お針子リリーと鰯とポレンタ
それは昔話に出てくるような、小さな愛らしい家だった。ヴェネツィアのサンマルコ広場の東側に位置する、下町の長屋の一角。そこに老夫婦が住んでいた。洋服の寸法直しの内職をしているリリーと、だんなさんのアルヴィーゼだ。
リリーを訪ねたのは、少し長すぎる上着の袖を詰めてもらうためだった。結婚してヴェネツィアで暮らし始めたものの、まだ右も左もわからないわたしのために、姑が紹介してくれた。
「昔は縫製工場でお針子をしていたそうよ。もうとっくに引退しているけど、ちょっとした直しや裾上げは引き受けてくれる。親切で、いい人よ」
リリーの夫のアルヴィーゼが、昔、舅の父の船会社で働いていた縁で、いつかしら、服の直しはリリーに頼むことになったらしい。
会ってみて、リリーが大きいのにおどろいた。小さな家の低い天井が窮屈に見えるぐらい、上背がある。それなのに、話す声は小さい。おとなしくて、少女のようにはにかみがちに話す。
あいさつをしていると、奥から小太りの男の人が出てきた。だんなさんのアルヴィーゼだ。小男で、リリーよりふたまわりは小さい。自宅で知らない東洋人に出くわし、ぎょっとしている。リリーが「○○さんちのお嫁さん」と説明すると、ああ、と、ほっとした顔になった。
リリーの家は一階にあった。玄関を入るとすぐ居間だ。小さな部屋にソファーとテレビ、食卓、裁縫台とミシンが置いてあり、その隅っこに申し訳程度の小さな台所がついている。その奥が寝室らしい。
住める土地が限られているヴェネツィアは小ぢんまりした家が多いが、それにしてもミニサイズの家だった。が、猫の額ほどの庭があり、ガラス窓を通して花や緑、青空が見える。それであまり狭さが気にならない。
リリーは早速作業に取りかかった。わたしに上着を着せ、長すぎる袖を少しつまむと、待ち針で止める。「これでどう?」たった1センチほどのことだが、ずいぶんすっきりする。うなずくと、リリーは袖のつまんだ部分をざっと仮縫いした。
ふと目を窓の外にやると、アルヴィーゼが庭で草むしりをしている。そこにスズメが一羽やってきて舞い降りた。
「ありゃ、お友だちが来たよ」
リリーはほほえみ、台所の棚からパンのかけらを取り出した。窓から「ほら」とアルヴィーゼに手渡してやる。アルヴィーゼはパンをほぐし、慣れた手つきでスズメに与える。窓越しにそれを見ているリリー。
ふたりのたたずまいの、どこか浮世離れした静謐さに、メルヘンの世界にまぎれこんだような気がした。
以来、何度かお世話になった。いつ訪ねても、ふたりはおだやかに迎えてくれる。
リリーとアルヴィーゼはそのころ七十ぐらいか。当時三十を超えたばかりのわたしとでは世代もちがうし、ふたりが話すヴェネツィア弁がよくわからないこともあり、たいした話はできない。
日本ではまだみんなキモノを着るのか。キモノはどうやって縫うのか。ヨコハマは大きな港なのか…。気を使ってそんな質問をしぼり出してくれ、多少の会話は成立したものの、その程度だ。
ある日の夕方、舅のお使いで、頼んでいた服を取りに行った。家の前に来ると、焼き魚の香ばしい匂いがする。呼び鈴を押すと、しばらくしてリリーがナプキンで口を拭きながら出てきた。
ごめんなさい、食事中に…。恐縮しながら中に入った。でも、まだ6時。イタリアでは晩御飯は8時ぐらいからが普通だが、老夫婦は夜が早いのかもしれない。あやまりつつも、目は、いい匂いのする食卓に惹きつけられる。
山盛りの焼き鰯。そのとなりに、大きな黄色い鏡餅のようなものがこんもりと盛られている。一部、切り取られた部分は、それぞれのお皿で鰯とともに食されている最中だ。
ポレンタ?と聞くと、リリーがうなずいた。
ポレンタは北イタリアでよく食べる食材で、とうもろこしの粉だ。水で煮てお粥状にしたり、固めに仕上げたものを切って食べる。
それまでも食べたことがなかったわけではない。が、レストランでつけあわせとして供されるそれは、小さな一片で、まるごとのポレンタを見たのは初めてだった。炊きたてのご飯にも似た、ほっこりとやさしい匂いが食欲をそそる。
おいしそう…。鰯とポレンタに目が釘付けのわたしに、リリーは、
「そんなに見ねえでおくれ。たいしたもんじゃねえんだから」
「ううん、すごくいい匂い。こんなまるごとのポレンタを見るのは初めて。家庭ではこうして食べるものなの?」
「知んねえ」
リリーはもごもごとつぶやき、料理を隠すかのように食卓の前に立った。アルヴィーゼも咀嚼をやめ、バツが悪そうにしている。
それを見てハッと我に帰り、
「ごめんなさい、お食事中に。服のお直しをありがとう。では失礼します」と、あわてて退散した。
その晩、舅に服を届け、ついでに晩御飯をよばれた。舅と姑、わたし、夫、そして夫の妹が食卓を囲み、リリーとアルヴィーゼの話題になった。
姑が「リリーはやさしいでしょう?アルヴィーゼも感じがよくて」というと、義理の妹が「ほんとにかわいらしいノミの夫婦よね」と相槌を打つ。わたしもうんうんとうなずき、さっき見てきた食事の風景を語った。
「ふたりが食べていた鰯とポレンタが、すっごくおいしそうだったんです。ちょっとぐらい味見させてくれるかと思ったけど、させてくれなかった。リリーに料理を隠されちゃった」
ふざけ気味に話していたら、舅がわたしを軽くにらんだ。そしてちょっとあらたまった口調で、
「ふたりは静かに暮らしてるんだ。そっとしておいてあげなさい。もう遅い時間に行っちゃだめだよ」
え…?
突然のお叱りに面食らった。どうしてわたしが怒られるの? そもそもお義父さんのものを取りに行ってあげたのに、それもちっとも遅い時間じゃなかったのに…。
むっとして黙り込んだわたしを、舅がちらっと見た。舅はグラスを置き、くわしいことは知らないが…と前置きをし、語り出した。
「ふたりとも孤児だったと聞いている。親に早く先立たれ、苦労したそうだ。ファシズムが台頭し、世界恐慌が起きたころに子どもだった世代だ。ふたりに限らず、つらい思いをした子どもたちは多かった。食うや食わずだったとアルヴィーゼに聞いたことがある。ゴミ箱をあさったり、道端に落ちた食い物の欠片を拾って食べたりね」
わたしはおどろいて顔を上げた。想像もつかなかった。リリーとアルヴィーゼのおだやかなたたずまいの裏に、そんな過酷な子ども時代があったとは…。
「アルヴィーゼは造船所で、リリーはお針子として一生懸命働いた。幸い、彼らはおたがいにとってのanima gemella(魂の伴侶、ソウルメイトのこと)を見つけることができた。時間をかけて、自分たちの力だけで地に足のついた暮らしを作り上げた。立派なひとたちだ…」
みんな黙って聞いている。舅はつづけた。
「ポレンタはね、きみが思っているような食べ物じゃないんだ。昔は貧しい庶民の食べ物だった。特に戦前はそうだ。ポレンタでなんとか命をつないだ人も多かった。今でこそレストランで洒落た盛り付けで出されるようになったけど、それはごく最近のことなんだ」
「……」
舅の話を聞き、リリーのポレンタに大げさに感心し、味見したいなどとのん気に思った自分が恥ずかしくなった。ポレンタが意味するものは、リリーたちとわたしではまったくちがうのだ。
自分たちにとって命綱だった食べ物、普段のつつましい食事を、突然、外からやってきた外国人にじろじろ見られ、さぞ困惑しただろう。リリー、アルヴィーゼ、ごめんなさい…。
わたしが神妙な顔になったのに気づいた舅は、
「心配しなくていい。きみが知る由もないことだからね。ただ、そんな事情もあって内気な人たちだから、そっとしておいてあげてね」
黙ってうなずいた。
隣でしんみり話を聞いていた義理の妹は、そういえば、と口を開き、
「ふたりはあんなに仲がいいのに、子どもはいなかったの?」
舅はため息をひとつつくと、
「リリーが身ごもった、とふたりが大喜びしたときがあった」
義妹と夫は初耳だったようで、おどろいた様子で舅を見た。
「もうかなりいい年になってからのことなんで、リリーもアルヴィーゼも飛び上がって喜んだ。まわりもめでたいニュースに沸いた。ところが、調べてみるとまちがいだった。リリーは若いころにかかった結核が原因で、子どもを望めないからだだとわかったらしい」
一同、し〜んとなった。
苦労人のふたりが中年になって、ようやく子宝に恵まれた。天にも昇る思いだったろう。それが一転して、子どもは望めないことが判明した。想像するだけでつらい、どんでん返しだ。
そういえば、リリーに「プテオ?」とたずねられたことがあった。プテオとはヴェネツィア方言で子どものこと。つまり、子どもはまだ?とたずねられたのだ。
まだよ、と、無頓着に答えたものの、リリーの口から発せられた、プテオという言葉の響きが印象に残った。リリーはその言葉を、まるで大切な宝物かのように、そっと発したのだ。乱暴に口にするとバチが当たるとでもいうように…。
そのリリーの心情に思いを馳せていると、黙って話を聞いていた夫が突然、いらだたしそうに口を開いた。
「こういう正直な、まじめに生きてる人間がそんな目にあうなんて、やっぱり神はいないな」
その、神さまを冒涜するような物言いに、舅と姑はいやな顔をした。
夫は根はやさしい人なのだが口下手で、つい、こういう乱暴な言い方になってしまう。神さまのことは実は信じていると思うが、教会は嫌いで、挑発的な批判をくりかえす。それでよく家族のだんらんに水をさす。
舅は話が不穏な方向になるのを察して、口を閉ざしてしまった。それで、リリーとアルヴィーゼの話は終わってしまった。
その後、いつのまにか、リリーのところには行かなくなった。働き始めて忙しくなったのもあるし、ヴェネツィアにもZARAやH&Mといった店ができて、服とのつき合い方が変わったことも大きい。それまでのように、服のサイズや身丈を微調整しながら長く着る、ということが減ったのだ。
最後にリリーとアルヴィーゼに会ったのは、大きめの高潮で街が冠水した翌朝だった。
リリーたちの家の近くに用事があり、たまたま家の前を通りかかった。戸口が開いているのでのぞくと、ふたりが黙々と家のなかを掃除している。
こんにちは!ご無沙汰してます、と声をかけると、ふたりは手を止めて顔を上げた。そして、久しぶり、とほほえんだ。大女だったリリーだが、腰が曲がり、アルヴィーゼとの身長の差が少し縮まったようだ。ふたりとも前より白髪としわが増えた。が、元気そうだ。
家の中に入ると、マットが窓に干してあり、床が泥で汚れている。昨日の高潮で浸水した後、水は引いたが、水がもたらした泥や細かい屑が残っているのだ。
「うわっ、昨日の浸水で入ってきちゃったんですか?」
「そうさね。毎度のことさ」。リリーは淡々と答える。
確かにヴェネツィアでは高潮は毎度のことだ。そのため、浸水の被害を受けないよう、居住スペースは二階以上に設けられていることが多い。が、リリーたちのように一階に居住する人たちもいる。そうすると、大きめの高潮が来ると、居住スペースに水が入ってきてしまう。戸口のところに金属のパネルを立て、水と漂流物の侵入を防ぐようにしてはいるものの、ある程度入ってきてしまうのはどうしようもない。
「大変だから手伝います」
「いい、いい。どうってこたないから」
「いや、ふたりじゃ無理ですよ。手伝わせてくださいな」
「いんや、いい。今までも自分たちでやってきたから」
何度か押し問答をして、結局手伝わせてもらえなかった。後ろ髪を引かれる思いでおいとましたが、数歩行って、やはり心配でふりかえった。
リリーとアルヴィーゼは、ゆっくりではあるが手慣れた動作で、せっせとゴミを掃き出したり、床を拭いたりしている。その額は汗で濡れている。
ふたりの様子を見ていて、ジーンと来た。なんだかおごそかな気もちになった。こうして浸水のたび、黙って、ふたりで片付けてきたのだ。
リリーも、アルヴィーゼも、苦労して育ったせいか、めったなことで愚痴や文句を言わない。多少のことでは騒がないし、困難や不条理にも声高にあらがうことをしない。
しかし決して屈服しているのではない。静かだが不屈の精神があり、どんな試練にも立ち向かってきた。
ふと、空が明るくなった。さっきまで空を覆っていた雲がはけたようだ。
中のそうじはひと段落ついたのか、リリーがほうきを片手によたよたと表に出てきた。
玄関先に立つと、空を見上げる。ああ、お日さまが出てきた。そんな表情で、気持ちよさそうに目を閉じる。そしてひと息つくと、外を見やった。その視線が、数歩先にいるわたしをとらえた。
まだいたのか、と、リリーは一瞬、あきれ顔になった。それが柔和な苦笑いに変わり、やさしい手ぶりで、もう行けと合図する。その大柄なシルエットに、秋の澄んだ光がふりそそぐ……。
泥に汚れた路地のなかで、そこだけが清らかに輝いて見えた。