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古今東西刑事映画レビューその17:ミスティック・リバー

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2003年/アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
出演:ショーン・ペン(ジミー)
   ティム・ロビンス(デイヴ)
   ケビン・ベーコン(ショーン)

 クリント・イーストウッドの関わる作品を取り上げるのは、彼の主演作“ダーティー・ハリー(’71)”に続き2回目になる。ただし、こちらは監督作だ。
 俳優として、また監督として、ほぼ毎年のように作品を送り出し、ハリウッドに大きな足跡を刻んでいるイーストウッドだが、彼が手がけた作品に通底しているのは(いくつかの例外はあるにしても)、「ひとりの人間の中にある正義と悪」を描くというところではないか。そう筆者は考えている。
 一見、相反する価値観に見える「正義」と「悪」。しかし、それらを同時に心の中に抱え、時に正義に傾き時に悪に傾きながら生きているのが、我々人間と言う生き物なのではないか。
 “許されざる者(’92)”でジーン・ハックマンが演じた、ならず者たちを苛烈な方法で罰する保安官。“J・エドガー(’11)”の主人公で、FBIの初代長官であり、連邦の正義を遂行する立場にありながら常に疑惑の渦中にいたジョン・エドガー・フーヴァー。信念のために法を犯すことも辞さない男たちの姿を通じて、クリント・イーストウッドは、正義とは何か、悪とは何処からやってくるのか、と言うことを問いかけ続けているように思える。
 この“ミスティック・リバー”もまた、そのテーマに連なる作品だ。
 ジミー、デイヴ、ショーン。3人の男が主人公である。彼らはボストンの下町に育った幼馴染だった。しかし彼らが11歳の時、3人で遊んでいたところを、デイヴだけが通りすがりの男たちに連れ去られてしまう。数日後、デイヴは無事発見されたが、男らに性的な虐待を受けた彼の心には、決して消せない傷が残ってしまった。その日以来、少年たちは疎遠になり、再び会うことは無いかのように思われた。
 しかし、それから25年経ったある晩。彼らはあの記憶を胸の奥にくすぶらせたまま、再会を果たすことになる。
 ジミーの19歳になる娘、ケイティが、何者かに殺害された。ジミーの妻の従妹と結婚しているデイヴは、娘の葬儀を通じてジミーと顔を合わせ、友情を甦らせる。幼馴染の最後の1人・ショーンは、刑事としてこの事件を捜査することになった。相棒のホワイティ(ローレンス・フィッシュバーン)と捜査を進めていくうちに、ショーンは事件当夜のデイヴの行動に疑問を抱く。一方、地元の仲間たちと、独自に娘を殺した犯人を捜していたジミーもまた、デイヴの妻から、デイヴが事件の晩に血だらけで帰宅したことを告げられる。ジミーはデイヴをおびき出し、娘を殺したのかを問いただすのだったが……。
 ジミー、そしてデイヴ。彼らを突き動かすものは、決して邪な思いではない。だが、それは法を逸脱している。果たしてそれは、正義なのだろうか。それとも悪なのだろうか。人間は己の行いの規範をどこに求めるべきなのだろうか。信念だろうか。法だろうか。“ミスティック・リバー”で語られるのは、そんなことだ。そしてそれは、イーストウッドが我々に、ずっとずっと伝えようとしてきたことだ。
 ショーン・ペンとティム・ロビンス、2人の俳優の演技が、話中の人物たちに説得力を与えている。凶行によって娘を奪われた男・ジミーの混乱と怒りを演じたショーン・ペンと、過去のトラウマを乗り越えきれず、幼時の思い出に苦しめられるデイヴ役のティム・ロビンス。彼らはともに、第76回アカデミー賞の主演男優賞と助演男優賞に輝いた。
 また、切れ者刑事に成長したショーンを演じるケビン・ベーコンも素晴らしい。ショーンには、主役の1人として物語の歯車を回す一方で、刑事として事件を俯瞰することによって、被害者のジミーとも被疑者のデイヴとも違う、第3の視点を観客にもたらす役割が与えられている。ケビン・ベーコンはこの難役を実にスマートに、印象深く演じている。
 脇を固める俳優陣も、ローレンス・フィッシュバーンや、ローラ・キニーなど、派手さはないが確かな演技力の持ち主ばかりだ。イーストウッド好みの渋いキャスティングである。
 個人的に、クリント・イーストウッドの作品は、「監督・出演作」よりも「監督作」の方がより面白く感じられる。彼本人が役者として出演すると、彼の役柄がよりヒロイックに演出され、人間の持つ弱さや愚かさの描写が弱まってしまうような気がするからだ。それが本作の場合、監督に徹することで、登場人物を良い意味で突き放すことが出来ている。
 サスペンスタッチではあるが、事件の謎解きや犯人を追い詰めると言ったことよりも、不幸な事件に巻き込まれた男たちの苦悩に焦点が当てられている。鑑賞後にはずっしりとした重たさが心に残る。そんな、見応えのある秀作である。

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