赤木

休みの日にエッセイを書いています。

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最近の記事

〈自分らしさ〉がわかるまで

 子どもの頃の習い事で、一番長く続いたのは書道だった。教室に通った小4から高1までの7年間、私はずっと自分の字が嫌いだった。  私の字は、とにかく極端だった。墨汁をつけすぎて字がよく滲む。真っ直ぐに引いたはずの線も、そこからぶわっと苔のような滲みが広がると、一気にメリハリや鋭さを失う気がした。力加減の調整も苦手だった。線はいつも丸太のように太く、それを意識すると今度は情けない小枝のように細くなりすぎる。  そんな野暮ったく稚拙な字が、自分自身を写す鏡のように思えた。どこか

    • 華金カウントダウン

      「それじゃあ、華金楽しんで!」  6月のある金曜日、共にエレベーターを降りた先輩が別れ際に言った。私はその言葉に戸惑って、まっすぐ自宅へ向かう最寄り駅へ進もうとした足を一瞬止めてしまった。  私の職場は、1週間の中で金曜が特に忙しい。終日バタバタして、残業なしなんてありえない金曜に、その日は運良く定時で上がれたのだ。きっと、先輩も嬉しくてそう声をかけてくれたのだろう。  楽しんで、と改めて言われると、この瞬間から今日眠りにつくまで、目一杯時間を有効に使わないといけないよ

      • 不機嫌な音

         中学の友人の真希は、背の高い子だった。陸上部で、楽しい時には大きく口を開け、手を叩いてよく笑った。彼女のことを思い出すのは、決まって不機嫌な音を耳にした時だ。  真希はエネルギッシュな反面、気に障ることがあると、ためらいなく苛立ちを態度に出した。例えば、彼女はスカートの短さや髪型を理由に、よく先生に呼び出されていた。その間、教室では、はぁ?と不服そうに言い残した彼女がいつ戻るか気が気でなかった。  ダン、ダン、ダンッと、廊下を踏みつけるような足音が教室にまで届くと、つら

        • 4年ぶりのシャンプー

           冬空を、自転車を漕ぎながら美容院へ向かう。その途中、私は、自分の好きな髪型にできる、そんな当たり前のことが嬉しかった。その日は、4年ぶりの美容院だった。  高1の冬あたりから、私は自分の髪を抜き始めた。はじめは、数学の授業についていけない焦りだった。進学校で、月に一度は小テストがある。その点数が、夏から月を追うごとに下がっていき、12月、ついに平均点を割った。中学ではテストの順位はずっと一桁だったのに……。プライドが自分自身を追い詰めていった。  宿題がわからない時に一

        〈自分らしさ〉がわかるまで

          六月のピノ

           落ち込んだ時でも、食欲は落ちないタイプである。高校で吹奏楽部の大会オーディションに落ちた日は、丼で涙を隠しながらうどんを啜り、大学で初の彼氏に一カ月で振られた日は、友人たちと彼の悪口大会を開きつつお好み焼きを分け合った。特に思い出深いのは、赤いパッケージが眩しい六粒のアイスである。  大学四年の六月、その日は、第一志望の企業の二次面接だった。緊張で心臓が体を突き破りそうだった。ボロボロの想定問答集、企業研究のファイル、OBからの応援のLINEを見返し、午前十時、私は深呼吸

          六月のピノ