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佐渡 30歳 秋 その2

「いい旅を」という言葉を、さらりと言う人がとても素敵だった。

予告どおり、新潟県の佐渡市に行ってきた。
前回の記録を書いた6時間後には皆で車に乗って、旅が始まっていた。

初めての佐渡。
初めての日本海への航行。
船酔い対策で速い船を選んだ。それに乗るのも、もちろん初めて。

フェリーより速い「ジェットフォイル」は、最高速度80キロほどの小さな船で、水を噴射することで船体が海面から浮いている、らしい。
自分が乗っているときに見たわけでもなく、乗っている感覚も安定しているので、あくまで浮いている「らしい」のだが、とにもかくにも、ジェットフォイルは快適だった。
フェリーより値は張るが、船酔いは旅行中の体調にかかわる死活問題なだけに、その快適さは感動ものだった。

1泊2日で、佐渡をほとんど1周した。
名所や名物はあらかた体験し、おいしいものも、苦しいくらいに食べた。
腹八分目が一番幸せと知っているのに、10まで、時には12あたりまで追い込んでしまうのが、人間の愛すべき欠点なのかもしれない。私たちは全員が目盛り10を何度も超え、でも少しすると別のものを食べては、佐渡を旅した。

弁慶のはさみ岩、と呼ばれる場所がある。
向かい合った二つの崖のあいだに、挟まった大きな岩。岩と崖との接地面は非常に小さく、少し刺激を加えれば落ちてきそうだ。

私たちは、はしゃぎながら岩の真下へと進み、このタイミングで落ちてきたら致命的だし、同行者を助けてあげることもできない、などと、ここを訪れた人の半数が考えるであろう普通の感想を持っていた。

その場所で、40代くらいの男性が一人、岩場を軽い足取りで歩きながら、様々な角度からはさみ岩の写真を撮っていた。
私たちの写真を撮ってもらいたいと頼むと、快く応じてくださった紳士。
「この岩、落ちないって有名ですよね」と話してくれたので、身近に受験生がいるのかもしれない。
私たちは、いわれなんて知りもせず、フォトスポットの一つとして訪ねてきたが、少しだけありがたみが増してくる。

紳士は、私たちが渓谷に並んでいる写真を、何枚も撮ってくれた。
それも、中年男性特有の妙な厚かましさもなく、かといって嫌々撮っているという風もなく、スマートに。

紳士はこの後、おいしいと有名なお蕎麦屋さんに行くのだとか。
そして、私たちに対して、岩のありがたみも知らずにはしゃぎ訪ねてきた面々に対して、極めて爽やかに「いい旅を」と言って立ち去った。

紳士の次の行き先は私たちの行程とは逆回りだったので、お蕎麦屋さんを訪ねることはできなかったのだけれど、旅先で出会った人と言葉を交わし、でも、あまり詮索しすぎることもなく、さらりと去るこの紳士に、美しい大人のあり方を見た。

その後も、行きたい場所、食べたいものを満喫し、帰りも再び、ジェットフォイル。
はしゃぎ疲れて、寝ているうちに新潟港に着いていた。
ふと、船から降りる混雑の中に、数時間前に出会った紳士を見つけた。
あまりにも印象的な出会いだったし、撮ってもらった写真は全員がいい笑顔をしていたからお礼を言いたいし、お蕎麦の感想も聞きたいし、話しかけようか?いや迷惑じゃない?などとコソコソ相談しているうちに、紳士はすっかり見えなくなっていた。
再びの去り際も紳士。

私たちはいい旅でした、あなたはいかがでしたか。
なんて声をかけられる大人になるには、まだまだ修行が必要だ。

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