在庫がないなんて、もしかしていじわるをしてないか?」と言われたこともあったとか。森嶋さんは、苦痛から解放されたのです。このときはじめて森嶋さんは「自分の仕事が楽しい」と思えたそうです。
「森嶋」のヒットとともに、徐々に森嶋さん本人も注目が集まるようになり、年々テレビや雑誌の取材も増えてきました。
この経験は私達にとって、とてつもなく大きな自信になりました。森嶋さんは、インタビューで「成功の要因は3つあると思います。高い酒質、適度な価格、目を惹くラベル。」と言ってくれました。
そして私は思ったんです。「デザインで結果は出せる」と。なぜなら私達トランクの仕事の、「目に見える」納品物はデザインです。デザインしたものを、依頼主の方が喜んでくれることはもちろんありますよ。
でも『森嶋』のように、私達の仕事が明らかに「売れる」要素になり、依頼してくださった方の仕事や人生に影響を与えたことは初めての経験でした。
このような結果が生まれたのは、クライアントと向き合い、お話を聞き、コンセプト、タグライン、デザインがしっかりと重なったからに違いありません。あの「石」との偶然の出会いも、この過程があったからこそだと思います。
ちなみに森嶋さんの次なる野望は、これまでよりもっと大きく大胆です。もちろん私達も、目標に向けて着実に進む森嶋さんに、私達も寄り添っていきたいと思っています。
『森嶋』は、「お刺身に合うお酒を作りたい」という森嶋さんのこだわりにあった、食中酒にぴったりのお酒です。爽やかさとキレを大切に、けれど芳醇な味わいも両立しています。味の秘密は、「江戸時代の種麹を使って、それをモダンにアレンジする」技術にあるそうですよ。ぜひ見かけられたら、味わってみてくださいね。
編集協力/コルクラボギルド(文・笹間聖子、編集・頼母木俊輔、イラスト・いずいず)