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星屑なだれの気ままな散見

 確かにこんな情報だって世界のどこかに切望している者がいないとも限らない。
 でも結局情報なんかゴミだ。
 情報は不随意にふるえるこの身体を抱きしめてなんかくれない。

大塚英志『ロリータ℃の素敵な冒険』

 星屑なだれがあらわれたのは、その年の秋のことだ。寒暖差が激しく、夏と冬とを行ったり来たりするような落ち着きのない季節だった。星屑なだれはそんな季節のように、気まぐれにあらわれてはいつの間にか消える、秋の蜃気楼のような存在だった。そのくせ、自らの印象づけに余念がなさそうなところがあった。
 たとえばこうだ。白銀の髪を左右で二つに結び、灰黒色かいこくしょくの瞳は意志の強そうな光をたたえている。年の頃はせいぜい十七か十八というところだが、当の本人は「二十歳以上」を主張していた。身体の作りは細いが華奢というほどではなく、黒いニーハイソックスに包まれた脚の伸びやかさからも十分以上に窺えた。それだけに収まらない。真っ黒なフリルワンピースに真っ白なフリルスカートを重ねて身にまとい、ところどころにあしらわれたレースが陰影を透かしてゆれた。
 容姿をまとめるだけで二一六文字を持っていくのだから迷惑極まりない。簡潔に〝モノトーンの少女〟とでもまとめようものなら「あなたはものを表現する気がないのね」と辛辣な言葉を吐いた。実際問題として、登場人物の容姿をどこまで表現するかは書き手の自由なので、星屑なだれ一人ごときの感想に左右されるものではないのだが、それをわかっていて言うのだからたちが悪かった。
「感想は自由であるべきでしょ。誰の目にも触れる場所に作品を公開しておいて、感想を述べるななんて言うつもり? ナンセンスよ」
 星屑なだれはソールの薄い動きやすそうな靴で、高架駅のガード下に立って淡々と語った。いや、それはコンビニの前だったかもしれないし、アパートの駐車場だったかもしれない。あるいはラーメン屋の前だったかもしれないし、河原沿いの道端だったかもしれない。星屑なだれは神出鬼没で、そこがパブリックな場所ならばあらゆるところに姿を現した。小説家、詩人、歌人、俳人、エトセトラ……あらゆる文芸の書き手の前に、ただし極めて局所的にあらわれ感想と余計なひと言を述べた。
「そう、これがあなたの不名誉なるものイグなのね」
 おりしも世界の一隅いちぐうでは、BFC(ブンゲイファイトクラブ)にあやかったイグBFCの5だか6が開催されている頃だった。BFCはあらゆる文芸の書き手達が原稿用紙六枚に収めた作品で競い合う催しで、ジャッジが裁定する。そしてジャッジもジャッジされる、という基本ルールが存在するが、イグBFCには六枚以内の規定以外はなにもなかった。なんなら、イグBFC5だか6には開催要項も募集規定も存在しなかった。そんなことだから、星屑なだれのような勝手気ままするやからが出てきたのかもしれない。なんでもイグと言えば済むはずはないのだが、イグBFCに限るならどの作品もその場に出すことがすなわちイグの自称と自覚している(まさかその自覚のない参加者はいまい)ためおおよそ問題なかった。
 あらゆる作品に寄せられる感想は希少である。たとえ書き手が「読みました」だけで良いと思っていても、多くの読者はそれすら言わない。結果、多かれ少なかれ書き手は感想に飢える。星屑なだれはその飢餓感を突いた。
 星屑なだれの感想は「読みました」にはじまり、「これがあなたのイグなのね」で終わるという。伝聞推定なのは星屑なだれが感想を書き残そうとしないからで、その存在は感想を受け取った書き手達の間で暗黙のうちに共有されているらしい。「ファイト・クラブのことは決して口外するな」を真似たつもりなのだろうか。
「わたしは秘密の存在になんてならないよ」
 星屑なだれは駅のベンチに座り、すらりとした脚を組み替えながら笑った。小癪なことに愛嬌のある笑みであった。だが、同時に得体の知れなさを秘めており、どこか胡散臭かった。
 こんな話がある。星屑なだれのその少女めいた姿だけを切り取り、アプローチをかけた男がいた。星屑なだれはのらりくらりとかわしていたが、この男はかわしきれないと見るやスカートをつまんであでやかな笑みを浮かべた。
「ごめんね。わたし、ついてるの」
 この言葉の意味を汲めないのならば、蹴りを食らわせるしかないであろう。けれど、星屑なだれは面倒が嫌いだったので、それだけ言うと一瞬の間をついて姿をくらますのが常だった。なお、星屑なだれについて〝彼女〟の三人称を用いない理由がこれである。
 さて、この話を聞いて色めきだった書き手がいるらしいのだが、多くは語るまい。ただそのうちの一人である書き手A(匿名性を担保するために仮称とする)曰くこうである。
 ——あれは人の姿をした現象だよ。僕達が感想に飢え過ぎるあまり作り出してしまったかりそめの感想人なんだ、きっと。
 なるほど、なにを言っているのかわからない。
「でも、言いたいことはわかる気がする。感想人なんて存在を作り出してまでも感想が欲しかった、ということじゃないの」
 星屑なだれはステーションピアノを背にしてうそぶいた。誰とも知らぬ弾き手がglobeの『FREEDOM』を弾いていた。星屑なだれは歌詞を口ずさんでいたが、フルできっかり歌い終えると踵を返した。
「そろそろ行くね。欲しがりさんの誰かのところへ。もしかしたらあなた、、、かもしれないね」
 レイヤードスカートがひるがえし、人混みの中に星屑なだれは消えていった。はらり、と一枚の紙がその場に落ちる。短くこうあった。
 ——すべての書き手と感想人に祝福を。

 というのは、すべて嘘であり、本当のことなどないのでなにも期待しないでください。

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