ニュース話題 タイタニック号 観光
こんにちわ トレジャーハンターです♪
最近のニュースで、大西洋で沈んだタイタニック号を観る為に潜水艇で観光の為に乗り込んだ、大富豪や著名人5名が無くなりました。
大変、ショッキングなニュースでした。 タイタニックの呪いを感じたのは私だけでしょうか。
どうしても気になり、昨晩、3度目となるタイタニックの映画を見直してみました。
見直してみると、凄い豪華客船だったんだなぁと改めて感動しました。
あの当時の船を動かすのに凄い人力が必要だったところにもビックリでした。
前に、アンビリーバボーやその他のTVでも取り上げらたタイタニックについて様々な謎がまだ解明されていないこともタイタニックの魅力なのでしょうね。
そんなことで、改めてタイタニックについて少し調べて見たので紹介したいと思います。
1.まずは、船の速度と警告の矛盾について
タイタニック号はアイスバーグに衝突する前に、船長や航海士たちからアイスバーグの警告を受けていま した。しかし、なぜ船はそれを避けることができなかったのかという疑問があります。
一部の説では、船の速度を上げるために船長が命令を出したとも言われていますが、真相ははっきりしていません。
2.救命ボートの不足
タイタニック号には救命ボートが十分に搭載されておらず、全乗客を救出することができませんでした。これにより、多くの人々が亡くなったとされています。なぜ救命ボートが不足していたのか、この問題についてはいくつかの説がありますが、定かな答えはわかっていません。
3.夜警の役割
タイタニック号の沈没の夜、船の衝突を防ぐために夜警が配置されていました。しかし、彼らがなぜアイスバーグを見つけられなかったのかという疑問があります。一説では、夜警の双眼鏡がなかったためにアイスバーグを見つけられなかったとも言われていますが、真偽ははっきりしていません。
4.電信の混乱
タイタニック号は沈没の前に他の船舶と通信を行っていましたが、通信が混乱していたとされています。なぜ他の船舶がタイタニックのSOS信号に十分に反応しなかったのか、その理由は明確ではありません。
5.タイタニック号では無かった逸話
オリンピック号は、タイタニック号とほぼ同じ設計で、ホワイト・スター・ライン社によって建造されました。彼女はタイタニック号より先に就航し、1911年に竣工しました。
オリンピック号は成功を収め、多くの航海を行いましたが、1911年と1912年にそれぞれ二つの衝突事故に巻き込まれました。その後、オリンピック号は第一次世界大戦中に軍事輸送船として使用され、1924年に引退し解体されたとあります。
ホワイト・スター・ライン社の多額の負債を抱えており、多額のお金を賭けて造ったタイタニック号でなく、同じくらい大きなオリンピック号若しくは、ブリタニック号をタイタニック号に見立てて、わざと衝突させて、その保険で負債を埋めようとしたのではないかという話があります。
その他、沢山の疑問や謎が残るタイタニックの沈没説は、起こるべきしてして起こった事故だと考えると恐ろしい話ですよね。
何れにしても、タイタニック号の沈没とブリタニック号の沈没は、航海業界において船の安全性に対する大きな警鐘となりました。
このような悲劇から多くの船舶の安全基準が改善され、船舶設計や運航上の規制が強化される契機となりました。
たとえ不備があったり、安全性に問題があったとして、今回の潜水艇事故も同じですが、事故が起こってからでないと改善されないのは、悲しいことです。