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緑色の怨嗟

 うだるような暑さの夏の日、街からは人々の生活音が消えていた。その代わりに周囲を支配していたのは、けたたましいギーッ、ギーッという音だった。街の風景は緑色に塗り潰され、その表面は細かく蠢いていた。

人々は家の外には出ない。出るとたちまち集られ、その強靭な顎で噛み付かれるためだ。自動車など運転しようものなら、大量の轢き潰された死骸でスリップ事故は避けられない。

 獰猛なキリギリスが異常発生し、この街を覆いつくしてから一ヵ月近くが経つ。他の地域は今のところ特に被害を受けていないため水道、ガス、電気等のライフラインは生きており、食料に関しても防護服を着た自衛隊員が一軒一軒定期的に配給に来るため問題は無かったが、キリギリスに囲まれた生活自体に誰もが憔悴しきっていた。

濱口雄一はこの一ヵ月、罪悪感と恐怖から自分の部屋から出ることが出来なかった。雄一には一つの確信があった。それは、この事態の原因の一端が自分にあるということだった。雄一はベッドから上半身をもたげ、カーテンを少しだけ開いた。その瞬間、窓一面にびっしりと貼り付いたキリギリスが一斉に顎を激しく開閉させ、ギーギーと鳴き声を上げた。顎と前脚でカリカリとガラスをひっかく音が部屋に響き渡る。雄一はすぐさまカーテンを閉じ、布団に潜り込んだ。雄一はただ震えることしかできなかった。

 始まりは雄一の同級生である足立孝太郎が裏山の神社の境内で死体で発見されたことであった。彼の胃には何匹ものキリギリスの死骸が詰まっていたという。彼は昆虫愛好家であり珍しい昆虫を数多く飼育していたが、彼の胃から見つかったのはまさに彼が飼育していた繫殖力の強い海外産の希少種であり、警察は何者かに暴行を加えられる中で飼っていたキリギリスを無理やり食べさせられたのだろうという見解を発表した。

そして今この街を覆いつくしているのは、彼の飼っていた種のキリギリスである。

【続く】

#逆噴射小説大賞2021 #小説 #ホラー

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