日常

車や人通りの全く無い、深夜の道の赤信号を待っていた。フロントガラスへ身を乗り出し、見上げた空には星は一つも無かった。
そんなはずはなかった。つい数分前、家を出て車に乗り込もうとした時に見えた空には、満点の星があったからだ。


少しだけモヤモヤしてきた。


暫く経ってしまったのか、いつの間にか青になっていた信号にようやく気付いて、慌ててアクセルを踏んだ。


違和感があった。


そして先日見た動画の中の言葉を思い出した。その動画の中で、ある人が言っていた。
「真面目ということと、継続性があることは同じ意味ですよね。」
「誠実性があるというのは、継続力があって物事をコツコツ続けられるということです。」


私には継続力があまりない。あまりない、というのは、毎日決まった分量を絶対にこなしていく、ということが中々出来ない。苦手な英語も、毎日勉強したいが、実際は週に4回くらいしか出来ていない。


私は、小さな疑問を見つけると、解けてくるまで意識を少し持って行かれてしまいがちになる癖がある。。明日はきっと違う疑問が頭の中にあって、それを考えているだろう。明日の自分の頭の中の事なんて分からない。考えたことを誰かに言うわけでもなく、何か仕事になる訳でもなく、全く生産性のない事だとはよくわかっているが、英語より小さな問いを解くとか考えることの方が面白くなってしまう日が、週に3日はある、というだけのことだ。


その動画の人から言わせると、継続性の無い私は、真面目ではないらしい。酒も10年以上飲まず、タバコも一切吸わず、人になるべく迷惑をかけず、なるべく人を助けるように生活してきたつもりだった私は、少し悲しくなった。真面目だと言われたいわけではないが、あなたは不誠実な人だと言われているような気がしてきた。こんな事を思っている事自体も考えすぎなのかもしれない、とは分かっているのだけど。


目の前の直線道路には、あと3つの信号が見えた。一つ目を通過したところで、全ての歩道の信号機が点滅し始めた。今日は、中々すんなりと進めなさそうだと思った。

職場に着き、業務に入っても、違和感が中々頭の片隅から離れなかった。年末に入った配送センターは、物量が普段よりもとても多い。目の前をたくさんの荷物が流れてくる。それを、淡々と積む。いつもなら、どうやって体の色々な筋肉を使おうか考えながら荷物を持つが、今日は違った。

継続性があまり無いことは、本当に誠実では無いのだろうか。そもそも「誠実」とは何だろうか。私の知っている「誠実」と、動画の中の人が使っていた「誠実性」が、全く違うものに思えてならなかった。

早朝に仕事が終わり、車に乗り込んだ。
目の前に5、6台のトラックが並び、私の車の出口を塞いでいた。出口を塞ぐトラックは、まだ荷物が積み込まれていないようだった。建物の辺りでは、今はまだ荷物の積み込み中、又は、今正に荷物が積み込まれ出発しようとしているトラックが10台ほど横に並んでいた。荷物が乗せられたトラックが一台出て行くと、私の目の前のトラックが、建物の方へ進んで行った。そして私の車の目の前には、後続のトラックが進んで来て止まった。


私の車は、当分出られそうに無いようだ。今見えている人達は、とても忙しそうだった。私はコーヒーを飲みながら、目の前のトラックが空いてくるまで待つことにした。


待つ間、「誠実性」について調べてみることにした。


スマートフォンを取り出して、「誠実性」を検索した。


ウィキペディアという、ネット上の百科事典には、このようにあった。
誠実性(Conscientiousness)とは、「勤勉性」「継続性」「真面目さ」とも言われ、「自己コントロール能力の高さ」を表す。
誠実さは、仕事を上手に行い、他者への義務を真摯に受け止めたいという欲求を意味し良心的な人々は、気楽で無秩序ではなく、効率的で組織的である傾向がある。
彼らは自己規律を示し、忠実に行動し、達成を目指す傾向がある。自発的な行動よりも、一般的に信頼できそのようなものとして特性行動に現れる。(引用した英語の論文名の註釈)
例えば目の前で起きた出来事や、定まった目標に対して偽りがなく真面目に対応する人(知識、経験、努力など積み重ねを怠らない人)は誠実性が高いと言える。
ビックファイブにおいてこの誠実性が高い人は、「責任感」があり、「自己規律」「良心」「慎重」というとくちょうがあるとされている。
以上
(日本語的に誤っている部分がありましたが、あえて掲載通りに書きました。)


ビックファイブとは、性格診断の際に分析される5つの要素の一つで、誠実性も要素の一つなようだ。要素には、解放性、誠実性、外向性、協調性、神経症傾向の5つの要素があるそうだ。


検索の上位に表示されるページのほとんどが、この記述が元になっているようだった。

目の前に停車していたトラックが何台か積み込みのためのブースへ入って行った。もうすぐ、出られるだろうか、と思いながら、荷物の積み込みを待つトラックの連なりを目で追った。目の前から、最後尾に向かって追う。頭の中ではあと2〜3台なはずだが、最後尾まではまだまだあった。今正に、最後列に並ぼうとしているトラックも見えた。これはまだまだ長そうだ。また調べ始めた。

公認心理士の受験者のためのサイトでは、誠実性の定義が多少違っていた。
公認心理士の資格試験問題を解説するそのサイトでは、ビックファイブはのように定義されていた。5つの要素(次元)と、それぞれの下位次元をまとめると下記のようになった。


経験への解放性・・・空想、審美性、感情、行為、アイデア、価値
誠実性・・・コンビテンス、秩序、良心性、達成追求、自己鍛錬、身長さ
(心理学的にコンビテンスとは、環境と効果的な関わり合いを持ち、有機体の維持・成長・繁栄をもたらす適合性・能力と定義されています。)
外向性・・・温かさ、群居性、断行性、活動性、刺激希求性、良い感情
調和性・・・信頼、実直さ、利他性、応諾、慎み深さ、優しさ
神経症傾向・・・不安、敵意、抑うつ、自意識、衝動性、傷つきやすさ

なるほど。動画の人の使っている「誠実性」は継続性とイコールだが、公認心理士の世界ではそうでも無いようだ。継続性という言葉が無かったこともあるが、関連していそうではある。言えることは、継続性は、誠実性の絶対条件では決して無く、小さな要素の一つというくらいなようだ。


改めて、ウィキペディアの、「誠実性」のページを見返してみた。
そもそもウィキペディア信憑性は保証されていない。それは、不特定多数の人が、掲載内容を編集可能だからだ。誤った情報も掲載できる。又、何らかの意味を恣意的に付け加えたり歪ませたりすることもできるのだ。


ウィキペディアに記載された「誠実性」の説明では、誠実性の無い人は、とても仕事が出来ないようだ。

引用文
誠実さは、仕事を上手に行い、他者への義務を真摯に受け止めたいという欲求を意味し良心的な人々は、気楽で無秩序ではなく、効率的で組織的である傾向がある。

この文章を書いた人は、気楽で無秩序な人がとても嫌いなようだ。良心的な人は気楽で無秩序ではないらしい。そう言いたげだ。でも、それは本当だろうか。誠実性の心理学的観点、ビックファイブの1要素の説明としては、意味が拡張され過ぎているような気がしてきた。


どちらにしても、私が日頃使っている「誠実」という言葉と、動画の人が使っている「誠実性」には大きな違いがありそうな事は分かった。

車に乗り込んでから30分が経とうとしていた。日の出時刻を過ぎ、辺りは明るくなった。


その時、急に近くのトラックがクラクションを鳴らした。顔を上げると、目の前に空間があった。トラックの運転席のおじさんが、私の車の出口を空けてくれていた。
私は慌てて窓を開けて手を振った。窓を開けた瞬間は寒さで身震いするほどだったが、会釈だけでは抑えきれない感謝の気持ちがあった。トラックのおじさんに、ありがとうの気持ちは伝わっただろうか。伝わっていたらいいな。


朝の車の運転も気持ちがいい。深夜とは違い、目で季節を感じる。ここを通るときは、一瞬だけ富士山が見えるとか、鳥が一斉に飛び立つことがあるとか、個人的なお楽しみポイントもある。


コーヒーばかりを飲んでいたらお腹が空いてきた。コーヒーをのおつまみを買うことにした。


私の中では、レーズンサンドとコーヒーは最強だ。カロリーが高そうなクッキーの間に、カロリーの塊のクリームが入っている。クリームに入ったレーズンに含まれるラム酒は、私の体を温めるには十分なアルコール量だ。


では、「誠実」も調べてみることにしよう。
私は鞄の中から電子辞書を取り出した。


「誠実」とは、偽りがなく、真面目なこと。真心が感じられるさま。とのことだった。
インターネットでも検索し、いくつかのページを見た。
・真面目では真心があること
・私利私欲を交えず、真心を持って人や物事に対すること。また、そのさま。


そうそう、これこれ。調べながら安心した。私の知っている「誠実」はこれだった。いつも子供の時から躾けられてきた大切なこと。「誠実」のためには、「真心」が大事なようだ。


真心を電子辞書で調べた。
真心とは、他人のために尽くそうという純粋な気持ち。偽りや飾りのない心。だそうだ。

やはり、この「誠実」という言葉と、継続する力には、あまり関係がないようだ。


もう一度「誠実」とGoogleで検索してみた。
第一番目に、有名な辞書の会社のページが表示されていて、意味は、真面目では真心があることと書かれていた。


しかし、検索順位2番目がウィキペディアの「誠実性」のページだった。

またまたモヤモヤしてきた。

「誠実」と心理学用語の「誠実性」の意味が違うのに。


ウィキペディアのサイトで、「誠実」を詮索した。「誠実」を説明するページが無かった。


なるほど、検索した内容も、うっかりしていると、間違ったものを正しいと認識していってしまいそうだ。

お店の前の駐車場を出て、また運転し始めた。交通量が多いので、中々進めなかった。まあまあ、仕方ない。次の仕事まではまだ1時間もある。渋滞があっても、大丈夫。ゆっくり行こう。


渋滞を前向きに受け入れて、コーヒーをもう一口飲んだ。霜が降りた草木に日が差し、そこら中がキラキラしていた。ゆっくり行くことも割と良い事があるものだ。


しかし、こんなに綺麗な霜で、一気に枯れてしまう植物もある事を思い出した。

そして、「誠実」と、「誠実性」の意味の違いを知らずに使い、混同し始めたらどうなるだろうか。という疑問が浮かんだ。


元々の日本語の「誠実」に、動画の人の使う「誠実性」の意味が、含まれるようになっていった場合、どんな影響が出てくるのか想像してみることにした。

続く

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