見出し画像

エホバの証人輸血拒否事件

こんにちは。

 エホバの証人のという宗教があるのですが、「いかなる輸血を受けることも拒否する」という固い意思を持っていることで有名です。ところが、この信念をめぐって裁判になったことがあります。そこで、今日は「エホバの証人輸血拒否事件」(最判平成12年2月29日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 エホバの証人の信者だった女性は、悪性の肝臓血管腫の治療を受けるために、東京大学医科学研究所附属病院に入院しました。女性患者は医者の1人に自らの信条から輸血を受けることができないこと、輸血しなかったために生じた損傷に関して医者及び病院等の責任を問わない旨の免責証書を手渡しました。
 その後、女性患者が手術を受けたが、肝臓の腫瘍を摘出する際に、想定していた以上の出血があったため、担当医師は、輸血をしない救命できないと判断し、輸血を行いました。
 女性患者は退院した後に、輸血の事実を知ったことから、輸血の可能性を説明せずに自己決定権を侵害した医師らに不法行為責任を、病院を運営する国に使用者責任を主張して、1200万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 女性患者の主張

 私は、事ある毎に「自分がエホバの証人であり、いかなることがあっても輸血をしないでほしい」と医者に伝えておりました。今回の手術の説明に際しても、輸血をしなかっために生ずるいかなる結果についても、医者の責任を問わないとする免責証書を交付していました。なのに、手術では輸血をしていたなんて、私の自己決定権及び宗教上の良心を侵害しています。

3 医者の主張

 私は「手術には突発的なことが起こるので、そのときは輸血が必要です」「輸血しないで患者を死なせると、こちらは殺人罪になります。やくざでも、死にそうになっていて輸血をしないと死ぬ状態だったら、自分は輸血します」と言ったところ、女性患者は「死んでも輸血をしてもらいたくない、そういう内容の書面を書いて出します」と言ったが、私は「そういう書面をもらってもしょうがないです」と答えていた。
 信教の自由は、内心の自由にとどまる限り絶対的に保障されているが、他者の法益と衝突する場合には信教の自由といえども制限があるはずだ。手術中に、輸血しなければ救命の方策がない事態に陥った場合に輸血しないとする特約は、公序良俗に反している。しかも、病気を治すために手術を依頼するのに、自己決定権を根拠として、いかなる事態が生じても輸血を拒否するというのは患者の身勝手である。
 実際、女性患者には予想以上の2000ミリリットルを超える出血があり、かつ低血圧からの回復が見られなかった。女性患者がショック状態に陥り、その生命を救うためには他に方法がないため、やむを得ず輸血をしたのであって、このような状況においては、人命尊重の観点からも、また、医師にとって職業倫理上の責任、刑事上の責任を回避するという観点からも、女性患者に対して輸血をして、その命を救うことは社会的に正当な行為として許されるというべきであり、また、緊急事務管理の要件も満たしているというべきである。

4 最高裁判所の判決

 患者が、宗教上の信念から、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有する場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重される。宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており、輸血をともなわない手術を受けることができると期待して医科研に入院したことを医師らが知っていたなどの事実関係の下では、医師らは、手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定しがたいと判断した場合には、女性患者に対し、医科研としてはそのような事態に至ったときには輸血するとの方針をとっていることを説明して、医科研への入院を継続したうえ、医師らの下で手術を受けるか否かを患者自身の意思決定にゆだねるべきであったと解するのが相当である。
 ところが医師は、これらの説明を怠ったことにより、患者が輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて、意思決定をする権利を奪ったものと言わざるを得ず、女性患者の人格権を侵害したものとして、女性患者がこれによって被った精神的苦痛に対して慰謝料を払う責任を負うものというべきである。

5 輸血拒否患者への対応

 今回のケースでは、医者として手術を成功させたものの、手術に関する説明を怠ったことにより、輸血拒否という意思決定をする権利を奪うことが不法行為にあたるとされました。現実問題として、医師による説明の内容や程度は、病気の種類や緊急性、医療設備などの個々の事情により大きく変わるため、紛争が絶えない状況になっていますが、少なくとも、本人の輸血拒否の意思確認と手術の方針に関する説明が必要であることは確かでしょうね。

では、今日はこの辺で、また。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?