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埼玉幼児教室事件

こんにちは。

 幼児教室は、子どもの才能や感性を磨く知育教室と、小学校受験対策を目的とした受験教室の2つに分かれるようですね。

 さて今日は、幼児教室に補助金を支出することが憲法に違反するのかどうかが問題となった「埼玉幼児教室事件」(東京高判平成2年1月29日)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 昭和50年、埼玉県吉川町に住む母親たちは、自分たちの子どもの教育保育のために、自分たちの土地上に権利能力なき社団の形式で幼児教室を開設しました。昭和51年以降、吉川町長はこの幼児教室に補助金を交付し、土地を借り上げて賃料を支払い、建物の火災保険料や補修工事費などに公金約4500万円を支出していました。そのため吉川町の住民たちは、吉川町長に対して、幼児教室の経営のために不動産を無償で使用させないことと、約258万円を吉川町に支払うことを求めて提訴しました。

2 吉川町の住民の主張

 幼児教室は、学校法人として設立されておらず、幼稚園として認可も受けていません。なのに町長は、土地を借り上げた上で、建物を建てて無償で使用させ、昭和58年度には町のお金258万円を支出していました。憲法89条には、公金を公の支配に属しない教育事業に支出してはならないとあるので、吉川町が幼児教室に公金を支出することは憲法違反である。また私立学校法などにも違反して公金の支出をしていた町長は、吉川町に対して損害賠償をすべきだ。

【憲法89条】
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

3 吉川町長の主張

 昭和50年頃に吉川町吉川団地自治会を中心に、幼児教室設置のための運動がなされ、町民1900名の署名が集まっていました。当時、町内には就園希望の幼児が多数いたが、町内の私立幼稚園では定員超過で収容不可能な状態となっていたことと、保育料が高すぎることから、公立幼稚園設置までの措置として幼児教室を開設し、そこに補助金を出すことについて町議会の承認を受けていました。
 憲法89条は、特恵的な性質を含む公金の支出、利益の供与を禁止するもので、公益上の必要から行う助成を禁止したものではありません。また、幼児教室は、その組織、運営の面において私立学校法の予定するものではないので、これらの法律の規制は及びません。

4 東京高等裁判所の判決

 吉川町長が町の公の財産である不動産を幼児教室に無償で利用させていること、吉川町が昭和58年度に幼児教室に対し補助金として約258万円を支出したが、幼児教室の事業は、その内容の決定につき、総会や運営委員会を通じて保護者の関与が広く認められていること、幼児が教室に通うのは週6日であり、1日の時間は、週のうち5日は5時間15分、うち2日は3時間30分であることなど、学校教育法による幼稚園と若干は異なる部分があるが、幼稚園とほぼ同じように幼児を保育しているものであって、幼児を保育し、集団的な環境の下で、その心身の発達を助長することを目的とするものであること、契約により、建物及び土地が右の目的のために利用され、補助金が右の目的のために支出されたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はなく、保育とは、幼児に対する保護と教育の有機的一体の働きと解されるところ、憲法89条に規定する「教育の事業」 とは、「人の精神的又は肉体的な育成をめざして人を教え、導くことを目的とする組織的、継続的な活動」をいうのであって、幼児教室の事業は右の「教育の事業」に当たると解されるから、不動産が幼児教室の教育の事業に利用され、支出がその教育の事業のためになされたことは明らかである。  
 ところで、憲法89条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならな い。」と規定する。そして、同条前段については、国家と宗教の分離を財政面からも確保することを目途とするものであるから、その規制は厳格に解すべきであるが、同条後段の教育の事業に対する支出、利用の規制については、もともと教育は、国家の任務の中でも最も重要なものの一つであり、国ないし地方公共団 体も自ら営みうるものであって、私的な教育事業に対して公的な援助をすることも、一般的には公の利益に沿うものであるから、同条前段のような厳格な規制を要するものではない。同条後段の教育の事業に対する支出、利用の規制の趣旨は、公の支配に属しない教育事業に公の財産が支出又は利用された場合には、教育の事業はそれを営む者の教育についての信念、主義、思想の実現であるから、教育の名の下に、公教育の趣旨、目的に合致しない教育活動に公の財産が支出されたり、利用されたりする虞れがあり、ひいては公の財産が濫費される可能性があることに基づ くものである。このような法の趣旨を考慮すると、教育の事業に対して公の財産を支出し、又は利用させるためには、その教育事業が公の支配に服することを要するが、その程度は、国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営、存立に 影響を及ぼすことにより、右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され、公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足りるものというべきである。右の支配の具体的な方法は、当該事業の目的、事業内容、運営形態等諸般の事情によって異なり、必ずしも、当該事業の人事、予算等に公権力が直 接的に関与することを要するものではないと解される。 住民らは、私立学校法59条、私立学校振興助成法10条、同法附則2条5項の規定は、憲法89条の規定を受けて定められたものであるから、国又は地方公共 団体が自ら教育事業を行う場合を除いては、右の私立学校振興助成法等の規定に従ってしか教育事業に対する公費助成はできないと解すべきである旨主張する。確かに、私立学校法59条などの規定は、 憲法89条の規定を受けたものであるが、右各規定は、私立学校法による学校法人という形態を採る場合の教育事業に対し、その公教育たる性格に着目し且つ私立学校の自主性を尊重しつつ、一定の基準に基づき助成することを定めたものにすぎず、教育事業に対する助成が右の各法による以外には許されないと解すべきものではなく、また、憲法89条は、当該助成を受けた教育事業が「公の支配」に服していることを規定しているが、右規制が法律によるものであることまでを求めているものではないと解される。
 幼児教室は、開設当初から公立幼稚園の代替施設として設けられたものであり、土地、建物等その施設の大部分を町から無償で提供されており、経常経費についてもかなりの部分を町からの補助金で賄っており、財政面では公立の幼稚園と大差のないものであり、幼児教室の存立自体が町の財政的負担に頼っているといえる。そして、右の公の財産の利用、支出については、補助金についての一般の規制のほか、幼児教室に対する個別の指導により、公の利益に沿わないものに使用又は利用されないように規制、管理されているが、幼児教室の予算、人事等については、幼児教室に委ねられ、これについて町が直接関与することはない。しかし、それは、幼児教室の目的が、幼児の健全な保育という町の方針に一致し、特定の教育思想に偏するものでなく、その意思決定について保護者による民主的な意思決定の方法が確保されているため、これに直接関与する必要がないためであり、幼児教室と町との関係を考慮すれば、幼児教室の運営が町の助成の趣旨に沿って行われるべきことは、町の幼児教室との個別的な協議、指導によって確保されているということができ、以上のような事情の下においては、幼児教室についての町の関与が、予算、人事等に直接及ばないものの、幼児教室は、町の公立施設に準じた施設として、町の関与を受けているものということができ、右の関与により、幼児教室の事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され、公の財産の濫費を避けることができるものというべきであるから、右の関与をもって憲法89条にいう「公の支配」に服するものということができる。したがって、住民らの憲法89条違反の主張は採用できない。
 よって、住民らの控訴を棄却する。

5 私学助成は憲法違反か?

 今回のケースで裁判所は、幼児教室の事業が町から土地建物等の無償使用を認められ、かつ、補助金の交付を受けて運営されている場合において、補助金の交付に伴う一般的規制のほか、個別的指導により、事業の用に供される公の財産の利用、支出が公の利益に沿って行われるよう規制、管理がされているなどの事情があるときは、その人事、予算等について町が直接関与しなくても、その事業は憲法89条後段にいう「公の支配」に属する教育事業に当たるとしました。
 私学助成をめぐっては戦後から数々の疑問が提示されてきましたが、私立学校法や私立学校振興助成法の制定により解決されたと考えられています。ただし、特定の宗教を教育理念とする私立大学への補助金をめぐっては、政教分離との問題が生じる可能性がありますので、注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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