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大地の子事件
こんにちは。
山崎豊子さんの代表作の一つ、『大地の子』では中国残留孤児の陸一心(ルゥ イーシン)の壮絶な人生が描かれており、テレビドラマでも反響を呼んでしましたね。
さて今日は、小説「大地の子」が他の作品の著作権を侵害しているのかどうかが問題となった「大地の子事件」(東京地判平成13年3月26日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。
1 どんな事件だったのか
山崎豊子氏は月刊「文藝春秋」に「大地の子」と題する小説を連載し発表してきました。この作品を目にした遠藤誉筑波大学留学生センター教授は、自らが執筆した著書と内容が類似する箇所があったことから、山崎氏に対して、出版の差止と650万円の損害賠償を求めて提訴しました。
2 遠藤誉氏の主張
旧満州国に生まれた私は、幼少期に中国革命戦争下の共産党軍の長春包囲戦に巻き込まれ、長春を脱出するまでの凄惨な状況に置かれたという体験を元に、「不条理のかなた」、「卡子(チャーズ) 出口なき大地」などの作品を書きました。山崎氏の書いた「大地の子」では、私の著書に依拠して具体的な情景や登場人物の具体的動作などの描写が、同一の着眼点、同一の視点から、同一の順序で記述されている。これは複製権及び翻案権の侵害だ。
3 山崎豊子氏の主張
私は、昭和59年に中国社会科学院外国文学研究所日本文学研究組に招聘されて訪中し、その際「宋慶齢について書いてくれ」と言われたときに、初めて、中国に関して書く題材が浮かびました。そして、私の独自の取材に基づいて「大地の子」を執筆しました。また、遠藤氏は「翌朝目を覚まして」という部分が著作権侵害だと指摘しますが、翌朝に目をさますという人間の通常の行動を描写しているのであって、このような表現には創作性はありません。同じように、中国での日常的な生活や歴史的事実を描写する場合に、類似する表現が用いられるのは当然のことではないでしょうか。
4 東京地方裁判所の判決
ノンフィクションの性格を有する著作物において、歴史的な事実に関する記述部分について、文章、文体、用字用語等の上で工夫された創作的な表現形式をそのまま利用することはさておき、記述された歴史的な事実を、創作的な表現形式を変えた上、素材として利用することについてまで、著作者が独占できると解するのは妥当とはいえない。
山崎豊子氏の小説は、日中の歴史を背景に、戦争によって捨てられた子どもである戦争孤児(いわゆる中国残留孤児)を主人公として、孤児と中国養父母との心の交流を軸として、戦火の中でも失われなかった人類愛を描こうとした大河小説である。一般に、作家は、小説を執筆するに当たって、読者に対し、最も効果的に、テーマを伝え、感動を与えることができるよう、ドラマチックなストーリー展開を案出し、各種の登場人物を創出し、人物の性格、思想、行動、人間関係等を設定するなど、知識、経験及び創造力を尽くし、創作的な工夫を凝らして、作品を完成させるものであるといえる。このように創造力を駆使して執筆される小説の性格に照らすならば、例えば、歴史的事実、日常的な事実等を描くような場合に、他者の先行著作物で記述された事実と内容において共通する事実を取り上げたとしても、その事実を、いわば基礎的な素材として、換骨奪胎して利用することは、ある程度広く許容されるものと解するのが妥当である。
山崎氏の小説中の該当部分は、「卡子 出口なき大地」中の該当部分を翻案したということはできない。よって、遠藤氏の請求を棄却する。
5 中国残留孤児の真の姿
今回のケースで裁判所は、山崎豊子さんが執筆した小説が、遠藤誉さんの著書の著作権と翻案権を侵害しているわけではなく、小説を出版するに当たって参考とした文献を掲載したり、著作した動機を明らかにしたりする必要もないとして、遠藤さんの請求を棄却しました。
その後、「大地の子」の陸一心のモデルとされた劉奔さんが、「残留孤児の問題が真に理解されていない」という記事も投稿されていますので、参考にしていただけますと幸いです。
では、今日はこの辺で、また。