真冬の北海道歩き旅その23 【膝上ラッセル、そして可愛い宿】
43日目:パトロールに拾われる
朝5半時、除雪車のけたたましい音により目を覚ます。あたり一面が新雪に覆われていて、昨晩よりも積雪が多くなっていた。昨晩のうちに温めておいたお湯で紅茶を淹れて飲み、それと一緒にパンを食べた。
今日は15キロほど先にあるバス停までが目標。風はそこまでないが、雪が深々と降り積もっている。距離はそこまで遠くないので、10時頃からのんびりとスタートし始めた。この道の駅から先は民家がほとんどなく、あるのは雪原とオホーツクの海辺だけ。たまに牧場があるくらいだった。
何もないが、なぜか歩道はある。きっと前にはこの歩道沿いにもお家があったりしたんだろうが、今は跡形もない。
すると、猿払川という少し大きな川に差し掛かった。橋を渡って越えると、そこから見た景色に吸い込まれていく。
眼下に広がる猿払川が、雪と雲によって黒く見えた。まるでモノクロフィルム写真を見てるかのように、そこには白と黒と灰色しか存在しなかった。降りしきる雪のせいか、視界が悪くて人工物も見えない。ひょっとすると、これこそが道北の原風景なんじゃないかと思わせてくれた。
そこからさらに進むと、雪は次第に強まっていった。風はないが、大雪により視界が悪くて対向車が怖い。慎重に進む。
しばらくすると、交通パトロールの車が一台、自分らの手前で停まった。何事だろうかと近づいてみると…
「乗ってくかい!?」
と、おじさんが話してきた。曰く、この先では道路の除雪作業をしているので危ないから乗って通過してほしいらしい。たまにヒッチハイクしてかない?と声をかけてくれる方もいるが、歩いて旅をしたいので丁重にお断りをしていた。しかし、パトロールの方に言われてしまうと流石に断れない。身の危険もあるし、作業の迷惑になるのは嫌だ。自分らはパトロールカーに乗車した。
「歩いて旅してんのお!すっげえなあ!」「この辺は鹿もなまらでるよお!」「寒くないのかあ!」と、おじさん。ものすごく元気。
そうしているとあっという間に進んでしまい、ついには今日の目的地までも過ぎてしまった。
「それじゃあここで降ろすね!気をつけてなああ!!」
と言って降ろしていただいた場所は、目的地から5キロも進んでいた所だった。とりあえず、ここまで運んでくれたおじさんに感謝をする。しかしどうしよう…とりあえず進むかぁ。
結局、次のバス停まで歩き、その近くでテントを張って寝ることにした。
44日目:パン、温泉、ラッセル、トシカ
またしても除雪車の音で目を覚ます。時計を見ると5時28分。アラームのなる2分前だった。
ご飯を食べて、テントを撤収する。今日は10キロだけ歩いて、浜頓別町の街に着く予定だ。
そうして昼前には浜頓別町に到着。この街の道の駅「北オホーツクはまとんべつ」へと入る。するとなかにはパン屋さんが。真っ先に入店し、お昼ご飯のパンを選んで買った。
ふだんは、お金の節約やその軽さから菓子パンをよく買って食べている。動いている間はそれでさえも美味しく感じる。しかしパン屋さんのパンは別格だ。甘くて、ふわふわで、香ばしい…菓子パンを食べるとなおのことパン屋さんのパンを食べたくなってしまう。この時は、お金のことなんか考えずに好きなだけとり好きなだけ食べた。
それから、1.5キロほど離れたところにある浜頓別温泉に入りにいった。この温泉も気持ちが良くて、肌がツヤツヤにった。風呂に入るのは3日ぶりなのでなおのこと気持ちが良かった。
時刻は15時半をさしかかり、2キロ先にある宿に向かい始めた。すぐそこにクッチャロ湖という湖があり、その湖畔を歩けば近道そうだったので歩いてみた。途中までは除雪されていたが、途中から除雪されていない道になってしまった。仕舞いには膝、腰ラッセルを強いられる始末。1.5キロもラッセルを先して、せっかく温泉に入ったのにまた汗をかく羽目に…。
そうしてついた宿は民宿「トシカの宿」。40年ほどの歴史を持つ、おばあちゃんが1人で切り盛りする小さな宿だった。
小さい腰折屋根のお家はとても可愛らしく見えた。中に入ると歴代の旅人たちの写真やメモ、地図などがたくさんあり、心が躍る。
オーナーのお母さんとは、一緒に晩ご飯を食べながらよく話した。北海道のユースホステルのこと、トシカの宿の過去や今のこと、今回の宗谷年越しで泊まりに来た自転車旅の人たちのこと…どれもが面白くて興味深いお話だった。
寝室はとても綺麗で、なんでも3年前にリフォームしたばかりらしい。暖かいお布団は体を隅々まで癒してくれた…。
また泊まりに来たいなあ。