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槇原敬之vs松本零士事件

こんにちは。

 今日は、漫画の作品から歌詞を盗用したと非難された槇原敬之氏が松本零士氏を名誉棄損で訴えた東京地判平成20年12月26日を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 槇原敬之氏は、CHEMISTRYの「約束の場所」という楽曲について作詞作曲を担当していました。ところが、歌詞の一部で「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」と表現されていたことをめぐって、味の素のカップスープのCMでCHEMISTRYの曲がヒットしていたこともあり、漫画家の松本零士氏は、「銀河鉄道999」の「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」というセリフの盗用だとテレビ番組「スッキリ!!」などで主張していました。この騒動が世間の注目を浴び、盗作疑惑をかけられた槇原氏は、松本氏に対して名誉毀損を理由に、2200万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 東京地方裁判所の判決

 放送されたテレビ番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かは、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである。また、放送をされたテレビ番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。そして、放送をされるテレビ番組においては、新聞記事等の場合とは異なり、視聴者は、音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり、録画等の特別の方法を講じない限り、提供された情報の意味内容を十分に検討したり、再確認したりすることができないものであることからすると、当該情報番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については、当該情報番組の全体的な構成、これに登場した者の発言の内容や、画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより、映像の内容、効果音、ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象を総合的に考慮して、判断すべきである

 問題となったテレビ番組の冒頭で、アナウンサーが、当日の番組のテーマとして、松本氏が、槇原氏に対し怒っていること、槇原氏に謝罪を求めていることを紹介し、その際、松本氏の上半身の静止映像が大きく映し出され、同画面の下半分部分には、大きな字で、「松本氏生激怒 槇原氏盗作を謝れ!」との表示がされている。その後、新聞記事の紹介に移り、テレビ画面には、スポーツ新聞の記事が映し出され,同記事の「松本氏『謝れ』槇原氏にパクられた」との大見出しの部分が、続いて、記事の本文部分が、テレビ画面上に大きく映し出される。その際、アナウンサーが、漫画家の松本氏が、ケミストリーが歌っており、シンガーソングライターの槇原氏が作詞作曲した槇原氏楽曲の歌詞の一部が、「銀河鉄道999」の台詞を無断使用したと主張しているとの新聞記事の内容を説明し、実際に、松本氏が無断使用と指摘している部分を聞いてもらいたい旨述べて、槇原氏楽曲の上記の部分の演奏が放送される。上記演奏終了後、槇原氏の表現と松本氏の表現を上下に並べて、「時間」を青色に、「夢」を赤色に着色して記載した電子フリップが画面上に大きく映し出される。

 また松本氏が電話で生放送番組に直接出演し、「呆れている」、「何しろそっくりですしそれからこれは私が講演会の演題として延々と使っている私のテーマです。」、「ここまでそっくりだとねいくらなんでもそりゃないよ」との発言をする。コマーシャルを挟んで、松本氏は、「一言ごめんといってくれればね、男同士あうんの呼吸で、それでいいと」との発言をしているが、一般の視聴者としては、同発言により、槇原氏が松本氏の表現を無断で使用して、松本氏の表現と酷似した槇原氏の表現を作成したということを示したものと理解するものと解される。
 以上より、一般の視聴者としては、本件松本氏の発言から、槇原氏が、松本氏の表現に依拠して、松本氏の表現と似た槇原氏の表現を作ったという印象を抱くものというべきであり、槇原氏側の意見の紹介やアナウンサー等の発言、テレビ局によるナレーション、フリップ等によって、上記松本氏の発言に基づく印象が覆されるものではない。
 したがって、本件松本氏の発言によって、槇原氏の名誉は毀損されたというべきである。
 松本氏が、生放送番組に直接出演し、「何かそういう記憶があったのかもしれんと、それで書いたのかもしれない、というところまでおっしゃったんですね」との発言をするが、同発言が、松本氏が槇原氏と電話で会話したときの槇原氏の発言を説明したものであることは、同発言がされた状況から明らかであるところ、同発言は、松本氏と槇原氏との間の紛争の概要についての説明があった上でされたものであるから、同発言を聞いた一般の視聴者としては、松本氏は、同発言により、槇原氏が、松本氏との電話での会話において、松本氏の表現に依拠して槇原氏の表現を作成したことを認めた趣旨のことを示したものと理解するものと解される。
 テレビの出演者が、槇原氏が、松本氏の表現に依拠せずに、槇原氏の表現を発想した可能性について指摘したところ、松本氏が、「それはあのー、そういう能力があればですね。偶然っていうのは。ただ、この本の中にもたくさん書いてますしね、いたるところの講演で十数年しゃべり続けてる訳です。」との発言をするが、上記のような話の流れや松本氏のそれまでの発言内容からすると、一般の視聴者としては、本件松本氏の発言の内容は、松本氏の表現は有名であるから、槇原氏は、松本氏の表現を知っていたに違いない、すなわち、槇原氏は、自らの能力によってではなく、松本氏の表現に依拠して槇原氏の表現を作成したものであるとの指摘をしていると理解するものと解され、また、これまでの番組から受けてきた上記の印象から、松本氏の上記の指摘は正しいとの印象を抱くものと解される。
 以上より、一般の視聴者としては、本件松本氏の発言から、槇原氏が、松本氏の表現に依拠して、槇原氏の表現を作ったという印象を抱くものというべきであり、槇原氏の側の意見の紹介や、他の出演者等の発言、テレビ局によるナレーション、フリップ等によって、松本氏の発言に基づく印象が覆されるものではない。
 したがって,本件松本氏の発言によって、槇原氏の名誉は毀損されたというべきである。

 松本氏の表現は、槇原氏の表現が創作された平成18年5月ころまでに、以下のとおりの媒体において公表されたことが認められる。
「銀河鉄道心の旅人」における公表小学館発行の「ビッグコミックスペリオール」平成17年2月15日増刊号銀河鉄道999、同社単行本ビッグコミックスゴールド「銀河鉄道999第21巻」に収録されている「銀河鉄道心の旅人」の最後の頁には、「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない。知的生命体の全てが、心の中に抱いている信念である。星の海を旅する者全てもそう信じている。地球人と姿形はまったく違っている生物であっても,その想いに変わりはない。」との記載がある。
  「ニーベルングの指輪 ジークフリート編」における公表「ニーベルングの指輪 ジークフリート編」は、新潮社から、CD-ROM版の単行本として、平成11年12月に発行されたが、同漫画の中に、以下のとおり、松本氏の表現が記載されている。『時間は夢を裏切らない!! 夢も時間を裏切ってはならない!!』」。
 財界研究所発行の「財界」平成13年9月11日号において、「時間は夢を裏切らない」というタイトルの下、「私のスローガンは,『時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない』です。この二つが出会えば、夢は必ず生じると、自分でそう信じています。」との記載がある。
  文部科学省発行の「マナビィ」平成18年9月号には、「時間は夢を裏切らない」というタイトルの下、松本氏のインタビューが掲載されており、同記事に、「私のモットーは、時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない、というものです。時間は夢を裏切らないと言える世代がうらやましいですよ。まだ無限大の時間が残っている。時間は夢を裏切らないですから。そして、自分の夢と同じくらい、人の夢も大切にしてほしいですね。」との記載がある。
 きこ書房発行の「17人の座右の銘」という書籍において、「時間は夢を裏切らない!!」というタイトルの下、「時間は夢を裏切らない。夢も時間を裏切ってはならない。」との記載がある。
 劇場用映画エターナルファンタジーのメイキングCD-ROMに収録された松本氏のインタビューの中で、「・・・時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない、というこの2つが組み合わさって、こう出てくる予定です。」との表現が使用されている。
 京都産業大学の開設するホームページにおいて、松本氏が同大学で講義をしたことについての記事があり、その中で、松本氏の学生へのメッセージとして、「体験を重ねながら自分の進路を見つけてください。自分で選んだ道には、泣きごとを言わずに進んでください。時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない。未来は心の中にすでに実在しているのです。」との言葉が紹介されている。
 「ウォールアート『絆の道』」と題するホームページにおいて、松本氏が講演会をしたことが紹介されているが、その講演会の演題として、「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」と記載されている。
 松本氏の表現が掲載された媒体は、前記のとおりであるが、本件において、槇原氏が、それらの媒体に接したことがあることを立証する直接の証拠はなく、また、上記各媒体自体が、槇原氏が興味を抱く性質のものであったり、同媒体の記載内容に槇原氏の興味のあるものが含まれていることについての証拠もない。むしろ、前記で挙げた証拠から認められる上記媒体の内容からすると、その読者は、かなり限定されるものと推測されるところ、本件証拠上、槇原氏がその限定された範囲の者に含まれるとは考え難い。また、松本氏の表現は、非常に短い文章であり、前記で判示した媒体の中には、松本氏の表現が当該媒体に記載された他の文章と区別して認識するのが困難な場合もあり、そのような場合は、仮に、当該媒体に接したことがあるとしても、必ずしも、松本氏の表現に注目し、松本氏の表現が記憶に残るものとは限らないといえる。
 したがって、松本氏の表現は、前記のとおり、各種媒体で公表されてはいるが、それだけでは、槇原氏が、松本氏の表現に接したものと推認することはできない。
 また、松本氏の表現及び槇原氏の表現とも相当短い文章であり、このように短い文章においては、「裏切ってはならない」と「決して裏切らない」という相違は、必ずしも小さなものではない。むしろ、松本氏の表現第2文が、「裏切ってはならない」という表現となっている点も、松本氏の表現の特徴的な部分であるといえ、このような特徴的な部分を槇原氏の表現が有していないこと、上記のとおり両表現から受ける意味合いが相当異なることからすると、両表現の相違は大きいということができる。
 本件松本氏の直接発言が摘示した事実は、槇原氏が松本氏の作品中に使用した表現に依拠して、楽曲の歌詞の一部である槇原氏の表現を作詞したというものであり、これにより、一般の視聴者に、槇原氏が他人の楽曲を盗作したとの印象を抱かせるところ、槇原氏は、著名なシンガーソングライターであり、一般の視聴者に盗作疑惑を抱かれることは、その活動にとって致命的なものとなりかねないこと、松本氏が問題とした槇原氏の表現は、当時、味の素のテレビコマーシャルに使用されており、話題性が高かったこと、槇原氏の楽曲をケミストリーが実演した本件CDは、当時、相当にヒットしていたこと、本件テレビ番組は、いずれも、いわゆるキー局により放送され、その番組の平均視聴率は、本件テレビ番組5が5.5%、本件テレビ番組7が8.5%であること等、本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、槇原氏が、本件松本氏の直接発言の放送によって被った精神的損害を慰謝するには、本件テレビ番組それぞれにつき、100万円が相当と解する。なお、諸般の事情にかんがみれば、弁護士費用としては、金20万円を相当とする。
 民法723条が、名誉を毀損された被害者の救済として、損害賠償のほかに、それに代え又はそれと共に名誉を回復するに適当な処分を命じ得ることを規定した趣旨は、その処分により、加害者に対して制裁を加えたり、また、加害者に謝罪等をさせることにより被害者に主観的な満足を与えたりするためではなく、金銭による損害賠償では填補され得ない、毀損された被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能ならしめるためであると解すべきである。したがって、謝罪広告は、名誉毀損によって生じた損害のてん補の一環として、それを命じることが効果的であり、かつ、判決によって強制することが適当であると認められる場合に限り、これを命じることができると解するのが相当である。本件においては、本件テレビ番組が放送されてから、本件口頭弁論終結時まで、ほぼ2年が経過していること、槇原氏は、本件テレビ番組の放送後も、その音楽活動において、同放送前と同様、目覚ましい活躍をしているものと認められること、槇原氏は、自ら開設したホームページ上で、松本氏の各種マスメディアにおける発言に対する反論を行っているところ、同ホームページでの反論は相応の効果を有するものと推測されることなどを総合考慮すると、謝罪広告を命じることは相当ではないものというべきである。

 よって、松本氏は槇原氏に対して220万円を支払え。

3 きわめて短い文章の類似性

 今回のケースで裁判所は、槇原氏が作詞した「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」という表現が、松本氏の「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」という表現に依拠したものと断定することはできず、2人の表現が酷似しているとは言えないとして、松本氏による槇原氏に対する名誉棄損を認め、松本氏に220万円の損害賠償を命じる判決を下しました。
 著作権侵害かどうかを判断する上で重要となる表現の類似性と依拠性について、両者とも否定されているという点にも注意が必要でしょうね。

では、今日はこの辺で、また。


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