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誰にでも最後の日はある

「これが髪を切る最後になります」

いきなり床屋さんに言われました。

何を言われたのか分からなくて、聞き返してしまいました。

34年前に故郷の静岡から茨城に引っ越して来て、住んだアパートのすぐそばにあった床屋さんです。

私が隣町に引っ越しても、車で30分間かけて通っていました。

6週間おきに同じ床屋さんに34年間通っていました。

通い始めたときは私は28歳、床屋さんは40歳でした。

同じ髪型で34年間通しました。

現在は、私は62歳、床屋さんは74歳です。

もう気心が知れた仲なので、散髪中の何気ない会話も楽しみで通っていました。

数年前に、床屋さんは神経痛になり、立てなくなるときもありました。

それでも無理して、週に3日間くらいは営業していました。

最近は、老眼がひどくなり、メガネをかけなければ仕事ができなかったそうです。

それが、引退の引き金となりました。

「これが髪を切る最後になります」の意味を理解したとき、力が抜けてしまいました。

床屋さんは、店舗を兼ねた住宅に住んでいます。

賃貸なので、床屋を辞めたら住まいを引っ越さなければならないそうです。

床屋はきっぱり辞めるそうです。

お子さん2人はすでに独立しています。

ガンを2回患った奥さんと2人暮らしです。

床屋さんは宮城県の出身、奥さんは秋田県の出身です。

夫婦ともに理容師で、東京で修行をしていたときに知り合ったそうです。

奥さんの通院のために、遠くには引っ越せないそうです。

30年前は夫婦で床屋をやっていましたので、私は奥さんにもお世話になっています。

お子さんが小さいときに、散髪をしながら受験の相談に乗ったこともありました。

娘さんが県立高校の受験に失敗し、私立高校に通ったこと。

私立高校で勉強を頑張って、国立大学の教育学部に合格したこと。

34年間お互いにいろいろなことがありました。

いつかは引退するときがあるだろうとは思っていましたが、そのときが来てしまったのです。

いつものように1時間で散髪が終わりました。

床屋さんから「長い間本当にお世話になりました」と頭を下げられました。

私も「34年間本当にありがとうございました。お元気でいてください。」と深々と頭を下げました。

それ以上いると涙が出てくるので店を出ました。

車を運転しながら涙が出てくるのを止めることができませんでした。

誰にでも最後の日はあります。

私も最後の日には、「やりきった」と思えるようにしたいと思います。

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