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催眠概念仮説についてざっくり語る

現代の神経科学的見地から催眠現象を考えた結果、1つの仮説が生まれました…って話は前からしていますが、それを今回は軽くまとめてみました。

催眠概念仮説の話

催眠現象はその人のもつコンセプトから発生するという仮説を立てました。

催眠概念が構築されることで催眠が経験されるという考え方です。

状態論と非状態論

催眠概念仮説を採用することで。この両者の論争に終止符を打つことが出来るんじゃないかと思っています。

結論から言うと、どちらも正しく、どちらも間違っています。

まず、状態論としては脳の特定の部位が反応することによって催眠状態という特殊な状態が起こるって考え方(ちょっと偏っていますが…)ですが、情動と同じで知覚はそもそも脳や身体に特定の指標があることの方が稀であるため、いくら探してもそんな証拠は見つかりません。

逆に、非状態論は催眠状態などは存在せず、通常の心理現象として催眠が起こるのではないか?という考えですが、やはりこれも反証が上がっています。まず、思い込みや記憶の再現と比較しても催眠現象はやはり心理的プロセスが違うという研究結果が出ているため、非状態論的な考え方では説明が付きません。

もっと、分かりやすいことを言うのであれば、情動に関する指標は絶えず変化するため特定できない、つまり存在しないわけですが、それは情動が存在しないことを表すのでしょうか?

自分に感情(感情は気分+情動)が無いと思いますか?思いませんよね?

脳や身体に指標がないから存在しないということはなく、情動は存在しています。リサ・フェルドマン・バレット氏は社会的現実として存在すると言っていますが、催眠状態も同じ様に社会的現実として存在すると言えるはずです。

一応、脳の前帯状皮質に変化が起こるため、これが催眠の指標になるのでは?という研究もあります(色がなくなる実験やストループ効果を使った実験)。
ただ…これって、後天的に色覚が無くなった人はみんなそこの血流が低下している可能性がありますし、そもそも構成主義的情動理論でもインスタンス毎には特定の指標があることは否定されていません。

要は、泣いている人を分析した場合は恐らく「涙腺から分泌液が出ている」ことが観測されるはずで、それ同時に「分泌するための命令をしている脳の分野の活動が活発になる」というのも観測されるのではないかということです。

つまり、肉体的な変化が起こっている以上、それに対応する脳の活動には何らかの変化があってもおかしくないわけです。では、全ての幻覚をみるタイプの催眠現象は帯状回の血流が減るのかと言いますと、恐らく話題に上がらないため無いんじゃないかと…

また、画面を見ながら、画面と目の間に板がある(見える)という催眠現象を使った研究では、実際に画面に映った図形を読み取る際の脳の反応が遅れるという現象が報告されています。幻覚が見える被験者に限って言えば、脳の反応、活動は低下しているものの、前頭葉の一部は活発だったそうです。

これは高度な催眠現象がメタ認知に関わるということの裏付けになりそうです。
ここで着目すべきは、幻覚が見える見え無いに関わらず催眠誘導を受けた全被験者が脳に活動の低下が見られたという報告です。
それを催眠状態の指標と結論づけていますが、個人的にそれは問題だと思っています。

というのも、前回の投稿と少し関係がありますが、現代の催眠の常識と言いますか、概念として「リラックス」という状態があります。そして、全員催眠誘導を受けたことがあり、催眠現象が少ならからず起こる集団です。そりゃ、途中で一般的な催眠誘導の手順を受けたのであれば
「リラックス」した状態として脳の活動の低下が見られてもおかしくありません。

そもそも、催眠の定義自体が「暗示に対する反応性の強化を特徴とする、集中的な注意と周辺意識の低下を伴う意識の状態」ですしね?
この定義が問題だと思うのは、そういう概念だと捉えられているからこそ「周辺意識の低下を伴う」のであって、実は掛け方を工夫した上で催眠という言葉を使わなければ別の結果がでる可能性が排除できていないことにあります。

それこそ、催眠類似現象、最近で言えば「脳イキ」界隈の人をサンプルにしてみると面白いかも知れません。あれも催眠の一種と言えば一種ですが、催眠概念的考えであれば催眠とは別の概念です。つまり「催眠」という言葉や概念の影響を受けていない可能性があるため、もしかすると「脳イキ」の状態にある人は、周辺意識の低下を伴わないかも知れません。

催眠誘導で行うこと

様々な手法がありますが、究極的に催眠誘導で行われることは2つのステップです。

  1. 催眠概念を構築する

  2. 催眠概念を呼び起こす

腕が勝手に上がる催眠現象を起こす過程を例にすると…

まず、腕が勝手に上がるボディトリックを起こします。相手がそのトリックを知らない場合、「腕が意思と関係なく上がっている…何故?」と経験盲の状態が起こります。

脳は経験盲の状態を解消するために、理由を考え始めるわけですが、この際に「催眠誘導が行われている」という環境的要因と、「催眠術師の言葉のとおりに動いた」という要素を「意識とは関係なく腕が上がる現象」に組み合わせます。

これで「催眠術師の言ったとおりに腕が上がる」という催眠概念が構築されます。

次に同じ催眠誘導をする場合は、既に出来上がっている「催眠術師の言ったとおりに腕が上がる」概念を呼び起こすことで、相手の脳はこれから起こることを予測し、腕が上がるために必要な準備をします。

概念が強固であるほど、実際の感覚器刺激を無視し、概念からの予測を優先させます。その結果、「勝手に腕が上がる」現象と感覚が再現されるわけです。

他の催眠現象も同じ原理で説明することができますし、掛かりやすい人と掛かりにくい人もこの催眠概念という仮説を用いることでほとんどが説明できます。

本来であれば脳がノイズとして処理する微細な感覚刺激に意識を向けさせ、そこに催眠概念を見いださせる、構築させることでも催眠誘導を成立させるパターンもあります。特にリラックス系とかエリクソンの腕浮遊誘導とかはこのタイプです。

例えば、「10からカウントダウンしていくと徐々に力が抜けて、頭が倒れていきます」というスクリプトを使います。

そして、10から8くらいまで数えた辺りで、
「リラックスしてきました。頭が僅かに下がり、呼吸がゆっくりになっています」という指摘をします。

これ自体は相手が「力が抜ける」という言葉に対して脳がその様に反応したため、そもそも起こりやすいわけですが。反応としては本人も気が付かないくらい微細なものです。

その微細な反応を指摘し、動きや変化を自覚させるわけですが、ここで先程と同じ様に「催眠によるもの」、「術師の言葉通りの現象が起きている」に注意を向けさせることで催眠概念を作り、その催眠概念が更に相手の反応を促していきます。

催眠概念を構築するには

催眠概念を構築する要素として、まず人間そのものがあります。人間は生得的に概念を構築したり、既にある概念を結合して新しい概念を作り出すことができます。赤ちゃんが、周囲の大人の反応を見て感情や言葉を覚えるのもこの能力があるものだからと考えられていますね。

だからこそ、空想で物語を作るこができるわけで…少し話題になった「作家は経験したことしか書けないのか」って話題も元々ある概念を結合し新たな概念を構築する能力があることを考えると、経験しなくても言葉で説明を受けたり、過去の経験を置き換えることで想像することは出来て当然と言えます。

言葉の要素:

概念を構築する上で最も強力なツールは言葉です。
言葉を聞いたり単語を見たりするだけで、脳はそこから連想される概念や感覚刺激に関わるニューロンの発火を始めます。

また、この言葉の要素は、被験者の語彙力や言葉に対するイメージに強く影響を受けます。
そのため、術者は被験者が理解しやすそうな単語を選んだり、より細かい描写をすることで概念の構築を手助けすることができます

そのため、催眠誘導の前に十分な説明をすることは、催眠誘導率の上昇に寄与します。

過去の体験:

過去の体験と結合し催眠概念を作り出すことができます。
金縛りにあったことがあれば、その時の経験を基に禁止暗示は成立しやすくなりますし、誰かの話を聞いていて眠くなった経験のある人は意識が遠のくような催眠現象が起きやすいと考えられます。

また、催眠誘導をされた経験がなくとも、催眠状態に成っている人を見たことがあれば、それが経験となりある程度の概念が生まれるため、全く経験が無い人に比べると誘導率は上がるはずです。

擬似的な体験:

既に述べたように何らかのトリックなどを使い、経験盲を体験させ、それを催眠によるものだと解釈させる方法もあります。これも体験と言えます。

催眠概念に影響する3つの要素

催眠概念仮説概要.001

社会的要因、術者、被験者の3つになります。

社会的要因:

環境や社会的地位、ラポールなんかがこれに含まれます。

また社会的影響(Social Influence)はステージ催眠をやる上での根幹とも考えられています。同調圧力などを使い、観客をコントロールしているみたいな話がありますし、催眠概念仮説を適用するのであれば、そのコントロールされた理由を同調圧力ではなく「催眠によるもの」だと誤認させることができれば、催眠概念が構築され催眠状態になります。

術者:

術者の要素としてはペルソナという概念を知っていると役に立ちます。
これは説得力に影響する要素のことで、その人の外観や声、キャラクター、社会的地位などが含まれます。
社会的地位に関しては社会的要因に含められますが、外観や声、キャラクターについてはその人の要素になります。

外観は以前から言っているワンランク上の服装とか威厳の有りそうな見た目、キレイな姿勢、適切な距離感などですね。声については現代の催眠の概念から考えるのであれば、落ち着きのある声が有利です。

キャラクターはもっと、単純で最初に「催眠術師です」と名乗るかで変わってきます。

マジシャン兼催眠術師と名乗るのは下策で、先にマジックを見せると更にだめです。相手が経験盲になった際に「これもマジック?」と思ってしまうと、催眠概念は構築されず、その現象はマジックの概念としてそれが認識されます。そうなると同じ手で催眠誘導はできなくなりますし、一度そのような考えが定着してしまうと、その日はもう何が起こっても「マジックかも?」という感覚があるため、掛かりが悪くなる可能性が高まります。

もし、効率的に催眠誘導をしたいのであれば、最初から催眠をやる前提で始め、現象も催眠として説明できるものからやるべきです。

また、術者は被験者が上手く概念を構築できるような言葉を選び、適切な態度を取る必要があります。
経験によるところが大きいですが、相手をよく観察し、どのような傾向があるか、どんな概念が伝わりやすいかを常に考えるしかありません。

被験者:

概念の構築能力がどれだけあるかが重要です。

持っている概念が多い人は語彙力が高い傾向にあります。

概念の構築力はメタ認知能力に関係があり、メタ認知能力が高い人ほどより高度な催眠現象が起こると考えられます。

これについては、以前にもちらっと話していますが、特定の数字を忘れるという現象を起こすには、非常に高いメタ認知能力が必要になります。脳は通常状態を認識しつつ、意識的に異常事態である感覚を作り出すという、「意識的に何も考えない」に似た難易度の高いことをしているわけです。

ただ、メタ認知が優れている人はボディトリックに対する反応が悪い可能性が高いため、被暗示性テストの反応などはあまり良くないと予想されます。セルフモニタリング力が高い傾向にあるため、自分の身体の変化に対して日頃から敏感です。なので、ボディトリックなどを使っても「そういう現象もある」と思い、「催眠によって起こる」という感覚が起こりにくいんじゃないかと…個人差はありそうですが…

繰り返しになりますが、メタ認知能力が優れている人は、概念構築力が高いため、アプローチを工夫すれば高度な催眠現象が起こることもあります。被暗示性テストで弾かれやすい催眠に掛かりやすいタイプです。

サブスケールと催眠概念

相手が構築しやすい催眠概念のカテゴリがサブスケールの起こりやすさと関連がありそうです。同系統の現象、サブスケールが一致する現象が起こりやすいのも、近い概念ほど結合させやすいという性質で説明が付きそうですね。

ポルトガル語を話せる人がスペイン語をすぐ話せるのに似ているみたいな話です(実際にはそのまま話してもほとんど通じるそうですが…)

催眠現象の程度

起こる催眠現象の強さは、概念の構築具合によります。最初のうちは概念が育っていないため、簡単な現象しか起こりません。それから徐々に起こることを学習し、より強い催眠現象が起こる…ってのが、催眠を繰り返すことでより高度な催眠現象が起こることの正体なんじゃないかと思います。

また上述の例を出しますが、腕が勝手に上がる現象があるとして…

概念の構築初期は…

  • 術者の言葉に合わせ、腕が意思とは関係なく上がる

ここから、別の現象や高度な現象を経験することで、概念の抽象度があがると…

  • 術者の言ったとおりの体験が得られる

という概念が構築されれます。

サブスケールの円の内側に入ると他の現象が起こりやすい理由もこれで説明がつきます。

つまり、催眠誘導をする際に気をつけることは2つになります

催眠概念を用いて誘導を効率化する

  • サブスケールを考える

  • 具体的な事象から抽象的な指示へ

この2つを意識することで、概念構築が促され、最終的に「術者の言ったことが現実になる」という催眠状態の極地に届くんじゃないかと思います。

追記:

具体的な事象から抽象的な指示へってありますが、催眠の概念をより抽象化するために必要な手法は2つあります。

  1. 催眠現象を徐々に高度なものにしていく

  2. 様々なカテゴリの催眠現象を経験させる

古典的アプローチでは、硬直から始め最後に負の幻覚まで6種類の現象を起こすのも、実は理にかなっていたんじゃないかと思っています。正の幻覚が起こるまでに、禁止、運動、認知・知覚、忘却と4種類の催眠現象が起きているため、その過程で「あれもこれも催眠によって起こる」とか「術者の言葉により様々な体験が引き出される」という概念が構築されることになります。

ちなみに、硬直は現在では1つ目に持ってくるのに効率が悪い、ステージ向けの現象とよく言っていますが、実は昔は1つ目に起こってもおかしくなかったのでは?という考え方もあります。(詳しくは前回の投稿を見て下さい)

あくまで仮説です!

そう!ここまで長々書いていますが、これ仮説なんですよ!
私は研究機関にいるわけではありませんし、ここまで述べてきたことを検証する術がありません\(^o^)/

ただ、ベースがそこそこ信頼できる神経科学の研究結果であることや、矛盾が少ないことから、ある程度の信憑性はあると考えています。

結局の所、以前から言われている「催眠術のコツ」みたいな話がほとんど正解だったのでは?みたいな落ちでもあります。

概念の構築には、語彙力と影響力が大事です。前者に関しては小説を読むことで増やせますし、後者についてはまんまなタイトルの本とかがあるのでそちらを参考にすると良いと思います。


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