共同研究を活用したマーケティング分析 トライアルならではの実験環境(前編)
トライアルグループでは先に紹介した宮若プロジェクトをはじめ、地域や大学、各メーカー等との横連携に積極的に取り組んでいる。今回は株式会社トライアルカンパニー・サントリー株式会社・慶応義塾大学 経済学部 星野ゼミによる共同研究の事例として、サントリー株式会社から発売されているビール商品「パーフェクトサントリービール」の販促に関する取り組みを紹介していく。その詳細について、慶應義塾大学 経済学部 教授の星野崇宏さんとサントリー株式会社 ショッパーマーケティング担当寺井夏子さんにお話を伺った。
共同研究の背景
トライアルと星野ゼミは前々から繋がりがあった。トライアルの使命として掲げている”日本の小売を良くする”という考えのもと、トライアルの店舗を大学研究における実証実験の場としてこれまでも提供してきていた。
星野さん
「トライアルさんとは10年近く共同研究を行ってきています。元々は私の研究室の学生がトライアルさんでデータ分析等のバイトをしていたというのがきっかけでした。またゼミの卒業生で食品メーカー志望の子がサントリーさんに就職したなどということもあり各社との交流が深まっていき、皆さんと何度かやりとりをしていくうちに共同研究をしましょうというお話になりました。
普段我々のゼミではオン・ザ・ジョブトレーニングという形で研究を進めることが多いのですが、企業の研究者と学生がせっかく参加するのであればということで、今回は学知に基づき先行研究があるテーマを活用していくのが良さそうという方向になりました。その上でサントリーさんのニーズをお伺いしていくうちに、パーフェクトサントリービールの話が出たのです。
パーフェクトサントリービールの商品特性を踏まえゼミ内で議論を行っていった結果、先行研究として存在していた”ライセンシング効果”と結びつけられそうということが見えてきて、ゼミの3年生が主体となって研究を進めることになりました。」
ライセンシング効果とクレンジング効果
星野さん
「ライセンシング効果とは、例えば野菜やトクホ食品などいわゆる”体に良さそう”なもの”を買うと、反対に高カロリーな食品やお酒を購入しても良いと判断する傾向のことです。「身体に良いものを買ったからこそ、高カロリーでギルティな食品を買う権利=ライセンスを得た」という考え方としてこのような名前で呼ばれています。サントリーさんの社内では”免罪符消費”という言い方をされているそうです。
反対に、お酒や高カロリーな食品を買った際に、体に良さそうなものを買うことで帳消しにしようという傾向をクレンジング効果と呼びます。
パーフェクトサントリービールはビールでありながら糖質ゼロという健康訴求を行っていたことから、油ものやスナック菓子など一般的に体に良くないというイメージがつきやすい商品を買う人にとって刺さるのではないかという仮説を持ちました。そこでトライアルさんの顧客データを活用し、該当商品の購入者を識別の上、新しいターゲティングや訴求を行っていくという方向で進めていきました。
パーフェクトサントリービールは、これまでは先に述べた通り「糖質ゼロ」という機能性を全面に押し出していましたが、今回はライセンシング効果に基づいて「うまいものを我慢しない」という訴求を新たに考えました。
その訴求に基づいた動画をトライアルさんの店舗内のサイネージで放映したり、店舗で使われているスマートショッピングカートに搭載されたタブレットの画面を利用してABテストを行いお客さんの反応率の違いを見るなど、様々な検証を重ねていきました。」
寺井さん
「この実験の結果はサントリーの社内的にも非常に大きな影響をもたらしました。スマートショッピングカートのテストでは「うまいものを我慢しない+ポイント付与」の訴求と「ポイント付与のみ」の訴求の2パターンでクリエイティブを用意したのですが、前者のパターンは社内的にターゲットユーザーとして注目している60代男性の新規購入比率がUPしたことがわかりました 。
【A:うまいもの我慢しない&ポイント】
【B:ポイント訴求のみ】
また「トクホ商品を購入する層」「肉・スナック菓子などギルティな商品を購入する層」とそれ以外の方々でグルーピングを行い、購入意向にどのような差が見られるかも分析したのですが、トクホ商品購入層とギルティな商品の購入層にはいずれも新訴求が非常に刺さり、購入率の大幅な上昇が見られました。バラでの購入よりもケース購入の方が上昇率が高かったのも新たな発見ですね。
※RetailAIのデータ/サントリー株式会社様の資料をもとに筆者作成
「うまいものを我慢しない」という訴求は当初今回の実験対象であるトライアルさんの店舗のみで使用していたのですが、今ではTV CMを含めたパーフェクトサントリービールのほとんどのプロモーションに食事を絡めたメッセージを取り入れています。他商品においても、今回の研究結果を水平展開して活用できないかという議論も進んでいるところです 。」