佐世保 29歳 春
長崎は、その響きだけで、憧れをかきたてる。
港町が好きなのは、盆地育ちの海への憧れと、外国、とくにヨーロッパへの憧れを満たしてくれるからだと思う。
中でも長崎は、かつて熱心に聞いたラジオのパーソナリティが、青年期を過ごした土地。故郷を語る言葉を聞いているだけで、憧れの長崎、がどんどん強まるのだ。
だから、せっかく福岡に来たならば、と、長崎まで足を延ばした。
在来線に揺られながら、佐賀県を通って、長崎へ。
博多駅で買ったお弁当をいつ広げるべきか、今じゃない、今じゃない、と、だいぶ電車は進んできた。
車窓から見える風景は、おおむね地方の住宅地で、田んぼ、学校、少しの繁華街が代わるがわるやってくる。似たような風景は見たことがあるのだけれど、やっぱり、一度も見たことのない街だ。
途中、吉野ヶ里駅を通過した。
吉野ヶ里遺跡の吉野ヶ里って、佐賀県にあったんだ。
自分の無知を棚に上げて、「学校で得た知識より、自分の目で見た経験って、ずっと残るよな」と偉そうに考える。
そうだ、この先自分に子供が生まれたら、おもちゃを与えるんじゃなくて経験をいっぱい積ませる子育て方針にしよう。財産なんて一切残さないけど、その分、あらゆる場所に連れて行って、片っ端から経験をプレゼントしよう。そう、ひらめいた。近日中に子供が生まれる予定もないのだけれど。
乗り継いだ電車はボックス席の車両で、人のいない4人乗りの箱の中で、ようやく明太子のお弁当を広げる。買ってから2時間以上経っていた。空腹だからよりおいしい。
佐世保駅に降り立つ。
日本最西端の駅、行って初めて知る。そうなんだ。これも、経験として自分に刻まれた。
長崎県の中でも、佐世保にある「九十九島」を訪れてみたかった。
バスに乗って九十九島が見えるスポットを目指す。
ものすごい勾配を、バスに揺られて何度も上下しながら、なるほど長崎は坂の街だってラジオでも話していたな、なんて思い出す。ここは佐世保なんだけど。
九十九島は、その名のとおり、島だった。
いっぱいの島。
曇りがちの日、次のバスまでのんびりと、動きもしない島だけを眺め続ける。
なんなら、あまりにも景色が同じなので、写真を撮る観光客を眺めて過ごした。
長崎県には島が多いってことも、この200もの小さな島を見て、やっぱり自分の中に刻まれた。