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本多勝一反論権事件

こんにちは。

 大学のレポートなどで、参考にした文献を引用することがあると思うのですが、引用の仕方によっては著作権侵害だと訴えられるケースがあります。

 今日は、著書の引用をめぐって争われた本多勝一反論権事件(最判平成10年7月17日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 朝日新聞社から出版された本多勝一『ベトナムはどうなっているのか?』の中で、ベトナムの僧尼12人が集団自殺した事件について、無理心中だったとの記述がなされていました。

 これについて、東京学芸大学の殿岡昭郎(とのおか てるお)氏は文藝春秋が発行する『諸君!』の中で「今こそ『ベトナムに平和を』」というタイトルで記事を書いたのですが、この内容をめぐって争いが生じます。殿岡氏は、ベトナム政府の宗教政策に抗議する集団自殺であったとした上で

何より問題なのは、本多記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いていることである。・・・もちろん逃げ道は用意されている。本多記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントはいっさい避けている。なんともなげやりな書き方ではないか。・・・本多記者は筆を折るべきである(「諸君!」1981年5月号)

と記述していたのです。

 本多氏は殿岡氏の記事によって名誉が毀損されたとして、殿岡氏に民法709条に基づく1100万円の損害賠償と、謝罪文、月刊雑誌「諸君!」に反論文の掲載を求めました。

2 本多氏の主張

 殿岡氏は、私の著書に存在しない言葉を使って、改ざん引用をしている。これは著作権法20条1項にいう同一性保持権を侵害していると思われます。自分の見解ではないのに、自分の見解だと言われて筆を折るべきだというのは何たることか。このように私の著書を改ざん引用したり、恣意的に引用することで私の名誉をも侵害しているので、著作権法113条11項により著作人格権を侵害したことになるはずだ。

【著作権法20条1項】
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
【著作権法113条11項】
著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

3 殿岡氏の主張

 38行にわたる著作部分をわずか3行に要約したものなので、引用の方法に不当な点はない。引用又は要約がその一部に原文と相違していても、全体として主要な点においてその趣旨を伝えている場合には、原著作物の同一性保持権を侵害することにはならないはずだ。

4 最高裁判所の判決

 評論における著作部分の引用紹介が全体として正確性を欠くとまではいうことができず、その点で評論部分に名誉毀損としての違法性があるということはできない。38行にわたる著作部分をわずか3行に要約したものにすぎないので、同一性保持権を侵害するものでないことは明らかである。また反論文掲載請求には理由がない。よって本多氏の請求をすべて棄却する。

5 同一性保持権

 今回のケースでは、元の著作物の本質的特徴を直接感得できない程度にまで改変が進んだ場合は、もはや別個の著作物であり、同一性保持権は及ばないとされました。

 しかし、要約か引用かをめぐっては、その境界線が曖昧となるケースもありますので、十分に気をつけましょう。

では、今日はこの辺で、また。


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