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お料理ですか? いいえ、お灸です♫【隔物灸】

今回はお灸の中でも特殊灸法のひとつ「隔物灸」をご紹介します。
字の如く灸を物で隔てるのですが、この隔物には「しょうが、にんにく、塩、味噌、びわの葉etc」を用い、おなかや腰、痛みを感じる部位に施灸したそうです。

生姜スライス

「えっ 食べ物やん!」これだけでも面白いですよね?
私もこれまで隔物灸をやったことがなかったのでワクワクしました。

ここからは隔物灸がどんな効果を発揮すると考えられ発展していったのか、授業でいただいた資料をもとに、できるだけお灸に触れたことがない方にもわかりやすいよう編集しました。大ボリュームですがよろしければご覧ください。

※お灸とは患部や経穴にもぐさをのせ、火をつけて温熱刺激を加える療法をいいます。詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。


人々は隔物灸に何を求めたのか

生姜灸(おなか)

隔物灸の目的と効果

日本においては中世以降数百年にわたって隔物灸が行われてきましたが、生姜、大蒜、附子等に代わる植物・生薬が見いだされ、生き残ることはありませんでした。人々は隔物灸に何を求めていたのでしょうか。

繰り返しになりますが、隔物灸に用いるのはしょうが、にんにく、塩、味噌、びわの葉etcです。古の書物に著された生姜と、記載のない大根。一体なぜ?

現代実験における比較では、生姜と大根で温度特性に差はなかったそうです。
しかし、どの書物にも「大根灸」が存在しないことから、人々は温度作用よりも成分の薬理作用を期待していたことが想像されます。古来より隔物灸が多くの場合、皮膚疾患に使われてきたのも薬理作用を期待ことだったと推測されます。

温熱効果

皮膚に直接すえる透熱灸の施灸温度は米粒大で約70~75°C、半米粒大で約50〜60°C程度です。

現代のように教育を受けた国家資格者(きゅう師)がすえることがなく一般の方がすえていた時代、また精製度合いの高い艾を入手しにくかった時代には、強烈な艾の熱さを緩和する方法としても隔物灸が行われてきたと考えられます。
現代でも成書には『温和な刺激効果が期待できる』(『図解 鍼灸臨床手技マニュアル第2版』)とされています。

しかし、実際の隔物灸は、隔物の含有水分量、皮膚水分量、切片の厚さ、艾の密度、質や量に影響され、透熱灸よりも強い熱刺激を与え得ることが指摘されています。

水分を介した熱刺激を湿熱といいますが、水は比熱*が大きいため熱刺激が長時間続きます。隔物灸として用いられるものの中では、特に生姜は水分が多いため留意しなければなりません。

*比熱:1グラムの物質の温度を 1K(1°C)上げるのに必要な熱量(日本大百科全書より)。
比熱値:水は 1cal/g・Kに対し、金属は0.02~0.3cal/g・K。金属の比熱は水より圧倒的に小さい。
水は金属より熱しにくく(多くのエネルギーが必要)、冷めにくい特性を持っています。

各隔物灸の特徴

ここからは隔物灸に用いる中でも生姜、ニンニクの特徴についてみていきますよ!

生姜灸

生姜灸×手首の痛みを感じる部位に

まずはショウガ!
下記について簡単にまとめると、生姜は多く水分を持っているため温度上昇は比較的ゆるやかです。ただし、皮膚に触れる温度は透熱灸と変わりません。
含有成分にショウガオール等が含まれており、以下の効果が期待できます。

  • 抗酸化作用……老化は細胞の酸化によるものだと考えられており、酸化を抑制することから老化防止としての作用を持ちます。

  • 抗炎症作用……身体各所の炎症を防ぎます。炎症は皮膚等に限らず、体内の臓器や消化管等でも内因、外因的に起こっています。

  • 体熱産生作用……身体をポカポカあたためる作用です。生姜湯とか私たちの身近に生姜がありますよね。

①熱の種類:湿熱
②温度特性:
・温度上昇:比較的ゆるやか*。皮膚温度、皮下温度は透熱灸と変わらず(50°C)。
・熱刺熱時間:透熱灸、大蒜灸よりも長い。
③含有成分:ジンゲロール、ショウガオール
④薬理効果:
・医学、栄養科学的/抗酸化作用、抗炎症作用、体熱産生作用
・現代鍼灸/腹痛、下痢、関節痛、鎮痛
⑤特徴:
生姜は水分を多く含むため、温まりにくく冷めにくい特性があります。低温であっても長時間の施灸で火傷の危険がありますので注意が必要です。

<参考:先行研究>
*先行研究(1)/2g、底辺直径1.5cmの温灸を厚さ2mmの生姜上で燃やした時の皮膚温度は約70°C
同、3mmの生姜上、皮膚温度は50°C
*先行研究(2)/2g、高さ2cm、直径2cmの温灸を厚さ3,5,7mmの生姜上で燃焼
3,5,7mmの最高温度は63°C,47°C,36°C

先行研究より


大蒜灸(だいかくきゅう)

ニンニクを切ると臭うのはアリシンという成分!

ニンニク灸です!
生姜に比べ水分が少ないため温度上昇がやや速くなります。
含有成分のひとつ目はアリシン。ビタミンB1を増強してくれる成分で、空気に触れるとプーンと臭う、それがアリシンです。ニンニクの臭いの元ですね。ニンニク注射や栄養ドリンク(アリナミンVとかね)が期待する滋養成分です。

ちなみにビタミンB1が不足すると脚気という病気になります。ふたつめはスコルジニンで、こちらは抗酸化作用、そして疲労回復作用があります。医学、栄養化学的にも抗菌・抗真菌作用、また抗コレステロール作用があるそうです。

※ビタミンがヒトの身体に不足するとどんな影響があるのか、こちらの記事もご覧ください。

①熱の種類:湿熱
② 温度特性:
* 温度上昇/生姜灸よりやや速く高い(水分が少ないため。逆に下がりやすい)。大蒜上の連続施灸で温度が上昇する。
* 熱刺激時間/透熱灸より長く、生姜灸よりも短い。
③含有成分:アリシン(V.B1 増強)、スコルジニン(抗酸化作用、疲労回復作用)
④ 薬理効果:
* 医学、栄養科学的/抗菌・抗真菌作用、抗酸化作用、血管拡張作用、抗コレステロール作用、V.B1 增強作用、疲労回復作用
⑤特徴:感染性の皮膚疾患(癧、癤、瘰癧、肺結核、咬傷等)に対し、短時間で強い刺激を与える場合に有効。
例)癰(りょう:毛根部の細菌感染)
  瘰癧(結核性リンパ節炎)

抗真菌作用の例として、足の指の複数のイボのうち、ひとつに大蒜灸を施灸すると、数日後他のイボも続けざま取れた事例が確認されているそうです。

また、明治〜大正期の軍医でもあった森鴎外は、戦中なぜ多くの兵が死ぬのか原因がわからなかったのだそうです。疫病なのか、ウイルスなのか……。
答えは今回触れたビタミンB1不足による脚気ということが、現在ではわかっています。


隔物灸に関する著書

灸がはじまったのが2200年前とされており、そのなかで約1800年間、灸法の一種として隔物灸が行われてきました。ちなみに鍼がはじまったのが2000年前とされているため、灸療法の方が古いこととなります。ここからは、隔物灸にまつわる著書とともに、歴史を振り返っていきましょう。

さかのぼること紀元3〜4世紀、中国の書物『肘後備灸法』(ちゅうごびきゅうほう)が隔物灸の「最初の記載」です。

著者の葛洪は晋の道士、神仙術家、医家。不老長寿、錬金術、死人の蘇生など、まじない的な研究をされていたのだそうで、亡くなった方にお灸を据えると生き返らせるのでは……とこの頃は真剣に考えられていたのだとか。

「肘後備灸法」(紀元3〜4世紀刊、葛洪著)

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前述の経験をもとに『肘後備灸法』は一般向けに分かりやすくまとめ、救急でできる治療法を紹介しています。肘後備灸法とは肘の後ろに備える、つまり小脇に挟んで困ったらいつでも開けるよねーって意味らしいです。現代でいうところの救急ハンドブック的に広く発刊されていたのだそう。

そのなかには灸法が多く紹介されているのだそうです。隔物では蒜(サン。にんにく)、塩、椒(ショウ。胡椒、しょうが)などが記載されていたのだそうです。

「医心方」(984年刊、丹波康頼著)

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平安時代編纂の日本最古、最重要の医学書で、1984年には国宝指定されています。
著者の丹波康頼は中国帰化人の子孫で鍼博士。丹波家は代々天皇家、将軍家の医家であり、俳優の故丹波哲郎はその子孫にあたるのは有名です。

医心方は100種以上の中国の古典から、日本の風土や体質にあったものを取捨選択して再編されたもの。「論理より実用」陰陽五行説、脈論などを排し、経穴の部位と主治、養生を重視されたのだそうです。

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そして、医心方は天皇の繁栄のために製作された経緯があることから、歴史に翻弄された著書ともいえます。丹波氏(多紀氏)と和気氏(半井氏)は宮廷医家の2大勢力として地位を独占していたことから、下記の出来事があったのだそうです。

  • 1554年 正親町天皇は治療に失敗した丹波多紀家から医心方を取り上げ、和気半井家に下賜

  • 1855年 幕命により 300年ぶりに多紀家へ貸し出される

  • 1906年 日本医史学会が初出版したものの、発禁処分*に

  • 1982年 半井家は原本を国に提供し、国宝

*発禁処分の経緯:前述のとおり医心方は天皇の繁栄のために製作されたもの。その中には子孫を残すべく房中術(性生活)についても多岐に渡り著されていたことから「日本の恥!HENTAI!」だということで発禁に。時代は明治、日本が欧米諸国に追いつく近代国家へと生まれ変わろうとしていた風潮にはそぐわず、発禁処分となったのだそうです。

<主治病症:脚気、風邪、虫刺され>

「鍼灸資生 」(12C未頃、中国南宋の王執中の編纂書)

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下記は鍼灸資生の一文です。

「灸発背法、是以大蒜去皮、生切錢子、先安一蒜錢在上、次艾灸三灸、換蒜復三壮、如此易無数*。
痛灸至不痛、不痛灸至痛、方佳。若第一日、急灸減九分、二日灸減八分、至第七日、尚可自此以往灸已。
凡丁瘡頭瘡、魚臍等、瘡一切無名者、悉治。」
「灸一切瘰癧、以独頭蒜、截両頭留心、大作艾炷 如蒜大小、帖癧子上、灸之。七社一易蒜、日日灸之、取消止一切療癧、灸両胯裏、患癧処宛宛中、日一壮止、神験。」

浅野周先生HPより

*一文だけめっちゃ意訳すると「背中におできができちゃったら、ニンニクをスライスしてお灸だなぁ。めっちゃ治るからやってみぃ。」と書かれているそうです。

蛇足ですが、資生とは「すべてのものはここから生まれる」という意味。資生堂も中国の古典の一節「易経(至哉坤元 萬物資生)」に由来しています。

<主治病症:発背、瘰癧、丁瘡、頭瘡>

「本朝食鑑」(1697年刊、人見必大署)

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著者の人見必大は江戸時代前期の医師で、父は4代将軍家綱の待医だったのだそうです。『本朝食鑑』は江戸時代中最も重要な本草書(博物学書)と位置付けられています。

「火部(火類五種)・艾火」の欄には隔物灸の記載が。「蓋(しょうが)、大蒜(にんにく)、未醬(みしょう)の類を用いて、患する処に敷きて、その上に灸するなり」とあります。
また、お灸は3分(9mm)がよく、子どもにはスズメの糞程度(2mm)がよいとされています。

<主治病症:癰疽、瘰癧、痔瘻>

「名家灸選」(1813年刊、浅井惟亨著)

浅井惟亨は江戸後期の医家。『名家灸選』は灸法の専門書で、以下の8種類の隔物灸法を記載しています。

  1. 大蒜(ニンニク)

  2. 豉餅(香豉=大豆を蒸して発酵させた味噌様のもの)

  3. 附子(ぶし、トリカブトの塊根の子根)

  4. 石蒜根(彼岸花の鱗根)

  5. 黒砂糖

  6. 旧茄(茄子の加工物、古漬けか?)

  7. 炒塩

  8. 薬豉(三年=大豆の加工物か?・胡椒・青苔・鯨魚の混合物)

<主治病症>

  1. 癰疽(ようそ)、発背、諸瘡癤、疗瘡、便毒(総じて皮膚疾患)

  2. 発背、癰腫(已漬、未漬)

  3. 脳痩、諸癤、諸癰腫、牢堅

  4. 結毒疼痛、頭脳痛、項腫結核、牢堅、水腫、厥疝、腰臀腫痛

  5. 骨槽風(已漬、未漬)、項癰・痩癰(疼痛甚・首の腫れ物)

  6. 痩癧(経年堅牢不漬)

  7. 霍乱腹痛(=かくらん→鬼の霍乱)、久泄瀉、疝気(下腹部のこと)、腹中急攣(消化器系症状)

  8. 瘰癧、気腫、特疾、痔疾、痩瘡

上記のとおり、隔物灸を用いるのは皮膚疾患、消化器系疾患の症状に関するものが多く記載されていることがわかります。
なお、同書には「附子」が身体を温めるチカラが最も強いことも記載されています。

お礼

ニンニク灸

以上、大ボリュームでお届けしました。塩や味噌も実施する予定なので、追記していきたいと思います。

なお、隔物灸について取りまとめた資料は今のところないとのこと。このように有用な知識を学生にも共有いただいた先生に感謝しております。

ご覧いただきありがとうございました。

<参考資料>

「末期悪性骨腫瘍患者の化学療法後の嘔吐にショウガ併用治療ー現代医薬単独治療とランダム化比較」
浙江中医薬大学付属湖州市中医病院は末期悪性骨腫患者の化学療法後の嘔吐にはショウガ灸併用治療が良いと報告(中国鍼灸、2020年11期)。
対象=入院中の64例。年齢:19~57歳・平均35土5歳、罹患期間:4~20カ月・平均約12カ月、カルノフスキー指数:平均約67、病理分類:骨肉腫31例・軟骨肉腫20例・その他13例。
これをランダムに、単独群・併用群各32例に分けた。
治療法=両群とも化学療法(AdriamycinとCisplatin)の1時間前に、嘔吐予防の塩酸トロピセトロン静脈内持続点滴法を毎日1回・連続5日間。
<灸治療>化学療法2時間後。
①取穴一内関・足三里・神闕・中脘。
②操作ーショウガ片(2✕3✕0.3cm)を穴上に置き、モグサ(直径1cm・高さ1cm)に点火し毎穴3壮、毎日1回・連続5日間。
観察指標=化学療法前日・2日後・7日後の3回、
①悪心・嘔吐(5段階ー0:未出現~Ⅳ:抑制困難)、
②QOL(カルノフスキー指数)、
③静脈血の白血球数。
結果(前日→7日後)=
①悪心・嘔吐一単独群:0級31例・1級1例→0級11例・1級13例・Ⅱ級3例・Ⅲ級2例・IV級3例、併用群:0級30例・1級2例→0級16例・1級13例・Ⅱ級1例•Ⅲ級1例•Ⅳ級1例。
②QOL一単独群:67.02土8.32→60.88土7.65、併用群:66.98土911→68.10土7.21。
③白血球数(×10の9条/L)一単独群:5.71土0.82→4.61土0.73、併用群:5.70土0.91→5.29土0.82。

「鍼灸柔整新聞」2021年8月10日分より


【湿熱と乾熱について】
1.湿熱(水を利用した加熱法)
特徴①
乾熱に比べて、加熱対象物を高温にさせやすい。
活用例)お風呂、ホットパック(保冷剤の温めるバージョン)、パラフィン(ろうの中で患部を温める)など
具体例)ヘアドライヤーを乾いた頭髪にあてた場合(乾熱)は約 130°C以上で変性するが、濡れた髪にあてた場合(湿熱)は約60°Cで変性しはじめる。
特徴②
消毒・滅菌を行いやすい。
活用例)煮沸消毒、高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)など
具体例)ディスポ鍼や高圧蒸気滅菌器が登場する前は、鍼や鍼管などの用具は煮沸消毒していた。
2.乾熱(水を利用しない加熱法)
特徴①
湿熱に比べて、加熱対象物を高温にさせにくい。
活用例)ストーブ、赤外線、棒灸など

3.先行研究
① ホットパックの乾熱法、湿熱法の違いが筋硬度に及ぼす影響
→濡れたホットパック(湿熱法)の方が乾燥状態のホットパック(乾熱法)より筋硬度が有意に低下した。
② ホットパックの乾熱法、湿熱法との筋血流量の比較
→皮膚表面の温度は湿熱法 ホットパック、乾熱法ホットパックともに有意差がなかったが、『筋血流量は湿熱法後に有意に増加した。』

①古後他理学療法2010.Vol.25(4)、②仲村他理学療法学会録2011.Vol.38(2)

* 現代鍼灸における主治病症:癧疽、打撲、動物の咬傷、肺結核


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