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シャーマンを訪ねてVol.3

朝まだ外は暗い中、ダニャールが起き出す。僕は夜中暖炉の火が消えてしまい寒さで目覚めてから中々眠れなかった。ダニャールが目で「行くよ」と合図する。

僕は重い体を起こし、靴下、上着を羽織る。外は真っ暗でライトがないと何も見えない。ダニャールについて行くと牛小屋に着いた。彼が扉を開けると雄の牛たちは何も合図をしたわけでもないのにノソノソと広場の方に移動して行くのを見て驚かされた。彼らは本能でわかっているのだ。

そこから僕らの仕事が始まる。まず牛小屋のフンを集めて肥溜めに運び、エサを準備する。ダニャールは慣れた手つきで仕事をして行く、その間に牛たちに話しかけたり、スキンシップをして行く。僕はフンの匂いを必死に堪えて、不器用にフンを集めるがなかなか上手く行かない。ダニャールがすかさず僕と交代して「こうやるんだ」と手本を見せてくれるが、なかなか上手く行かない。彼はそんな事を気にせず「easy and relax」と僕に言いかせて来る。

作業がだいたい終わった頃、雌牛と子牛がいる小屋に戻ると一人の長身の野暮ったい男性がミルクを搾っていた。彼はロシア人のアスラン。ここには何回か来ていて、毎回長期滞在をしているらしい。僕を見るとすぐにダニャールに「ヤポーニャ?」と聞いていた。なんでも彼はビザの為一旦キルギスに行って昨日の夜中に帰って来た時に日本人が来たと聞いていたらしい。

朝の作業を一通り終えて家に帰るとアスランの彼女の携帯が見当たらないらしくみんなで携帯を探していた。あそこでもないここでもないと時々口論になりながら探しているが見つからない。そうこうしているとビファティマ・デゥアレトワが不機嫌になって何かを彼女に向かって言い始めた。それは言葉がわからない僕でも嫌な事を言っているのがわかった。結局みんな諦めてアスランが鍋で温めてくれた、搾りたてのミルクと食卓の上に置かれているパンで朝食を食べ始めた。

食べている間もビファティマ・デゥアレトワは何かを言っている。みんなそれを聞いているのか聞いていないのかわからない感じで黙りながらもくもくと食べている

朝食を食べた後は、羊を餌場に移動させて、羊小屋を掃除した後、ダニャールが近くに神聖な丘があるからと散歩がてら行こうと僕を連れて行ってくれた。

その丘は家から歩いて5分ぐらいの距離にあり、丘に登る道の途中に所々に木がありそこが祈りを捧げるポイントになっていた。丘の頂上まで行くとそこには何個かモニュメントみたいなのが建っていた。

モニュメントの石造にはカザフスタン語かロシア語で何か書かれており、ダニャールがそれを訳してくれた。「ここは違う世界への入り口」と書かれているらしく。毎秒毎秒世界は変わり続けて僕らは違う世界に移動し続けているらしい。

世界は同時に何個も存在していて、僕らの決断、選択によってのどの世界に行くかを毎秒毎秒決まっている。今会って話している人は次の瞬間に別の人になり、今見ている世界は次の瞬間に別の世界になっている。決して同じ物はなく、その瞬間と同じ瞬間は二度と来ない。

旅をしていると刹那的に生きる事が求められる。一つの国に滞在する時間は限られていて、街にいたってはもっと滞在期間は短くなる。それに加えていろんな人に出会う機会は多いが一人一人と過ごす期間は日本にいる時より確実に短くなってしまう。必然的に話す内容は当たり障りない物になってしまい、「どこから来たのか」「どこの国に行った事があるのか」など、話す相手は違えど、話す内容は毎回似たり寄ったりになって来て途中からそんな人間関係に疲れて来て話す事もめんどくさくなり無口になり閉鎖的になってしまう。しかしたまに深いところまで会話ができ、お互いに出会えた事が運命的だと感じる事がある。それはお互いに何かを求め、それが互いにマッチしてその瞬間、瞬間に集中して何かに背中を押されている様にどんどん距離が縮まって行く。そんな瞬間が多ければ多いほど旅に彩りが出て来て心が豊かになっていく。限られた時間の中で今しかないその瞬間瞬間に集中しないと気がつくとどんどん時間と人は過ぎ去り、自分は街から街へと移動して行ってしまう。

僕らの人生の時間は限られているが、忙しくて今に集中する事もなく毎日マルチタスクな作業を求められてしまってそれを忘れてしまっている。ヨガ哲学の考え方では今ここに集中する事により幸せに繋がると考えられている。

ダニャールが丘のモニュメントの前で祈ろうと提案したので二人で祈りを捧げた。彼はニッコリと笑顔を作り「今回は君の為に祈った。だから君は大丈夫だよ」と僕の不安を見透かすかの様に言った。

僕は中国のウイグル地区からカザフスタンに来たのだが、中国にいた時から僕の心を覆い尽くす漠然とした不安に苛まれていた。何が原因なのかわからず、とにかく移動しなくてはならないという、本能の様な使命感の様な感情に流されてここまで来た。

丘を散歩後家に戻り昼食を食べる。昼食はパンとクッキーでみんな簡単に済ませていた。昼食後少し仕事をしたらアスランとダニャールに近くが川にあるから行こうと誘われて行くことに。。。



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