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積水ハウス地面師詐欺と司法書士の責任事件

こんにちは。

 今日は、積水ハウス地面師事件で司法書士の責任が問題となった最判令和2年3月6日について紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 東京にある五反田の土地をめぐって、積水ハウスが50億円以上をだまし取られた事件が発生しました。問題となった土地の所有者の海老沢になりすました売主が、合同会社オンライフを買主とする売買契約を締結し、続いてオンライフが売主となり積水ハウスに土地を売る売買契約が締結され、さらに積水ハウスを売主、株式会社アルデプロを買主とする売買契約が締結されました。海老沢のなりすましからオンライフへの所有権移転登記の申請については、弁護士に委任がなされ、オンライフから中間省略登記の方法によるアルデプロへの所有権移転登記の申請は、オンライフとアルデプロが司法書士と委任契約を結び、それらの申請は同時になされることになっていました。司法書士は、これらの申請に用いる書面を確認する会合に、積水ハウスの代表者、積水ハウスから3100万円の報酬で依頼された仲介業者、アルデプロらと共に出席していましたが、その場で海老沢の印鑑証明書として提示された2通の書面に記載された生年に食い違いがあることが発覚しました。しかも、印鑑証明書のコピーを取ったところ、複製の文字も浮かび上がりませんでした。それでも、売買契約の決済が予定通り行われ、司法書士は前件登記の申請と後件登記申請を不動産登記規則67条の連件申請として同時に行いました。ところが、最初の申請について申請の権限を有しない者による申請であることが判明したため、後になされた申請も取り下げられてしまいました。
 そのため積水ハウスは、後になされた申請の委任を受けた司法書士が、最初の申請について申請人となるべき者による申請であるか否かの調査等をしなかった注意義務違反があると主張して、司法書士に対し、不法行為に基づき、6億4800万円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めて提訴しました。

2 最高裁判所の判決

 第一審は、司法書士に注意義務違反はなかったとして積水ハウスの請求を棄却しましたが、原審は司法書士の注意義務違反を認め、3億2400万円の支払いを命じました。
 最高裁は、次のような理由で、原審を破棄し、東京高等裁判所に差し戻しました。
 原審は、次のとおり判断して、積水ハウスの請求を、司法書士に対し3億2400円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。 司法書士に求められる専門性及び使命にも鑑みると、連件申請により申請される登記のうち後の登記の委任を受けた司法書士は、前の登記の申請の却下事由その他申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事由が明らかになった場合には、前の登記の申請に関する事項も含めて更に調査を行い、登記申請の委任者のみでなく後の登記の実現に重大な利害を有する者に対し、上記事由についての調査結果の説明、当該登記に係る取引の代金決済の中止等の勧告、勧告に応じない場合の辞任の可能性の告知等をすべき注意義務を負っている。 本件印鑑証明書につき、その生年の記載が別件印鑑証明書と食い違っており、これらのコピーを取ったところ、そのいずれにおいても「複製」の文字を確認することができなかったこと等の事実は、後件申請との連件申請により申請された前件申請がその申請人となるべき者以外の者による申請であることを強く疑わせる。また、司法書士が前件申請について弁護士と直接接触できていないことも、前件申請に問題があることの重大な兆候である。そうすると、後件申請の委任を受けた司法書士は、後件登記の実現に重大な利害を有する積水ハウスに対し、上記事実を指摘するにとどまらず、前件申請がその申請人となるべき者による申請であるか否かについて更に調査し、その結果を踏まえて、後件申請が実現されない危険があること等を警告し、後件登記に係る取引の代金決済の中止等を勧告すべき注意義務を負っていたということができ、司法書士は上記注意義務を怠ったものとして、積水ハウスに対し、不法行為責任を負う。
 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 司法書士法は、登記等に関する手続の適正かつ円滑な実施に資することにより国民の権利の保護に寄与することを目的として、登記等に関する手続の代理を業とする者として司法書士に登記等に関する業務を原則として独占させるとともに、司法書士に対し、当該業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実に業務を行わなければならないものとし、登記等に関する手続の専門家として公益的な責務を負わせている。 このような司法書士の職責及び職務の性質と、不動産に関する権利の公示と取引の安全を図る不動産登記制度の目的に照らすと、登記申請等の委任を受けた司法書士は、その委任者との関係において、当該委任に基づき、当該登記申請に用いるべき書面相互の整合性を形式的に確認するなどの義務を負うのみならず、当該登記申請に係る登記が不動産に関する実体的権利に合致したものとなるよう、上記の確認等の過程において、当該登記申請がその申請人となるべき者以外の者による申請であること等を疑うべき相当な事由が存在する場合には、上記事由についての注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負うことがあるものと解される。そして、上記措置の要否、合理的な範囲及び程度は、当該委任に係る委任契約の内容に従って定まるものであるが、その解釈に当たっては、委任の経緯、当該登記に係る取引への当該司法書士の関与の有無及び程度、委任者の不動産取引に関する知識や経験の程度、当該登記申請に係る取引への他の資格者代理人や不動産仲介業者等の関与の有無及び態様、上記事由に係る疑いの程度、これらの者の上記事由に関する認識の程度や言動等の諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。 しかし、上記義務は、委任契約によって定まるものであるから、委任者以外の第三者との関係で同様の判断をすることはできない。もっとも、上記の司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと、登記申請の委任を受けた司法書士は、委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは、当該第三者に対しても、上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負い、これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである。そして、これらの義務の存否、あるいはその範囲及び程度を判断するに当たっても、上記に挙げた諸般の事情を考慮することになるが、特に、疑いの程度や、当該第三者の不動産取引に関する知識や経験の程度、当該第三者の利益を保護する他の資格者代理人あるいは不動産仲介業者等の関与の有無及び態様等をも十分に検討し、これら諸般の事情を総合考慮して、当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じて判断するのが相当である。
 これを本件についてみると、積水ハウスは、司法書士と委任契約は締結しておらず、委任者以外の第三者に該当するものの、司法書士が受任した中間省略登記である後件登記の中間者であって、第2売買契約の買主及び第3売買契約の売主として後件登記に係る所有権の移転に重要かつ客観的な利害を有しており、このことが司法書士にとって認識可能であったことは明らかである。 そして、司法書士は、海老沢の印鑑証明書として提示された2通の書面に記載された生年に食違いがあること等の問題点を認識しており、相応の疑いを有していたものと考えられる。なお、積水ハウスがその利益を保護する他の資格者代理人を依頼していたという事情はうかがわれない。 しかし、司法書士が委任を受けた当時本件不動産についての一連の売買契約、前件登記及び後件登記の内容等は既に決定されており、司法書士は、そもそも前件申請が申請人となるべき者による申請であるか否かについての調査等をする具体的な委任は受けていなかったものである。さらに、前件申請については、資格者代理人である弁護士が委任を受けていた上、上記委任に係る本件委任状には、印鑑証明書等の提出により委任者である海老沢が人違いでないことを証明させた旨の公証人による認証が付されていたのである。しかも、積水ハウスは不動産業者である上、その代表者自身が積水ハウスの依頼した不動産仲介業者であるアーガスの代表者やアルデプロの担当者と共に本件会合に出席し、これらの者と共に印鑑証明書の問題点等を確認していたものであるし、印鑑証明書の食違いは司法書士が自ら指摘したこともうかがわれる。 そうすると、上記の状況の下、司法書士にとって委任者以外の第三者に当たる積水ハウスとの関係において、司法書士に正当に期待されていた役割の内容や関与の程度等の点について検討することなく、上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務があったと直ちにいうことは困難であり、まして司法書士において更に積極的に調査した上で代金決済の中止等を勧告する等の注意義務を積水ハウスに対して負っていたということはできない。したがって、上記の点について十分に審理することなく、直ちに司法書士に司法書士としての注意義務違反があるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。
 論旨は理由があり、原判決中、司法書士敗訴部分は破棄を免れない。そして、上記の点について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

3 司法書士の専門家としての責任

 今回のケースで裁判所は、中間省略登記の方法による不動産の所有権移転登記の申請の委任を受けた司法書士に、当該登記の中間者との関係において、当該司法書士に正当に期待されていた役割の内容等について十分に審理することなく、直ちに注意義務違反があるとした原審の判断に違法があるとしました。
 司法書士の報酬が数十万であることに対して、3億円以上の責任を負うのかが問題となった事件で、積水ハウスと委任契約を結んでいない司法書士は責任を負う範囲として「当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているとき」と限定されている点に注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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